陽が昇る前に

沖 鴉者

第一部 軋む歯車  第一章 寝覚めのいい朝に限って その3




「ちょっとぉ!!急いでよぉ!!早くしなきゃアタシがエライ目に合うんだからさぁ!!」


「おーおー、分かったから引っ張んなやー……っつーかそんな走ると捲れてるぞー、マント」


「人が急いでんのに何見てんだテメェはよぉ!!!!」


「おぐおぉ!!………にすんだよーお前」


「うっせエロ助ぇ!!蹲ってねぇでとっとと立って走れコラァ!!」


「な、何でしょーかその鬼畜キャラは…あれかー?まだ作風模索でキャラ安定しない感じか?」


 いえ、大体こんな感じで行こうと思ってますよ。


「……身が保つ気がしねー」


「オラァ!!ブツブツ言ってねぇでさっさと立てやぁ!!」


「あーはいはい、行きますよ、行きゃいーんだろ……ったくロードの奴…あ、見えた」


「だから見てんじゃねえよぉ!!!!」


「ごぶげぁ!!……はにゃイテー」


 誰もが目を留め、一定の距離を取る騒ぎの中心には、裸マントの痴jぐふぉ!!!!……悲劇のヒロインことシズナ・ブランチ・キシャンと、彼女の同僚にして友人のロキ・リブ・アグノバルの姿があった。


 シズナも女性としては長身で押し出しのいい方だが、ロキは男性だけあって更に立派な体格をしていた。


 シズナを上回る長身に広い肩幅、無駄のない痩躯に整った顔を頂き、性格も誠実且つ社交的と来たもんだから、これでロキは中々モテる。


 加えて彼の家は大陸一の大商会で、その箔は女子に対して絶大な効果を持っていた。


 だが、何でも持っている彼もまた、波瀾万丈な五半世紀を生きて来た。


 殊にアシンメトリーに整えられた銀髪と血の様に紅い瞳は侮蔑の対象で、彼が抱えるコンプレックスは推し量れないものがある。


「でもよー、何でまたロードがアンナんとこにいんだー?あいつ仕事どーしたよ?」


「知らないわよぉ、その辺も含めて色々訊いてみて欲しいのぉ。って言うか本当なのぉ?ロード君があの“国雄サブジェクト”の息子ってぇ」


「あーそーだよ。あいつの親父は国雄アーサー・サブジェクト・マイティ・MS・ハンクスで母ちゃんも国雄マリア・サブジェクト・ワイズ・ホライズン・ハンクスだ。知らねーか?ファーム・オブ・オブリアーチェC系列のハンクス牧場だよー」


「いや知ってるけどもさぁ。ハンクスなんてファミリーネームはよくいるしぃ、まさかそんな名家の息子がSABCに関わっているなんて思わないでしょぉ?」


「SABCだー?」


 突如立ち止まったロキは、しかしすぐに、釣られて足を止めたシズナを追い越して走り出す。


 その表情は、シズナ以上に怪訝なものに変わっていた。




「ニェえロード君、君ニョ事を少ぉし調べたんだけど、君ニョ父君はあニョアーサー・サブジェクト・マイティ・MS・ハンクスニャんだって?」


 当主としての挨拶や歓迎の意を告げ、簡単な食事を当主自ら振る舞った後、王国十二騎士の一つ、“参謀”の異名を取るセテモラ家当主アンナ・ニフ・リブ・セテモラは今し方得たばかりの・・・・・・・・・情報をチラつかせた。


 すると、面白い位の動揺が少年の目に走った。


『ビンゴ…ニェ』


 確かな手応えを感じたアンナは饒舌に続ける。


「つまり母君はマリア・サブジェクト・ワイズ・ホライズン・ハンクス。こちらも国雄ニェ。そんニャあニャたが、ニャんでこニョ街ニいるニョか」


 参謀としてその名を轟かせたセテモラ家には、代々情報の真偽精査とその解析の技術が伝承されて来た。


 挙措や言葉尻、発音の起伏等から発せられる無数のサインを見抜き、その意味する所に当たりをつけ、婉曲に確認を取りつつ自身の策略に誘導する。


 人の世界で生きて行く以上必須となるこの技術で、セテモラ家の右に出る者はいない。


「聞かせてくれニャいかニャ?」


 そんなセテモラ家が一族滅亡の一歩手前まで追いやられたのは、12年前の事だ。


『SABCとロード君ニョ存在がどこまで関わっているニョかは分からニャいけど、国雄ニョ子が関わっているニャら放っておける訳ニャいし、これでコニェクションが築けるニャら一石ニ鳥ニェ』


