T.T.S.

沖 鴉者

File.5 Worthless Road Movie  Chapter1-3


~2176年12月24日AM3:18 ダラス~

 朝がどれだけ前なのか、もう思い出せない。パパやママ、他の大人達がよく使う、「長い一日」という言葉の意味が、少し分かった気がする。
 ブリ―・ウィリアムズは、もう何度目かもわからない質問に答えながら、ふとそんなことを思った。
 ただ、ほんの少しだけ幸いなのは、パパやママが死んだ事実が、未だに実感できないことだろうか。今朝食べたワッフルの味さえ、遠い記憶の彼方のようで、懐かしさすら感じる。
 そういえば、さっき渡されたコップ、確かに啜ったはずなのに、中身が何だったのか思い出せない。

「……疲れた」

 口の中に残る濃い塩気に喉の渇きを覚えながら、ブリーはポツリと零した。誰に聞かせるためでもない、漏れた息のような一言だ。
 ただ、ブリーの傍につき添う東洋人の男性は、その言葉を聞き逃さなかった。

「レディ・ブリー、今日はこの辺にして休もう」

 紙コップを差し出しながら慰めるように告げるのは、煤まみれだったブリーを警察組織から預かった“不如授人以漁”の代表、しん 王芳わんふぁんという細身の中年男性だ。
 いかにも優男といった風体の男だが、ブリーの目から見てもその立ち居振る舞いは堂々たるものだった。記者連中が一線を踏み越えそうな質問をするたびに、「人道にもとる」として撤回を求めていた。
 ドーキョーとかいう考えで動いているらしいが、ブリーにはよくわからない。それでも、好奇や憐憫、奥底に欺瞞を感じさせる偽善的な視線からブリーを守ろうとしていることは、少女にも理解できた。

「はい、そうします」
「睡眠薬の用意もあります。年齢的にあまりオススメはしませんが、今日ばかりは仕方がない」

「……ありがとうございます」
「とんでもない……貴女は今日という過酷な一日を大変ご立派に生き抜かれました。その強さ、尊敬します。どうぞ今はグッスリと休まれてください」

 そういって頭を下げる王芳の姿は、さながら創作で見る執事のようだ。
 別の職員に差し出されたブランケットを受け取って、仮設テントのベッドスペースまで歩いていく。その足取りが思いのほか軽いことに、ブリーは少し驚いた。同時に、どこかホッとしている自分に気づく。
 ほんの少しだが、その理由がブリーには分かった。
 あの地獄を前にして、ほんの少しでもいい、自分に出来る何かをしたかった。誰かにブランケットで包んでもらって、隅で震えているだけの自分を許せなかったからだ。
 だから、被害状況を証言し、救助者の身元確認に協力出来たことで、どこか救われた気持ちになれた。
 ただの被災者として保護するだけではなく、ブリーの意志を尊重して彼女の献身を許してくれた。その点で、少女は王芳に感謝していた。
 頼もしい味方の助力を得て、僅かな希望を得たブリーはスタッフの休憩室の前を通りがかる。
 そこで、ソレ・・を見た。ニュース映像のホログラムに映る、長髪褐色肌の男。

「アイツ!」

 どこか遠くに感じていた感覚が、スッと体に戻る。
 ペストマスクの男と共にいた、ポニーテールの男。どこか掴み所のなかった印象しか残っていないが、あの災厄が起こった時、なぜか真っ先に頭に浮かんだのはあの男だった。
 いやがおうにも集中力が増し、文字情報にも目を走らせる。
 そこには、思いもよらない文字列が並んでいた。

「被験者……この人も、被害者?……行方不明……」

 いくつか意味のわからない言葉もあるが、わかる部分だけでも画面下部を這うテロップを呟いていく。同時に、アナウンサーの言葉に耳を傾けた。
 しかしながら、緊迫した面持ちの女性キャスターときたら、責任の所在がどうのとか、人権問題がどうのとか、ブリーにとってクソの役にも立たない・・・・・・・・・・ことばかり喋っていて意味がわからない。

「どうしてそんな無駄なことばっかり言ってるの?早くこの人の場所教えてよ」
「レディ・ブリー」

 王芳に背後から声をかけられて、ようやくブリーは我に帰った。
 彼自身リラックスタイムに入っていたのだろう、襟元を緩めて紙コップを持った彼は狼狽えた様子で立ち尽くしている。
 間髪を容れず、ブリーは王芳に詰め寄った。

「沈さん、お願い!私この人に会いたい!会って何があったのか直接訊きたいんです!」

 物凄い勢いで迫る少女に目を白黒させるばかりだった男は、踏ん切りをつけたのか、表情を固めて首肯する。

「わかりました。出来うる限りの手は打ちましょう。ただ、今彼を世界中が探している。上手くいくかどうかは、わかりません。手は尽くすつもりですが、それでも上手くいかない時は上手くいきません。それでも私に任せてもらってもいいんですね?」

 丁寧に確認をとってもらった所で申し訳ないのだが、今のブリーには他の選択肢はない。

「よろしくお願いします」

 これまでの10年間で一番誠実な気持ちで、少女は頭を下げた。幼い頃から繰り返してきたが、今回こそは本当の“一生のお願い”だった。

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