T.T.S.
FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 6-4
4
自身を見下ろす紫姫音の目は、果たして自愛なのか慈愛なのか、気の毒そうに向けられるそれの意味を、Sample 13は計りかねる。
《貴女は、何?》
わからない。
何故同じ顔なのか。
何故敵になっているのか。
オカシイのは自分なのか、紫姫音なのか。
《何で源といるの?》
《わかんない……けど》
紫姫音はSample 13の前に膝を突き、彼女の頬に触れた。
《アナタはなんだかとってもイタそう》
その言葉を聞いた途端、何故だか知らないが胸が締めつけられる心持ちがした。Sample 13が抱いた初めての感情だった。
源やギルバートという、自身と同じ存在に対しての好奇こそあったが、自身を根底から揺るがすほどの心の動きは、これまでなかった。
『イタそう……?……私が?』
紫姫音がゆっくりとしゃがみ込み、頬に触れてきた。
人工憑依人体の生温さが、痺れた肌に沁み込んでくる。
《……何で?痛いの?私が?そんな……だって……》
《ちがうの?ココ、くるしくないの?》
頬に触れる手とは別の手で、紫姫音がSample 13の胸に手を置いた。今度は胸に広がっていく温もりに、少女はようやく気づく。
心臓を引き裂かれ、血が滴っていくような痛み。
《な……何をしたの?》
《なにもしてないよ。けど、ナノマシンがシんでるみたいだから、源のつかってるナノマシンをつかっておくね》
《やめて!そんな得体の知れないもの!》
《だいじょぶだよ。源とおそろいだもん》
《……》
《あ、うれしいの?》
《なわけあるか!やるならさっさとやってよ!》
言われるが早く、紫姫音がまだ塞がっていない傷に指を差し込む。痺れの奥の僅かな異物感に耐えていると、やがてSample 13の身体からの血の流出は止まった。そうして傷こそ塞がったものの、彼女の疲労物質や乳酸は取り除かれていない。
モタモタともがくばかりのSample 13を、紫姫音は気遣うように見守っていた。
その安心感からだろうか。
「時間だ。Sample 13」
その嗄れた声を聞いた時。ほんの少しだけ、Sample 13は自身の立場を忘れていたことに気づいた。
「……失礼しました。お父様」
そうしてシャンと立ち上がって居住いを正して、ようやく少女は気づく。源とギルバートの双方が、朧げな意識を繋ぎ止めてその老人を睨んでいた。
小柄で細身、枯れ果てた老木のような佇まい。
鋭い眼光でSample 4とSample 9を睨め回し、老人はシワまみれの口を動かした。
「不良品では所詮完成品には及ばん。残念だったな、息子たちよ」
ジョセフ・クラークは呻くように源に向かって吐き捨てて、震える手で銃を取り出す。
生気のない瞳でボンヤリとそれを視認していた源は、動かない身体を気持ち少しだけ硬らせた。もはや抵抗する術はそれ位しかなかった。
震える銃口が源の頭を捉え、リボルバー式拳銃の撃鉄が上げられる。
引き金に掛かったジョセフの指がゆっくりと遊びを消費し尽くす前に、意外にもその銃身をSample 13の手が下げた。
「お父様。もう行きましょう。コレはもう死にゆくだけの輩。そんなものよりこちらの亜生インターフェイスの方が重要かと」
Sample 13がそう言って紫姫音の首根っこを掴んで突き出すと、ジョセフの表情は一変した。
「おお!阿形のNtCSTか!これは確かに素晴らしい」
ジョセフはリボルバーをSample 13に渡して、両手で包むように紫姫音の顔に触れる。
憮然とした表情の紫姫音に睨み返されたが、なおもジョセフの機嫌は良くなった。
「なるほど、よく似ている。いいだろう。コレに免じて今日は退いておこう」
そうして、源は霞む意識の中で不思議なものを見た。
ジョセフとSample 13、紫姫音の体を、薄緑色の光が包み出す。それはさながら、T.T.S.が時空間跳躍する時のようだ。
だが、そんな光景を前に感想を思い浮かべることも、増してやその光景を記憶しておく力も、源にはなかった。
《源》
そう呟く紫姫音の声が、どんな感情を乗せて放たれたのかさえ、今の源には推して知ることも儘ならない。
徐々に輪郭を失っていくSample 13たちは、やがて完全にその姿を消した。