 一族の脚を掬ったのは、収集した情報の全てが虚飾されていた事だった。


 一つの嘘を成立させるには約三十の嘘が必要になると言われているが、当時のセテモラ家が持っていた広い情報網全てが、キチンと一つの画になる形で偽情報を掴まされていた。


 その報告数実に九百三十一。
 丁度、三十の二乗に最初の嘘、そして最初の嘘を隠す為の嘘を加えた数だ。


 当時セテモラ家の当主だったアンナの父は、この鮮やか且つ明白な敗北を受け、一族に最大の屈辱と汚名を注いでしまった、と酷く落ち込んでしまう。


 そこから先は、目も当てられなかった。


 多額の負債を負わされた上抱えていた商会や領地を殆ど奪われ、家計を圧迫するとの理由で使用人を次々と放免し、遂には“ニフ”の称号を表す開拓十二器の一、天命指示柱オラクルランナーさえ売りに出さなければならない程、セテモラ家は追い詰められた。


 最初にセテモラ家を去ったのは、アンナの母だった。


 世に名だたる参謀のセテモラが出し抜かれた屈辱に耐えられなかったのか、何の記も言葉も無しに、彼女は消えた。


 その事がショックだったのか、父は首を縄で括り、当時9つだったアンナは一人世に放り出されてしまう。


 身売り寸前まで追い詰められた少女は、最早諦観しか懐けない程絶望に打ちひしがれた。


 だが、幸運な事に彼女には捨てる神同様拾う神がいた。


 レベッカ・アグノバル。


 セテモラ家の屋敷を買い取ったこの女は、一代で自身の商会を大陸一の存在に押し上げた傑物だ。


 多くの販路獲得と共に多くの貴族達との繋がりを持つレベッカは、当然、セテモラ家とも友好な関係を築いて来た。


 特にレベッカの一人息子ロキはアンナと同年代(正確にはアンナが一つ年上)であった為、セテモラ家に対する愛着は一入と言える。


 だが、貴族のプライドで内情を秘匿したセテモラの危機を、レベッカは最後まで知る事が出来なかった。


 当時のレベッカは大層その事を悔いていたと言う。


「ならばせめて」と、レベッカはアンナを引き取った。


 勿論、一人の忠臣の立場からだ。


 レベッカはアンナにこの邸宅と魔術学校への進学費、そして当面の生活の面倒を献上し、代わりに自身の商会をセテモラ家の専属商会にしてもらう契約を結んだ。


 アンナが優等生B-Cellを目指し始めたのは、この頃からだ。


 貴族とは違う市井の者に救われた経験が、彼女の中に強い感謝を生み出した。


 そしていつの日か、彼女は己の家族を奪った敵と対峙する時を、今でも願っている。


SABCヤツラを追い詰める為ニャらニャんだってやってやる』。


 もし、ロードがSABCに何らかの被害を受けているならば、それはアンナにとって看過出来ない事だった。


 彼女の家族を奪った連中の仲間を追い詰める機会かもしれない。


 そんな期待を胸に、アンナはロードに尋ねていた。


 だが一方で、不安も抱いていた。


 仮にロード少年の一家をSABCが追い遣ったとしたら、連中は国雄サブジェクトを屈服させる力を持つ事になる。


 それ程強大な連中に、果たして自分の力は及ぶだろうか?


