陽が昇る前に
第一部 軋む歯車 第一章 寝覚めのいい朝に限って その4(ラスト)
7
陽光の昇光沿いにある四階建てのアパートメントの三階。
数部屋ある壁を魔術的にぶち抜いた形で、優等生第26区支部はある。
検知器の中でも民間色の強い優等生は、捜査対象の集団から奇襲を受ける可能性を有し、彼等は大通り沿いに支部を作って衆人環視を徹底し、同時によくその場所を移す。
この立地に支部があるのも、あと二週間程だ。
ところで、この世界の建造物には、ある共通した特徴がある。
それは建物の裏手、表からは見えない部分だ。
暖炉の煙突と並ぶ形で設けられた全フロアを貫く煉瓦造りの縦長空間。
それは、先に触れた郵便システムの送受信用の道だった。
そんな狭い空間を今、着々と上昇して行く物体が一つあった。
出荷日時は今日、出荷元は“白麗の貴婦人”イリア城の通称だ。
速達と生もの、そして天面指定の補足注文が付いたそれは、物品名こそトウモロコシとなっているが、中身は全くの別モノだった。
『知ってた。どうせ何も見えないって知ってた…にしても狭いよ~暗いよ~モロコシ臭いよ~』
リュサック王国第59代王女、ミネア・グテ・ブランチ・リュサックは独りぼっちの箱の中で半泣き状態だった。
凝り固まった全身はトウモロコシの匂いに塗れ、視界は闇に覆われたままで瞼を開けてるんだか閉じてるんだか分からない。
そんな状態が一時間は続いている。
『これ夏場とかどうしてるんだろ?腐っちゃわない?』
防腐加工してから出荷するに決まってんじゃん!等とツッコム人もおらず、暗闇との過酷な戦いは孤独に続く。
『次は絶対生もの以外の箱にしよう』
平然とやっちゃいけない事への次回策を練る辺り、もうこの王女駄目かもしれない。
『あ~早く着かないかな。じゃないと私腐っちゃうよ』
魔術での搬送なのか、振動も物音もない。
外の様子が一切分からないミネアには、状況判断は出来なかった。
実は目的地の目と鼻の先にいる事等、彼女は知る由もない。
『一人しりとりでもしようかな…』
「ふぃ~やっと着いた」
『!?』
ゴトリ、という重々しい音と振動が同時に訪れ、箱の隙間から一筋の光が差し込んだ。
同時に、馴染みの匂いがふわりと鼻腔をつつく。
『あ、本当だ』
そう思った頃には、輸送魔術を解かれたのか、周囲の音情報も雪崩れ込んで来た。
「ああぁ、違う違うぅ。そこに書くのは君の年齢ぃ。どうしてそんな狭い所に無理矢理スペル押し込むのぉ?可哀想だよぉ、君の名前キツキツだよぉ」
「おめー相変わらず馬鹿だなー。そこ間違える人間初めて見たぞー。大体、書いてあんだろー年齢って」
「ニャんてレア且つ斬新ニャ間違い方…」
「………」
「あー、コイツ臍曲げた」
「え!?ニャんで!?」
「子供ですかぁ?あ、子供だぁ」
「子供じゃねえもん!俺子供じゃねえもん!!」
「はいはい、わーったから早く書けやおめーは」
ミネアの中に蓄積していた鬱憤と不安が、一瞬で刷新された。
『ヤッタ!皆がいる!!』
ミネアは“お戯れ”で城を脱走している訳ではない。
国立魔術大学院の二回生である彼女も、魔術高等学校をトップ成績で卒業した立派な優等生なのだ。
『久しぶりだな~半年振り位か~』
勿論、王女様が市井の警察行為を堂々と行う訳にもいかないので、ここではジョアンナ・ブランチ・キュリーという偽名で通している。
だが、そんなものは外への体面、第26区支部のメンバーは皆ミネアの正体を知っていた。
まあ、隠し事をしたところで、すぐ同僚に暴かれただろうが。
そんな訳で、ミネア・グテ・ブランチ・リュサック改めジョアンナ・ブランチ・キュリーは第26区支部に華々しく見参した…のだが――
「被害に遭った物の名前はぁ……何て言ったっけぇ?」
「狗鴉の爪と陽光の支配者」
「なーんだそりゃ?」
「ロキ知ってるだろ?俺がいつも持ってるやつだよ」
「あー?おめーが?……ってーと、あのペンダントか?」
「ペンダントなら着けてたよぉ、身体拭いた時見たものぉ」
「何!?おめーシズナに身体拭いて貰ったんか?どんなエロい事して…」
「ねぇよこのエロ助ぇ!!!!」
「ブブゥォオ!!!!ヤッパ身ガ保ツ気シネー」
何だか激しくお取込み中らしい。
こんな中で、海産物一家の飼い猫よろしく蓋を上げてジャーーーン!!!!と登場しても、浮遊感満載の寒さを提供するだけだろう。
『タ、タイミングが……』
楽しそうな外の雰囲気が結界の様にミネアを阻み、非常に出辛い。
