T.T.S.

沖 鴉者

File.5 Worthless Road Movie  Chapter 3-6



 駆動部とエネルギー供給部を潰されて以降、ブラックアウトしていた景色が、強カンデラの光で塗り潰された。
 抵抗する間もなく網膜を焼かれても呻くしかない男の身体を、鋭い蹴りが襲う。
 機動力と耐久力に富んでいたはずの機械の鎧は、その両方を奪われたことで堅牢な拘束具と化していた。こんな場合に使用すべき緊急脱出機構も潰滅していてまるで作用しない。

「よぉ、待たしたな。そんじゃ、お話しよぉや」

 陽性残像で白飛びした景色の向こうから、男をここまで運んできた者の声が聞こえる。

「屈託なく死ねるよぉにちゃんと喋ってくれよ」

 夜間作戦用のものだろう照明を直で顔に向けられたままだが、強い光の向こう側に声の主以外にも何人かいることが男にもわかった。それらが誰なのかも、心当たりがある。

「テンタクルスのガキどもか」

 余りにもガラガラな自身の声に男が驚いていると、声の主がホースで水をかけてきた。それで喉を潤した所で、声の主が男の前に椅子を置いて腰掛ける。

「変な味する水で悪ぃな。自白剤混ぜっとどぉしても味が変わっちまう」

 それは、もはや何でもありの尋問が始まる宣言であり、男を生かして返す気はないという意志の表明だった。


~2176年12月26日AM4:07
日本国 芝浦埠頭〜

 赤外線センサーで緑色に浮かび上がっていた風景の端に、予想通り南雲記者の単車が停まった。
 ガントリークレーンの類稀なる高さのお陰で、今ギルバートの視界を遮る物は殆どない。光学迷彩カメレオンを纏って特殊なフィルターがない限り誰にも気取られない位置に陣取った仮面の男は、事前に破っておいたフェンスに近づいていくスポーティーな格好をした女記者を注視した。
 恐らく南雲は、ここにくる前に飼い主・・・に報告したはずだ。虫の息のT.T.S.にトドメを刺せるかもしれない情報を手に入れた、と。
 南雲自身の考えはわからないが、彼女の飼い主・・・には間違いなくT.T.S.の消滅を望んでいる。
 だからこそ、貢献に逸る南雲の手綱を握る飼い主・・・には、ギルバート同様、今この瞬間に目を光らせていることだろう。
 さもないと、もしT.T.S.に手綱を手繰られた場合、握り手に跡・・・・・が残ってしまう・・・・・・・
 例えば、今ギルバートの真下で内側から爆発するように吹き飛んだコンテナから無数のナノマシンとなった紗琥耶が南雲に襲いかかった場合、飼い主・・・はどうするか。

《ギル、来た……真後ろ》

 アグネスの報告に振り返ると、確かに来ていた。
 ただし−−

「おやおや、これはまた、随分と気合の入ったのが来たな」

 それが巡航ミサイルだったのだから事が大きい。

「アギー、今僕の視界の衛星軌道上にアクティブな設備はあるかい?」

 弧を描いてこちらに向かってくるミサイルを仰ぎ見ながら、ギルバートは尋ねる。
 即座にマーカーが貼られ、まばらな人工天体が空に広がる。予定軌道まで示してくれるアグネスの心遣いに内心感謝しつつ、ジェットエンジンを噴かせて亜音速で接近してくる飛行機を睨みつける。
 一つ断っておくと、このミサイルに対処すること自体は、ギルバートにとっては何てことないことだ。
 では、彼がどの辺りに飼い主・・・の気合を感じたかというと、それが海水面から射出されたように見えたからだ。
 そうなると、今こちらに迫って来ているのは戦術用の短射程トマホーク。発射元が潜水艦であるのを見るにつけ、恐らくブロックⅣのようなものだろう。
 たった1人の人間を止めるために、原潜にトマホークまで積んでくる。
 余りに非合理的過ぎて、もはや非現実的だが、ギルバートや紗琥耶の存在を加味しての判断だとすれば、これは中々侮れない。
 それはつまり、戦術核に匹敵する脅威を持った生物兵器2人を相手にしている自覚のある敵、ということになるからだ。
 しかしながら、まだ足りない。

