T.T.S.
File.5 Worthless Road Movie Chapter2-2
2
~2176年12月25日AM9:22
アメリカ某所~
ミルクとブレット、チーズとハムの代用肉を両手いっぱいに抱えた絵美は、オートレジスターの台にそれらをドカリと下ろした。
名も知らぬ街の名も知らぬフランチャイズのスーパーではあるが、必要最低限の食料を確保するには十分過ぎた。
どういうわけが、全ての食材がやたらにサイズがでかい。元アメリカ合衆国という事実を除いても、余りに大き過ぎる。
郊外の廃車置き場で待つ彼女の相棒は「ついでに煙草も」なんて言っていたが、堂々の無視だ。そんなニッチなもの、今の時代にその辺で売っているはずがない。
「……にしても、自由に動けるのが私だけってのも考えものね」
指名手配者とその虜囚がその辺をほっつき歩けるはずもなく。食料の調達は絵美一人で行うしかなかった。
一応ナノマシンの操作である程度荷物の重量を軽減出来るが、細身の彼女が重量感たっぷりの荷物を易々と持ち上げしまっては目立ち過ぎる。
だがら、出来るだけ一般的な人間がするように紙袋に詰めた食料品を「よっこいしょ」と持ち上げると、そっと彼女の肩を後ろから誰かが支えた。
振り返った絵美の視線は、隆々たる胸の筋肉に弾かれて上に逸れた。
「大丈夫かい?お嬢さん?」
恐らく、全身タイツでも着せれば立派なアメコミヒーローが誕生することだろう。
細い絵美の肩を支える爽やかな白人男性の腕は、ほぼ彼女の胴回りほどの太さはある。
「ええ、ありがとう。助かったわ」
特にフラついたわけでもないのに肩を支えられたことに違和感を覚えたが、それも続く男性の言葉で解消した。
「ああ、気安く触ってしまってすまないね。君は外のコミュニティから来たんだろう?この街は男も女も筋肉をつけるのが大好きな街だから、君のような細身な身体の人が我々用の大きな食材を担いでいると、つい心配になってしまってね」
『なるほど、マッスルサプラマシィのコミュニティだったんだ。ここ』
かつての男根主義を博愛主義と共にプロテインシェイカーに入れてシャカシャカと振ったような考え方を持つ、身体を大きく、筋肉を太くすることに注力する人々のコミュニティ。
通称、マッスルサプラマシィコミュニティ。
道理で、一々食材が大きいわけだ。
恐らく、ミルクやチーズ、ブレットのバター類は低脂肪に、ハムもタンパク質が多めに調整されていることだろう。
理由がわかれば、何てことのない日常の一幕だ。
その老婆心に感謝しつつ、早々に去らせてもらおう。
「なるほど。でも心配には及ばないわ。ありがとう。ミスター……」
「ああ、ユリアンだ。ユリアン・スミス」
「絵美よ。それじゃあミスタースミス。鍛冶屋のご一族に相応しいその立派な身体、これからもしっかりと鍛えてね。それじゃあ」
「本当に大丈夫かい?」
「ええ、もちろん」
心配性な筋肉男に強気な笑顔で頷き、その分厚い胸板を拳でタップして絵美は店を出る。
サプラマシィを標榜する街に住む者だけあって、中々に紳士的な対応をしてくれた好青年だった。
と、そこで終わっていれば思っただろう。
「エミ!ダメだ!そっちは危険だ!」
ユリアンが大声で絵美の背中に叫んできた。
こんな展開もあるんじゃないかとは思ってはいたが、思いのほか大きな叫びで呼び止められて、袋からチーズのパックを落としてしまう。
「えっと……まだ何か?」
スーパーマーケットを出て左に折れた絵美を、わざわざ反対側から追ってきたユリアン。自然と彼女は笑顔を強張らせ、腰を落としていた。
「そっちは男根主義連中の居住区だ!女性一人なんて余りにも危険過ぎる!」
「あ、え?あぁ……それでね……」
多少おせっかいではあるが、ユリアンの行動の意味はわかった。
絵美とて、異性に一方的に庇護欲を押し付けられる経験はなくもない。
まあ、むくつけき男たちが屯している場所に向かう両手の塞がった無防備な女性を見れば、止めたくなる気持ちもわかる。
ただ、絵美は一般人とは訳が違うので、やはりユリアンの行動は大きなお世話だ。
