T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Last Chapter


~2168年9月9日AM8:14 アリススプリングス~

 固まったまま動かない紫姫音の身体を、ジャッカルの親子がシゲシゲと嗅ぎ回っていた。子供のジャッカルが細い指を齧っては首を傾げている。
 炎天下の中で棒立ちで固まる少女の姿に、ジャッカルでさえ興味を抱いているようだが、見た目に反して硬い少女に混乱しているようだ。

「散れ散れ、野犬ども」

 人間の持つ餌に興味はあれど、人間そのものに対する警戒を残す彼らは、源の手で払う仕草に一旦離れはするものの、一定の距離を保ってなおも興味深そうに源と紫姫音を観察し続けている。

「おい、帰るぞガキ」

 紫姫音の小さな頭をコツンとノックして彼女の硬直を解いて、源は先導するようにエアーズロックから遠ざかった。

「おはなししたの?シオンと」
「したよ。終わったから帰んだ。さっさとついて来い」

 そうは言ったものの、一向に着いて来ない少女に違和感を覚えて、源は振り返る。
 案の定、機械少女は一歩も動かず、その場で項垂れていた。灼熱の太陽にジリジリと焼かれながら、影になった顔は寂しそうに地を見つめている。

「かえるって、どこに?」
「……そぉだな。とりあえず拠点は作らねぇとな」

「いっしょにツレってってくれるの?」
「そぉだ。だからとっととこっちに来い。行くぞ」

 パアッと空と同じような晴れた笑顔を浮かべて、紫姫音が駆け寄ってくる。
 シオンの言葉を思い出しながら、源は心の中で溜息を吐く。

『しばらくはコイツと組んで動かねぇとな』

 紫姫音の正体を知った今、源は彼女の近くを離れるわけには行かなくなった。
 TLJ-4300SHのNtCSTNavigation to cross the Space Time。世界の命運を握るタイムマシンの起動ソフトを伴って、源のセカンドライフはスタートした。


~2176年12月24日AM3:25 薔薇乃根~

 どこまでも続く薄暗く長いコンクリートの廊下を歩きながら、ホセ・セサール・チャベスは上階からの報告を受ける。

「回復早えな。相変わらずT.T.S.お前らの技術力どうなってんだよ」
「どぉもこぉもねぇよ。いつも通り挫傷も裂傷もナノで一発だ」

 突然目の前に現れた源の姿に、もはや驚きはなかった。つい数時間前まで臥床必須の瀕死状態だったはずなのに、ギャグ漫画か何かのようにアッサリと回復して目の前にいる。

「上は片付けたんだな?」
「まぁな。でも殺してもいねぇし壊してもいねぇよ」

「義理立てか?」
「いや。恩の押し売りだ」

 フッと思わず口元が緩む。
 源のこういう所を、ホセは気に入り出していた。

「押しつけられたら仕方がねえ。買ってやるよ。好きなもん持ってけ」
「最初からそのつもりだ……でもな」

 直後、ホセの視界がグルリと周り、胃の腑がフワリと浮いた。今日2度目の落下の感覚は、僅かな怒りを孕んでいた。
 背中に強い衝撃を受けて息を詰まらせていると、ブーツだけで視界を支配した源が上から告げた。

「まぁ便宜上な、こんくらいはしとくぞ」
『クソ野郎が!』

 ゲホゲホと止まらない咳の中で怨嗟を練っている内に、源の姿はどこにもいなくなっていた。


 数時間前まで決死の戦いをした洞の最深部に、再び源は立っていた。ナノマシンで傷を癒やし、残留する痛覚にも麻酔を効かせてはいるものの、圧倒的な実力差で打ちのめされた精神の方が、身震いするほどの恐怖を覚えている。

「……忌々しぃ場所に置いてくれたな」
「そんなにヤベエ相手だったのか?」

 思わぬ質問を投げかけられて、源は周囲を見渡した。警戒は怠らずにいたはずだが、一体どこに潜んでいるのか、皆目見当がつかない。
 声がエリカ・リグスビーのものなのはわかるのだが、その姿を検めることが出来なかった。
 豪快な振る舞いを見せていた彼女の意外な一面に、源は舌を巻く。

「お前、思ったより大分出来るヤツなんだな」
「器用なもんだろ?」

 その返答で、いよいよ源は音源に気づいた。
 だだっ広いドーム空間の片隅に、小さなコンテナがあった。エリカの声はそこから響いている。FPSゲームの設置武器のように卓上照明に照らされた2つの武器は、源にとっては思い出深い物だった。
 1つは帷子ギルベルトも使っていた軍用ウォーターカッター兵器恵まぬ雨レイン・ウィッチ・イズ・ノット・ギヴン
 そしてもう一つ。

ホセアイツ好きだなぁ電磁銃レールガン
「昔からそうなんか、アイツ」

 一糸纏わぬ姿のエリカは、対物電磁狙撃銃アンチマテリアルレールスナイパーライフルの銃身を鈍く光らせながら呆れたように呻く。

「その身体、借りていぃんだな?」
「あぁ。ホセの許可は下りてる」

「で?何で裸なんだ?お前」
「ちょいと構造が複雑な銃でな。説明すんのに色々見せなきゃなんないんだ。サカって襲うなよ?」

「ピクリとも反応しねぇよ」

 気の置けない雰囲気で軽口を叩きながら、対物電磁狙撃銃アンチマテリアルレールスナイパーライフルの講習は始まる。2人とも真剣な面持ちで真面目に情報共有を図ってはいるが、側から見れば中々に刺激的な光景だった。
 特に。部屋の入り口で光学迷彩カメレオンを纏って眺めていた絵美には。

『……え?いや、え?何?何のプレイ中?』

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