「アギー、あの原潜の情報は分かり次第共有してくれ。しばらくこっちはノイズまみれになるから、その間にでも頼むよ」

 神資質Heiligeで自身の身体から質量を捨て去りながら、男は神を追う足Beineum Gott zu jagenで一気にガントリークレーンを駆け抜け、跳躍。
 巡航ミサイルが自前の羽とジェットエンジンで姿勢制御をするように、ギルバートは恵まぬ雨Rain which isn't givenで細かく空中軌道を制御して、正面からではなく側面からミサイルの軌道にアプローチをかけた。
 そのまま天上の衛星軌道を凝視しながら、さながらフットボールのPKのごとく、ディフェンスの壁とキーパーの間隙を狙う。
 そうして、瞬きの半分ほどの間に、亜音速の飛行物体と亜光速の男は空中で接触した。
 新人類組成計画Neuemenschheitherstellungplanの傑作が放った光速の蹴りは、過たずトマホークの腹を捉える。
 その一撃は、哀れな巡航ミサイルの運命を決定づけるには十分な威力を持っていた。
 ジェットエンジンの出力はあっさりと薙ぎ払われ、メシャリと形を歪めた筒は大気圏に向かって第二宇宙速度で向かう強いベクトル運度を与えられ、空を駆ける一条の星となって宙空の彼方へと消えていった。数多漂う衛星のディフェンスラインは、結局誰一人として触ることすら出来なかった。
 スクラップと成り果てた鉄の塊は、どこかの惑星の引力に引き寄せられない限り延々と等速直線運動をするだけだろう。
 かくして直近の脅威が排除された一方で、開口部が弾け飛んだコンテナの中では、一人の女が恐怖に打ち震えていた。

「「ねえ、ほら、今の聞こえた?私のツレが貴女のお友達を消した音。わかるでしょう?誰も助けになんて来ないのよ」」

 南雲記者の上下左右前後、そして何より、身体の内側から声がする。
 いくら振り払っても晴れない闇の中から聞こえてくる紗琥耶の声に心胆寒からしめられながら、女記者は自らの震える身体を抱きしめながら浅い呼吸を切り続けた。自分の体内に爆弾を仕掛けられたも同然の、命を握られる異次元の恐怖。
 実のところ、紗琥耶は目的をほぼ完遂していた。南雲が左右の腕に纏っているWITの通信記録やクラウドのID&PWは引き抜いたし、胸の名刺入れの中から気になるものも掏れた。
 満足のいく収穫は充分に得られたが、紗琥耶個人の気は全く晴れていない。
 一晩の仲とはいえ、自分を騙した女をアッサリ許せるほど、紗琥耶は人間が出来ていない。
 元々奔放な方ではあるものの、行為そのものを愛している彼女からすれば、南雲の行為は侮辱以外の何ものでもなかった。
 だから、紗琥耶は脳に潜り込ませたナノマシンで報復を始める。

「今から脳を躾けてあげる。エンドルフィンの分泌条件と量を狂わせてオキシトシンの蛇口も壊して……おめでとう、南雲由貴。今日から貴女はずっと肉欲と恋の世界の住人よ。哺乳類どころかノミが身体の上で跳ねただけで、貴女はその快感に恋をする」

 念入りに南雲の脳をこね回す。
 反応は、すぐに現れた。
 目を回しつつ失禁し、だらしなく開いた口から垂涎する南雲にキスしてやると、ガクガクと太もも震わせて達する。

「いい感じね。さっきより、ううん、昨日より断然素敵よ」

 変わり果てた南雲の姿にウットリとしていると、紗琥耶の背後で着地音がした。

「やあ、首尾よく済んだみたいだね」

 陰鬱な光景には不釣り合いな爽やかな声で、ギルバートが声を掛けてくる。
 振り返ってみると、どことなくペストマスクの向こう側の表情が晴れやかな感じがした。

「え?もしかしてアンタもヤった?」
「何を言っているんだ君は?」

 久々に思い切り蹴れてスッキリしたが故の弾む声を見事に曲解した紗琥耶にツッコミをいれつつ、彼女が抱きかかえる哀れな新聞記者を覗き込む。

「……ちょっとやりすぎじゃないか?」
「丁度いいのよ、似非このリベラル手の連中はいつだって目的と手段を取り違えて人の妨害だけが生き甲斐になっていくんだから。一人で耽り続ける世界に戻してあげれば、本人も周りも幸せ。イッツ・ア・ハッピーワールドってね」

