T.T.S.

沖 鴉者

File.5 Worthless Road Movie  Chapter1-1


~2176年12月24日PM5:08
   北アメリカ大陸横断鉄道~

 時に思う。
 女同士の猥談に巻き込まれた男こそ、この世で最も厳しい生存環境下に置かれた生物に他ならない。と。
 対面のシートで繰り広げられるエリカと絵美の夜伽談義は、絵美がムキになったこともあって、白熱していた。話題は前戯と本番の時間配分やその内容にまで及び、さながら源の存在を完全に無視して女子会を始めたノリだ。
 口を挟むことも、相槌を打つことさえも憚られる、究極の進退不能状態デッドロック
 ただ、女性の多いT.T.S.に長く在籍していた源にとって、こんな状況も初めてではない。
 特にあの痴女に絡まれた時などは、生々しい下ネタでどこまでもしつこく続くので、自然と対処法が構築されることになった。
 そんな彼の生んだ対処法の1つが、あえて空気を読まず無理難題をふっかける・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ことだ。

「絵美、一旦俺の代わりに出て説明しといてくれ」

 鈴蝶に支給されたWITを絵美に放り投げ、源はコンパートメントの扉に手を掛ける。

「お前なら多少亜金も信頼してるだろ」
「いやそんな手応えないんだけど……」

「ってかお前どこ行くん?」

 ついでのように尋ねてくるエリカにタバコの箱を振って答えながら、源はコンパートメントの小部屋を出た。
 線路の継ぎ目を通り抜ける、規則的な珍しい感触。2100年台を迎えてなお線路走行を続ける古式ゆかしいレールウェイは、長いアメリカの歴史の中で幾度も作られ、消えていった悲運の路線だ。
 それでもこの骨董品が動くのは、鉄道を愛する者たちのコミュニティが中央アメリカの中心で頑張っているからに他ならない。合衆国という形態すら捨て、国という枠組みから一歩前進したコミュニティの集合体組織となり、それでも中央アメリカという土地に愛着を抱き続ける人々の努力で繋げられるのは、亡き合衆国の魂が生き続けている証だ。
 時には、中々体験出来ない前時代の生活様式を体験しに来る物好きもいるそうだ。
 さて、そんな物好きが隣にもいる。妙に静かで、明らかに気配を消しているが、殺気はない。
 恐らくだが、彼らもまた、訳ありなのだろう。
 今の所こちらに危害を加えようとする意志は見られないが、隣接している以上、警戒は欠かせない。
 ただ、仕掛けてくるにしても、絵美やエリカが相手になるので、返り討ちに会うのが関の山だろう。
 そんなわけで、然程気にする存在ではないのだが、あちら側でトラブルが起こって源たちが割を食う可能性もなくはない。
 念の為、逐一様子を探っておいた方がいいだろう。

『まぁ、何かあったらそん時はそん時……だな』

 楽観的な姿勢だが、源は即席アドリブの達人だ。主導権の掌握能力とその即応性において、源に勝てる者は絵美ぐらいしかいない。
 だからこそ、源は余裕の伸びをしながら車両の継ぎ目に出た。
 列車の速度に紫煙を流しながら、アメリカ南部の荒涼たる風景をボーッと眺める。不思議と気分が落ち着くのは、己が身の上が風景に馴染むからだろうか。

『さぁて、こっからどぉすっかね……』

 ほんの数時間前に消えたSample 13の行方は、絵美が手土産としてT.T.S.から掠め取って来た反復時空間跳躍の記録だけだった。
 それによると、どうやらSample 13たちは南極に着地したようだ。とはいえ、恐らくそこに敵影はないだろう。足跡の上で胡座を掻くような連中ではない。
 しかしながら、生物は痕跡を残さずに行動することは出来ないので、何かの痕跡が残っている可能性はある。もしくは、紫姫音が何かを残してくれている場合も……。
 そこまで考えて、源は頭を抱えた。

『全部他人任せだな、今んとこ』

 組織I.T.C.の後ろ盾がない事実が痛い。これまでは指示でしかなかったバックアップが、自由になったことで最も必要なものになってしまったのは皮肉なことだ。
 それでも、道を探す術がないわけではない。

「女郎、訊きてぇことがある」
《久しぶり》

 webの世界を、それこそ蜘蛛のように渡り歩く女郎にチャンネルを合わせると、いつも通りの性別も年齢も不詳な存在感がスッと現れた。ただ、驚いたことに、女郎の受け答えが珍しく機械音声だ。おまけにいつもの軽妙浮薄さを脱ぎ捨てている。

「紫姫音を探してる。どこにいるかわかるか?」

 しかしながら、ラグなしで返答がくるのは、今の源の精神状態にはありがたかった。

《わかんないよ。私もずっと探してるけどね。多分電波遮断されてるんだ。紫姫音あの子やアタシの類はそれをされたらどうしようもない》
「……そぉか。一応」

《もちろん全面的に協力するよ。私の持ってるチャンネルは全て使うし、新しいアンテナも探り続ける。紫姫音は私にとっても妹みたいなものだもの。協力させてくれなきゃ怒るよ》

 タタン!タタン!と線路の継ぎ目を車輪が滑っていく。その感触が頼もしく感じるほど、女郎の言葉はありがたかった。

「ありがてぇ。よろしく頼む」
《それより、アナタは別の心配をした方がいいよ》

「公開されたんだな。俺の手配書が」
《10分ほど前、一生遊んで暮らせる額を懸けられてね。念のために断っておくけど》

 隣の車両の窓に映る自身を見詰めながら、源は全てを呑み込む。

「いぃぜ、気にすんな。情報を売るのがお前の生活タツキの道だかんな。俺の位置情報ならいくらでも売れ。そぉ簡単にやられる布陣で動いちゃいねぇ」
《そう言ってくれて助かるよ。で、つい今しがた早速一件売ったから、もうすぐ客が来るはずだよ》

 その言葉に、ふと、隣のコンパートメントが頭をよぎる。源の中で、隣室のチェックが優先順位の上位に躍り出た。

《と、もう一つ。そろそろP.T.T.S.が動くみたいだ》
「……そぉか」

《覚悟は出来てるんでしょう?》
「まぁ形式上、隊員を一人誘拐してる形にはなってるからな」

 そして、実情はT.T.S.からの援軍であり、物資支援の橋渡しでもある。本人に自覚があるかは不明だが、エリカはこの旅のキーマンだ。

《そうだね。エリカの件に関しては、世間は誘拐としか解釈してない。世論は貴方を捕縛しろの一辺倒だ。甘鈴蝶も、いい加減その声を無視出来ないみたいだ》
「そぉか……」

 それほどまでに世間の風当たりが強くなっているとは、正直予想外だった。あのT.T.S.Master甘鈴蝶が追い詰められるとは……彼女の強さを知る源でさえ、少しばかり彼女が気になった。

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