「ミスター、よく鍛えてる貴方ならさっきのタイミングで分かったでしょ?私はある程度武術の心得があるの、だから私は大丈夫よ。心配してもらってありがたいけど」
「それでも危ないから言ってるんだ。聞き分けてくれ!君こそ分かってるのか?僕のような人間でさえ気をつけなきゃいけないヤツがいるって言ってるんだ!噂じゃ、人まで殺してるって話も聞く」
その言葉に、絵美の中で明確なスイッチが入った。相手が無法者というのならば、明確に絵美の出番だ。
「そう。なら、むしろ私の専売特許よ」
一気に殺気立った絵美の雰囲気に、困惑と怪訝な表情で頭を捻るユリアンは、それでもなお食い下がる。
「しかしだな」
直後、男の巨躯が大きく後ろに弾き飛ばされた。
身体のどこかが押されたというより、体幹そのものが根幹から大きく揺さぶられたような感じだった。
目の前にいる細身の女は指一本動かしていない、が、明らかに彼女の仕業でユリアンは尻餅をついている。
「これでもまだ心配?」
頭上から真っ直ぐに下ろされる絵美の視線にただならぬ迫力を感じるが、立ち上がって逃げることも出来ない。
「立ち上がれないでしょ?人間、いくら鍛えても座ったままや寝たままじゃ指一本の力で制圧可能なのよ」
えげつないほどに効果的な人体構造の把握ぶりに、ユリアンの背筋に冷たいものが走る。
「一体どうやって……」
「それは……秘密、かな」
男がその身を守るために筋骨で武装するならば、女はその心の平穏を守るために嘘と秘密で本心を隠す。
時代を問わず繰り返されてきた男女の攻防をコンパクトに再現したところで、絵美は今生の別れのつもりでユリアンにウインクした。
「じゃあねユリアン。どうか優しいアナタのまま平和に暮らしてね」
「あ、チーズ……」
圧倒されていたユリアンは、袋から落ちたままの乾酪を指差したが、指示されたそれはまるで意志を持ったかのようにフワリと浮き上がり、こちらに背を向け歩き去る絵美を追い越して彼女の抱える紙袋の上に着地した。
目を擦っても、瞬きを繰り返しても、ポルターガイストのような光景が覆ることはなかった。
~2176年12月25日AM9:22
アメリカ某所~
ミルクとブレット、チーズとハムの代用肉を両手いっぱいに抱えた絵美は、オートレジスターの台にそれらをドカリと下ろした。
名も知らぬ街の名も知らぬフランチャイズのスーパーではあるが、必要最低限の食料を確保するには十分過ぎた。
どういうわけが、全ての食材がやたらにサイズがでかい。元アメリカ合衆国という事実を除いても、余りに大き過ぎる。
郊外の廃車置き場で待つ彼女の相棒は「ついでに煙草も」なんて言っていたが、堂々の無視だ。そんなニッチなもの、今の時代にその辺で売っているはずがない。
「……にしても、自由に動けるのが私だけってのも考えものね」
指名手配者とその虜囚がその辺をほっつき歩けるはずもなく。食料の調達は絵美一人で行うしかなかった。
一応ナノマシンの操作である程度荷物の重量を軽減出来るが、細身の彼女が重量感たっぷりの荷物を易々と持ち上げしまっては目立ち過ぎる。
だがら、出来るだけ一般的な人間がするように紙袋に詰めた食料品を「よっこいしょ」と持ち上げると、そっと彼女の肩を後ろから誰かが支えた。
振り返った絵美の視線は、隆々たる胸の筋肉に弾かれて上に逸れた。
「大丈夫かい?お嬢さん?」
恐らく、全身タイツでも着せれば立派なアメコミヒーローが誕生することだろう。
細い絵美の肩を支える爽やかな白人男性の腕は、ほぼ彼女の胴回りほどの太さはある。
「ええ、ありがとう。助かったわ」
特にフラついたわけでもないのに肩を支えられたことに違和感を覚えたが、それも続く男性の言葉で解消した。
「ああ、気安く触ってしまってすまないね。君は外のコミュニティから来たんだろう?この街は男も女も筋肉をつけるのが大好きな街だから、君のような細身な身体の人が我々用の大きな食材を担いでいると、つい心配になってしまってね」
『なるほど、マッスルサプラマシィのコミュニティだったんだ。ここ』
かつての男根主義を博愛主義と共にプロテインシェイカーに入れてシャカシャカと振ったような考え方を持つ、身体を大きく、筋肉を太くすることに注力する人々のコミュニティ。