そう躊躇う間も、会話は止まらない。
「…陽光の支配者は剣だよ。俺がいつも腰に差してるヤツ」
「あーあれかー。じゃー狗鴉の爪っつーのはあの籠手型の盾だな?」
「うん。そう」
「名前あったんかー」
「あった」
「誰が付けたニョ?」
「分かんないっす。親父から貰ったんすけど、最初からそう呼んでたんで…」
「国雄の剣ってなると結構な値打ち付きそうですねぇ」
「そうニェえ。相場ニョ一千倍は余裕でいくでしょうニェ」
「もーっと上だなー。まー開拓十二器には劣るだろーけど、十二騎士と同等、或いはそれ以上ーの功績を上げた国雄の剣だからな……軽く一万倍以上はすんだろーな」
「一万倍ぃ……」
「もニョ凄い額ニェ」
具体的に何の話をしているのかはミネアには分からなかったが、どうやら莫大な金額の絡む案件の様だ。
中でも聞き逃せなかったのが、“国雄”という言葉。
ミネアの記憶では、その称号を持つ者は9人しかいない。
『誰だろう?あの魔女絡みなら正直関わりたくないんだけど……』
中でもとびっきりの国雄を思い浮かべ、ついついそんな事を思ってしまう。
嫌でも顔を顰めたくなるあれこれを思い出していると、ようやく会話が途切れた。
「おし!これでおめーの書く書類は終わりだ。ごくろーだったな」
「お茶でも飲んでゆっくりしてねぇ」
「こニョクッキーも美味しいからど~ぞ❤」
『あ、マズい。ここ逃したらまったりモードでハードル上がる』
急に増幅して来た危機感に、ミネアの気は急いた。
と――
「あぁ、郵便来てたんですねぇ。気付かなかったぁ」
いいタイミングでシズナが箱に注目してくれて、どこかミネアはホッとした。
流石シズナ、分かってるぅ♪とうきうきしていると――
「あぁ!22支部の方からオレンジ差し入れですってぇ!これ食べましょぉよぉ」
「そっちかよ!!!!!!」
カッとなって気付いたら飛び出ていた。今は反省している。(後日本人談)
ただ、その時気になったのは、隣の木箱からオレンジを出していたシズナやクッキーを口にしようとしていたアンナ、書類に判を捺していたロキの全員が目を丸くしている中、一人の少年が暢気にお茶を飲み続けていた事だった。
陽光の昇光沿いにある四階建てのアパートメントの三階。
数部屋ある壁を魔術的にぶち抜いた形で、優等生第26区支部はある。
検知器の中でも民間色の強い優等生は、捜査対象の集団から奇襲を受ける可能性を有し、彼等は大通り沿いに支部を作って衆人環視を徹底し、同時によくその場所を移す。
この立地に支部があるのも、あと二週間程だ。
ところで、この世界の建造物には、ある共通した特徴がある。
それは建物の裏手、表からは見えない部分だ。
暖炉の煙突と並ぶ形で設けられた全フロアを貫く煉瓦造りの縦長空間。
それは、先に触れた郵便システムの送受信用の道だった。
そんな狭い空間を今、着々と上昇して行く物体が一つあった。
出荷日時は今日、出荷元は“白麗の貴婦人”イリア城の通称だ。
速達と生もの、そして天面指定の補足注文が付いたそれは、物品名こそトウモロコシとなっているが、中身は全くの別モノだった。
『知ってた。どうせ何も見えないって知ってた…にしても狭いよ~暗いよ~モロコシ臭いよ~』
リュサック王国第59代王女、ミネア・グテ・ブランチ・リュサックは独りぼっちの箱の中で半泣き状態だった。
凝り固まった全身はトウモロコシの匂いに塗れ、視界は闇に覆われたままで瞼を開けてるんだか閉じてるんだか分からない。
そんな状態が一時間は続いている。
『これ夏場とかどうしてるんだろ?腐っちゃわない?』
防腐加工してから出荷するに決まってんじゃん!等とツッコム人もおらず、暗闇との過酷な戦いは孤独に続く。
『次は絶対生もの以外の箱にしよう』
平然とやっちゃいけない事への次回策を練る辺り、もうこの王女駄目かもしれない。
『あ~早く着かないかな。じゃないと私腐っちゃうよ』
魔術での搬送なのか、振動も物音もない。
外の様子が一切分からないミネアには、状況判断は出来なかった。
実は目的地の目と鼻の先にいる事等、彼女は知る由もない。
『一人しりとりでもしようかな…』
「ふぃ~やっと着いた」
『!?』
ゴトリ、という重々しい音と振動が同時に訪れ、箱の隙間から一筋の光が差し込んだ。
同時に、馴染みの匂いがふわりと鼻腔をつつく。
『あ、本当だ』
そう思った頃には、輸送魔術を解かれたのか、周囲の音情報も雪崩れ込んで来た。