「そうか、まあ君がそう判断したのなら反対はしないよ。それより」

 愛憎に染まった執念深い女の貌から、一瞬で冷徹なT.T.S.の表情に変えて、紗琥耶はギルバートの言葉を受けた。

「わかってる。陰姫の方も色々調べてくれてるんだろうし、この女新聞社の前に捨てたら一回合流しよう」


〜2176年12月25日PM8:43
マッスルサプラマシィコミュニティ
ユリアン・スミス邸宅〜

「だからな、俺の居場所とこれからの大まかな予定、あと俺の画像データを情報屋に高値で売りつけることで、ここの修復費用を」
「そっちの影……もしかしてあのクズが言ってた女か?」

 突然、源の言葉を遮って男が口を開いた。
 その視線は、源の右後ろに注がれている。

『早いな、もぉ効いてきたか、さすがはテンタクルス謹製の自白剤。効果は抜群だな』

 薬効が現れるまで他愛のない話で場繋ぎをしていたのだが、もうそれも終わりのようだ。
 思いついたことを何でも口にしてしまう状態になった男を前に居住いを糺し、源は合図を送る。
 男が勘繰っていた人影、テンタクルスの少女2人とエリカが、夜間照射器の照射域に入った。

「ああ、思った通りだ」

 どこか諦めたような口調でそう一人ごちて、男は下から源を睨みつける。

「何が知りたいんだ?俺みたいな末端が知ってることなんざ、たかがしれてるぞ」
「必要ない。貴方に求めているのは判断材料の裏取りとしての情報だ」

 男の問い掛けに答えたのは、源ではなく、テンタクルスのアジア人の少女だった。
 その時点で、男は察する。

「なるほど、コイツは暴力装置でマライアこっちが審問官か。それで?グィネヴィア。お前は何を確認したいんだ?」

 グィネヴィアと呼ばれたマライアを名乗る少女は、顔を顰めた。
 テンタクルスにバックドアを仕込んだ元となった人格オリジナルワン。その諜報組織内での通り名こそが、グィネヴィアだ。

「余裕がないのは本体グィネヴィアも同じみたいね」
「そりゃそうだろ。自分のテンタクルスが軒並み組織を裏切バグったんだ。仲間から白い目を向けられるし、組織から疑われるのは当然の成り行きだ」

 気になる言葉が飛び出た。
 即座に源は飛びつく。

「バグの原因は何だ?」
「俺が知るか。お前の後ろのガキどもに訊け」

 チラリと顧みた源と目を合わせたマライアは、咳払いを挟んで話を本筋に戻した。

「貴方たちが始末を命じられたのはアンジェラだけ?」
「そうだ。お前とかは生死問わずデッド・オア・アライブだが、そこのガキだけは必殺マストダイと命令された」

「それはアンジェラがグィネヴィアのクローンだから?」

 その言葉を聞いた直後、男の表情が明確に変わり、努めて動かさないようにしていた口が急速に回り出す。

「そうか、だから一つだけあんな古臭い画像を出されたのか……ただそうなるとグィネヴィアが関与してないってのは無理があるよな」
「それはないよ。だってアンジェラを造ったのは私たちだから」

「「は?」」

 男性陣が同時に声を上げ、自身を見たのを確認して、マライアはアンジェラに目配せした。
 小さな黒人の少女は、その年齢には相応しくない落ち着き払った首肯を挟んで口を開く。

「お待たせしてごめんなさい。つい今し方までこの子達のバックドアから元となった人格オリジナルワンの記憶をダウンロードしていまして……やはりエピソード記憶は重たいものですね。ようやくお話が出来そうです」