自身を見下ろす紫姫音の目は、果たして自愛なのか慈愛なのか、気の毒そうに向けられるそれの意味を、Sample 13は計りかねる。
《貴女は、何?》
わからない。
何故同じ顔なのか。
何故敵になっているのか。
オカシイのは自分なのか、紫姫音なのか。
《何で源といるの?》
《わかんない……けど》
紫姫音はSample 13の前に膝を突き、彼女の頬に触れた。
《アナタはなんだかとってもイタそう》
その言葉を聞いた途端、何故だか知らないが胸が締めつけられる心持ちがした。Sample 13が抱いた初めての感情だった。
源やギルバートという、自身と同じ存在に対しての好奇こそあったが、自身を根底から揺るがすほどの心の動きは、これまでなかった。
『イタそう……?……私が?』
紫姫音がゆっくりとしゃがみ込み、頬に触れてきた。
人工憑依人体の生温さが、痺れた肌に沁み込んでくる。
《……何で?痛いの?私が?そんな……だって……》
《ちがうの?ココ、くるしくないの?》
頬に触れる手とは別の手で、紫姫音がSample 13の胸に手を置いた。今度は胸に広がっていく温もりに、少女はようやく気づく。
心臓を引き裂かれ、血が滴っていくような痛み。
《な……何をしたの?》
《なにもしてないよ。けど、ナノマシンがシんでるみたいだから、源のつかってるナノマシンをつかっておくね》
《やめて!そんな得体の知れないもの!》
《だいじょぶだよ。源とおそろいだもん》
《……》
《あ、うれしいの?》
《なわけあるか!やるならさっさとやってよ!》
言われるが早く、紫姫音がまだ塞がっていない傷に指を差し込む。痺れの奥の僅かな異物感に耐えていると、やがてSample 13の身体からの血の流出は止まった。そうして傷こそ塞がったものの、彼女の疲労物質や乳酸は取り除かれていない。
モタモタともがくばかりのSample 13を、紫姫音は気遣うように見守っていた。
その安心感からだろうか。
「時間だ。Sample 13」
その嗄れた声を聞いた時。ほんの少しだけ、Sample 13は自身の立場を忘れていたことに気づいた。
「……失礼しました。お父様」
そうしてシャンと立ち上がって居住いを正して、ようやく少女は気づく。源とギルバートの双方が、朧げな意識を繋ぎ止めてその老人を睨んでいた。
小柄で細身、枯れ果てた老木のような佇まい。
鋭い眼光でSample 4とSample 9を睨め回し、老人はシワまみれの口を動かした。
「不良品では所詮完成品には及ばん。残念だったな、息子たちよ」
ジョセフ・クラークは呻くように源に向かって吐き捨てて、震える手で銃を取り出す。
生気のない瞳でボンヤリとそれを視認していた源は、動かない身体を気持ち少しだけ硬らせた。もはや抵抗する術はそれ位しかなかった。
震える銃口が源の頭を捉え、リボルバー式拳銃の撃鉄が上げられる。
引き金に掛かったジョセフの指がゆっくりと遊びを消費し尽くす前に、意外にもその銃身をSample 13の手が下げた。
「お父様。もう行きましょう。コレはもう死にゆくだけの輩。そんなものよりこちらの亜生インターフェイスの方が重要かと」
Sample 13がそう言って紫姫音の首根っこを掴んで突き出すと、ジョセフの表情は一変した。
「おお!阿形のNtCSTか!これは確かに素晴らしい」
ジョセフはリボルバーをSample 13に渡して、両手で包むように紫姫音の顔に触れる。
憮然とした表情の紫姫音に睨み返されたが、なおもジョセフの機嫌は良くなった。
「なるほど、よく似ている。いいだろう。コレに免じて今日は退いておこう」
そうして、源は霞む意識の中で不思議なものを見た。
ジョセフとSample 13、紫姫音の体を、薄緑色の光が包み出す。それはさながら、T.T.S.が時空間跳躍する時のようだ。
だが、そんな光景を前に感想を思い浮かべることも、増してやその光景を記憶しておく力も、源にはなかった。
《源》
そう呟く紫姫音の声が、どんな感情を乗せて放たれたのかさえ、今の源には推して知ることも儘ならない。
徐々に輪郭を失っていくSample 13たちは、やがて完全にその姿を消した。
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