「ああぁ、違う違うぅ。そこに書くのは君の年齢ぃ。どうしてそんな狭い所に無理矢理スペル押し込むのぉ?可哀想だよぉ、君の名前キツキツだよぉ」
「おめー相変わらず馬鹿だなー。そこ間違える人間初めて見たぞー。大体、書いてあんだろー年齢って」
「ニャんてレア且つ斬新ニャ間違い方…」
「………」
「あー、コイツ臍曲げた」
「え!?ニャんで!?」
「子供ですかぁ?あ、子供だぁ」
「子供じゃねえもん!俺子供じゃねえもん!!」
「はいはい、わーったから早く書けやおめーは」
ミネアの中に蓄積していた鬱憤と不安が、一瞬で刷新された。
『ヤッタ!皆がいる!!』
ミネアは“お戯れ”で城を脱走している訳ではない。
国立魔術大学院の二回生である彼女も、魔術高等学校をトップ成績で卒業した立派な優等生なのだ。
『久しぶりだな~半年振り位か~』
勿論、王女様が市井の警察行為を堂々と行う訳にもいかないので、ここではジョアンナ・ブランチ・キュリーという偽名で通している。
だが、そんなものは外への体面、第26区支部のメンバーは皆ミネアの正体を知っていた。
まあ、隠し事をしたところで、すぐ同僚に暴かれただろうが。
そんな訳で、ミネア・グテ・ブランチ・リュサック改めジョアンナ・ブランチ・キュリーは第26区支部に華々しく見参した…のだが――
「被害に遭った物の名前はぁ……何て言ったっけぇ?」
「狗鴉の爪と陽光の支配者」
「なーんだそりゃ?」
「ロキ知ってるだろ?俺がいつも持ってるやつだよ」
「あー?おめーが?……ってーと、あのペンダントか?」
「ペンダントなら着けてたよぉ、身体拭いた時見たものぉ」
「何!?おめーシズナに身体拭いて貰ったんか?どんなエロい事して…」
「ねぇよこのエロ助ぇ!!!!」
「ブブゥォオ!!!!ヤッパ身ガ保ツ気シネー」
何だか激しくお取込み中らしい。
こんな中で、海産物一家の飼い猫よろしく蓋を上げてジャーーーン!!!!と登場しても、浮遊感満載の寒さを提供するだけだろう。
『タ、タイミングが……』
楽しそうな外の雰囲気が結界の様にミネアを阻み、非常に出辛い。
そう躊躇う間も、会話は止まらない。
「…陽光の支配者は剣だよ。俺がいつも腰に差してるヤツ」
「あーあれかー。じゃー狗鴉の爪っつーのはあの籠手型の盾だな?」
「うん。そう」
「名前あったんかー」
「あった」
「誰が付けたニョ?」
「分かんないっす。親父から貰ったんすけど、最初からそう呼んでたんで…」
「国雄の剣ってなると結構な値打ち付きそうですねぇ」
「そうニェえ。相場ニョ一千倍は余裕でいくでしょうニェ」
「もーっと上だなー。まー開拓十二器には劣るだろーけど、十二騎士と同等、或いはそれ以上ーの功績を上げた国雄の剣だからな……軽く一万倍以上はすんだろーな」
「一万倍ぃ……」
「もニョ凄い額ニェ」
具体的に何の話をしているのかはミネアには分からなかったが、どうやら莫大な金額の絡む案件の様だ。
中でも聞き逃せなかったのが、“国雄”という言葉。
ミネアの記憶では、その称号を持つ者は9人しかいない。
『誰だろう?あの魔女絡みなら正直関わりたくないんだけど……』
中でもとびっきりの国雄を思い浮かべ、ついついそんな事を思ってしまう。
嫌でも顔を顰めたくなるあれこれを思い出していると、ようやく会話が途切れた。
「おし!これでおめーの書く書類は終わりだ。ごくろーだったな」
「お茶でも飲んでゆっくりしてねぇ」
「こニョクッキーも美味しいからど~ぞ❤」
『あ、マズい。ここ逃したらまったりモードでハードル上がる』
急に増幅して来た危機感に、ミネアの気は急いた。
と――
「あぁ、郵便来てたんですねぇ。気付かなかったぁ」
いいタイミングでシズナが箱に注目してくれて、どこかミネアはホッとした。
流石シズナ、分かってるぅ♪とうきうきしていると――
「あぁ!22支部の方からオレンジ差し入れですってぇ!これ食べましょぉよぉ」
「そっちかよ!!!!!!」
カッとなって気付いたら飛び出ていた。今は反省している。(後日本人談)
ただ、その時気になったのは、隣の木箱からオレンジを出していたシズナやクッキーを口にしようとしていたアンナ、書類に判を捺していたロキの全員が目を丸くしている中、一人の少年が暢気にお茶を飲み続けていた事だった。
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