 およそ幼い少女の口調とは思えない、落ち着いた声音。子どもならではの澄んだ目には不釣り合いな、母性すら感じさせる柔らかな笑みを湛えて、グィネヴィア・コピーは降り立った。

かなはじめ源」
「お、う?」

 その小さな体のどこから発せられるのか、とんでもない存在感の幼児に指名されて、思わず源も姿勢を糺してしまう。

「つい今し方本家オリジナルが得た情報なのだけれど、ブリー・ウィリアムズがアナタに会いにこちらに向かっているそうよ。ああでも、もし会ってあげる気があるのなら、すぐにでも迎えを送って。今まさにヴェラと情報共有している」

 その言葉を聞くや否や、源は強化外骨格を力任せに握り寄せた。

「さぁ本題だ!そのヴェラってヤツの武装を教えろ!テメェ以外に仲間がいるなら増援の可能性も含めてその人数もだ!」

 事前にマライアとしていた打ち合わせとは大分違う形となったが、本来の目的を果たす時が来た。
 最初からこの男には、あの小賢しいヴェラのこと以外聞き出せるとは思っていない。
 厄介者が手の内を全て見せているはずがない。
 それでも、背後のエリカが少年兵時代に裏切られた経験と、今まさに切り捨てられたばかりの男の解釈があれば、下衆の魂胆を剖出出来るはずだ。殺気が一段と増したエリカが前のめりになるのを感じながら、源は男に告げる。

「コイツがお前の分も合わせてヴェラを殺すから安心して吐け」
「俺の弔い合戦のつもりか?俺を殺すのはお前たちなのに」

 悲壮な笑みを浮かべながら、男は尋ねた。
 ある種の覚悟を決めた表情を前に、源は改めて居住まいを糺す。

「そぉだ。テメェを殺さなきゃなんねぇ原因を作ったあの女を代わりに殺してやるって言ってんだ」
「ものは言いようだな。でもそれなら、逆も言えるだろ。ヴェラのアホが最初から俺を殺すつもりでいてお前に手を汚させるって可能性も」

「ねぇよ!屁理屈こねんな。テメェの組織はヒューミント系諜報機関だ。捕虜になった同胞は容赦なく殺す。テメェらがそのガキ殺しに来たみてぇにな!」

 グィネヴィア・コピーを指示し、男を至近距離で睨みながら源は男を喝破した。

「もぉいぃや、時間切れだ。もったいぶるヤツほど大したことは言わねぇもんだ。少数精鋭気取った歩兵なんざ数で押してくるドローン軍に比べりゃ怖くも何ともねぇしな」

 もはや逃げ道も、稼がせてやる時間もない。お前は今、死ぬのだ。
 わざわざそう宣言する。
 直前の慈悲の言葉を補強するように。
 かくして、賽は投げられた。
 決して分の悪い賭けではないが、果たしてどれほどヴェラが男の顰蹙を買っているか、どれだけ源の慈悲が届いているか、次に発される言葉が答え合わせになるだろう。

「持ってけ、俺のアーマー」
「アーマー?全部か?」

「メットだけでいい、持って行け。外部記憶装置ESD化してるからアーマーの設計図から全隊員の名前やスペックまで全部データ閲覧可能だ」
「……そぉか、そんじゃ遠慮なく」

 源はメットを手に取ってエリカに目配せした。
 するりと服を脱ぎ出した少女に目を白黒させつつ、こちらに背を向けて去っていく源に、男は叫ぶ。

「汚ねえな!直接手も下さねえのかよ!」
「安心しろ。それでも俺がヤッたことになっから」

 声で笑いながら、源は振り返りもせずに去っていく。
 その冷酷な背中がまだ夕闇の広がりきっていない、薄明かりの残る夜空に溶けていくのを見送る頃、男にはエリカから特大の銃口が向けられていた。

「じゃ、後から逝くヴェラとあの世でも上手くやれよ」

 対物電磁狙撃銃アンチマテリアルレールスナイパーライフルの、全てを薙ぎ払う一閃が煌めく。ガレージそのものを巻き込みながら、名も知らぬ男の生涯は閉ざされた。

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