通称、マッスルサプラマシィコミュニティ。
道理で、一々食材が大きいわけだ。
恐らく、ミルクやチーズ、ブレットのバター類は低脂肪に、ハムもタンパク質が多めに調整されていることだろう。
理由がわかれば、何てことのない日常の一幕だ。
その老婆心に感謝しつつ、早々に去らせてもらおう。
「なるほど。でも心配には及ばないわ。ありがとう。ミスター……」
「ああ、ユリアンだ。ユリアン・スミス」
「絵美よ。それじゃあミスタースミス。鍛冶屋のご一族に相応しいその立派な身体、これからもしっかりと鍛えてね。それじゃあ」
「本当に大丈夫かい?」
「ええ、もちろん」
心配性な筋肉男に強気な笑顔で頷き、その分厚い胸板を拳でタップして絵美は店を出る。
サプラマシィを標榜する街に住む者だけあって、中々に紳士的な対応をしてくれた好青年だった。
と、そこで終わっていれば思っただろう。
「エミ!ダメだ!そっちは危険だ!」
ユリアンが大声で絵美の背中に叫んできた。
こんな展開もあるんじゃないかとは思ってはいたが、思いのほか大きな叫びで呼び止められて、袋からチーズのパックを落としてしまう。
「えっと……まだ何か?」
スーパーマーケットを出て左に折れた絵美を、わざわざ反対側から追ってきたユリアン。自然と彼女は笑顔を強張らせ、腰を落としていた。
「そっちは男根主義連中の居住区だ!女性一人なんて余りにも危険過ぎる!」
「あ、え?あぁ……それでね……」
多少おせっかいではあるが、ユリアンの行動の意味はわかった。
絵美とて、異性に一方的に庇護欲を押し付けられる経験はなくもない。
まあ、むくつけき男たちが屯している場所に向かう両手の塞がった無防備な女性を見れば、止めたくなる気持ちもわかる。
ただ、絵美は一般人とは訳が違うので、やはりユリアンの行動は大きなお世話だ。
「ミスター、よく鍛えてる貴方ならさっきのタイミングで分かったでしょ?私はある程度武術の心得があるの、だから私は大丈夫よ。心配してもらってありがたいけど」
「それでも危ないから言ってるんだ。聞き分けてくれ!君こそ分かってるのか?僕のような人間でさえ気をつけなきゃいけないヤツがいるって言ってるんだ!噂じゃ、人まで殺してるって話も聞く」
その言葉に、絵美の中で明確なスイッチが入った。相手が無法者というのならば、明確に絵美の出番だ。
「そう。なら、むしろ私の専売特許よ」
一気に殺気立った絵美の雰囲気に、困惑と怪訝な表情で頭を捻るユリアンは、それでもなお食い下がる。
「しかしだな」
直後、男の巨躯が大きく後ろに弾き飛ばされた。
身体のどこかが押されたというより、体幹そのものが根幹から大きく揺さぶられたような感じだった。
目の前にいる細身の女は指一本動かしていない、が、明らかに彼女の仕業でユリアンは尻餅をついている。
「これでもまだ心配?」
頭上から真っ直ぐに下ろされる絵美の視線にただならぬ迫力を感じるが、立ち上がって逃げることも出来ない。
「立ち上がれないでしょ?人間、いくら鍛えても座ったままや寝たままじゃ指一本の力で制圧可能なのよ」
えげつないほどに効果的な人体構造の把握ぶりに、ユリアンの背筋に冷たいものが走る。
「一体どうやって……」
「それは……秘密、かな」
男がその身を守るために筋骨で武装するならば、女はその心の平穏を守るために嘘と秘密で本心を隠す。
時代を問わず繰り返されてきた男女の攻防をコンパクトに再現したところで、絵美は今生の別れのつもりでユリアンにウインクした。
「じゃあねユリアン。どうか優しいアナタのまま平和に暮らしてね」
「あ、チーズ……」
圧倒されていたユリアンは、袋から落ちたままの乾酪を指差したが、指示されたそれはまるで意志を持ったかのようにフワリと浮き上がり、こちらに背を向け歩き去る絵美を追い越して彼女の抱える紙袋の上に着地した。
目を擦っても、瞬きを繰り返しても、ポルターガイストのような光景が覆ることはなかった。
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