 いいや、とアンナは断じる。


『だとしても、負けられる訳ニャいじゃニャい』


 一族の復讐を遂げる。


 そのたった一つの目標の為に、アンナは何だってやって来た。


 セテモラ家の伝承を一から洗い直し、魔力放出媒体には諜報能力に優れたロープを選んだ。


 相手から感情を隠す為に口調を変え、表情を変え、立ち居振る舞いを変えた。


 業を負った。


 自身の身体は勿論、近しい者や気の置けない者にロープの跡を付け、心拍情報を並列化した。


 それがどんな意味を持つのかを理解した上で了承してくれた仲間には、本当に感謝している。


 ふと、玄関で表の喧騒が息を吹き返し、再び息を潜めた。


 代わりに聞こえて来たのは――


「ア、アンナ様ぁ……た、只今戻りましたぁ……」


 息を切らしながら時間内にキッチリ戻った使用人の少女の声と、


「おーいアンナー!!ロードがいるって本当かー?」


 その使用人に連れられて来た、どこまでもお人好しな年下の御曹司の声だった。


 頼もしくも有り難い二つの声に、思わず口元を綻ばせ、アンナは立ち上がる。


「さて、ロキも来た事だし、続きは後で。今ニョ質問ニョ答えは後で聞かせてニェ」


 束の間の詰問の中断を告げるその声は、微笑みと共に発せられた。


 それは、一度全てを失った者がそれでも何とか立ち上がった事を誇る様な、自身に満ちた表情だった。


 SABCに立ち向かう為にアンナが手に入れた最も頼もしい存在が、揃いつつある。




 ロキ・リブ・アグノバルは苛立ちにも似た焦りを感じていた。


 アンナやシズナと違い、彼だけはロードに馴染みがあったからだ。


「お、おすロキ!ごぶさ…」


「なーんでおめーがここにいるんだ?あー?」


「痛い痛い痛い、やめて」


「しかも何だー?SABCの荷馬車に載ってたっつーのは?」


「え、SABC?何それ?……痛い痛い痛い頭グリグリしないで」


「何も知らねーでノコノコ荷馬車乗って来たんかおめーは」


 着席する前にヘッドロックを固めたロキの攻撃に、着席したロードは成す術もない。


 出来の悪い弟を叱る兄の様な遣り取りで、セテモラ家の小さな食堂は一気に騒がしくなった。


 女所帯では見ない肉体言語の交流に若干引き気味のシズナが、何とか割って入ってみる。


「ロ、ロードくぅん。ロキも来た事だしぃ、この街に来た訳を教えて欲しいんだけどぉ」


「そーだぞおめー。何でこの街に来たのか、まずそこんとこから教えやがれコラー」


「痛いよ痛いって、分かったから、喋るから、痛いから、兎に角ヘッドロック解いてぇー」


「うるせー、久しぶりに会ったんだ、ちょっとは弄らせろよーそのまま喋れよー」


「な!んな無茶なぁイテテテテ」


 段々と本題をスルーして悪乗りして来たロキがより一層力を強めようとした、その時――


「ローキーニャン❤」


 耳が糖尿病になりそうな程甘い声を家主が発し、ロキがピシリとその動きを止めた。


「……いやあのー……」


「うん大丈夫よ気ニしニャいで、プラン4位ニしとくから❤」


「あーその、何だー俺はそういう積もりではなくてだなー」


「うん?低過ぎたかニャ?それニャら5ニ…」


「いえ4でけっこーでーす!!!!すんませんしたー!!!!」


 礼儀正しくお辞儀までして着席したロキを見て、ロードはこの場に於ける序列ヒエラルキーの頂点を理解した。


「さて、ロード君❤」


 その族ちょ…序列のトップが、ロードに水を向けて来た。


 先程までの気品ある微笑みが、何だか恐ろしく映るのは秘密だ。


「な、何でしょう」あ、隠せてない。


「そんニャに怖がらニャくていいニョよ。私達はただ、君がニャんでこの街に来たニョかが知りたいニョ。ついでニ言えば君がどうしてシャイロック・フランク氏ニョ荷馬車ニニョっていたニョかもニェ」


 一堂の目が、一斉にロードに注がれる。


 普段感じる事のないプレッシャーに曝されて、ロードは辟易とした。


「いや、その…あの、何て言うか、実は半分位何言ってるか分かんないんすけど、俺がイリアに来たのは魔術を使えるようになりたかったからです」


 瞬間、時が止まった様にロードは感じた。


 誰も彼もが「何言ってんのコイツ」的な目で自身を見る事が、ひたすら理解出来なかった。


「あの……えっと……」


「ロード、おめー」


「本当にぃ?」


「魔術がまニャびたい?」


 優等生B-Cell達は互いの顔を見合わせた。


 彼等の考えと大きく異なる答えが出たのだから、当然と言える。


 魔術回線を使った会話は、自然と盛んになった。


――どーゆー事だ?――


――知らないわよぉ、その辺の事情はロキの方が詳しいんじゃないのぉ?――


――んーこれは思ったようニャ成果は挙がらニャそうニェー。でもそれじゃあ、こニョ子はどうやってイリアに入ったニョかしら?――


――ちょっとロキィ、あんた訊いてみてよぉ――


――いやーでもコイツ嘘吐くよーな奴じゃねーからなー多分本当に分かってねーぞ――


「なーおい、ロード」


「?」


「おめーイリアの街にはどーやって入ったんだ?」


「あ…っとそれは…分かんない」


「分かんねーってどーゆー事だ?おめー一人で来たんだろ?」


「うん、そうなんだけど……あれ?ところで俺の狗鴉の爪クローズクロー陽光の支配者サンライトマスターは?」


「「「え?」」」


「え?」




「「「「………あれ?」」」」













――ルフよりダミープリンセスへ、連中が屋敷を出た。


  数は四、内三名は優等生B-Cell、もう一名は不明。


  メンバーは登録順に


  No.1457アンナ・ニフ・リブ・セテモラ、


  No.1564ロキ・リブ・アグノバル、


  No.1704シズナ・ブランチ・キシャン。


  進行方向から察するに第26区支部に向かっているものと思われる。
  本日の第26区支部出向者一覧をワーウルフ及びバジリスクに伝令されたし――


――ダミープリンス了解。


  ルフ隊は現状配置を継続しつつ支部監視にあたる同隊別動組と合流。


  ワーウルフ及びバジリスク本隊が到着するまで第26区支部の監視を、メンバー出入りの際は逐一報告されたし――


――ルフ了解。


  支部内の迎撃装置に関してはイークウェインドレイクより確認を――


――了承している。


  ではルフ隊、健闘を祈る――

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