T.T.S.
FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 6-3
3
最終機工兵器が上昇を止め、ピタリと一点で静止した。凄まじい滞空能力によってピン留めされたように空間に留まるドローンを背中に、ホセ・セサール・チャペスは駆ける。
途中、火花を散らしながらもこちらを補足しようとする敵機の残骸を蹴飛ばし、それでも銃口を向けてくる機体には拳銃を撃ちながら加速した。
長物の類は投棄した。
今は何よりも一刻を争う。
静止した最終機工兵器は今、その機内で強力な磁界を生成する段階に入った。
内部コイルの回転によって生まれた磁場は最終機工兵器本体を中心に円状に広がっていく。その範囲が地上に堆積する敵ドローンの残骸に達するまでの間に、何とか対物電磁狙撃銃で狙撃して撃墜しなければならない。
「クソが!……どこまで……ふっ飛ばしてんだ!」
愚痴すら前進のエネルギーに変えるつもりで吐き捨て、ブーツを出来るだけ早く回転させた。
エリカ・リグスビーもまた、通信途絶と同時に走り出していた。
対物電磁狙撃銃の本体そのものを持ち、装甲車が吹き飛ぶ様を目の当たりにしていた彼女が動かないわけにはいかない。
思い当たる方角に対物電磁狙撃銃の超長距離レーザーポインターを指し示しながら、エリカはドローンの瓦礫の中を這うように進んだ。
源やギルバートのサポートで、運動能力が削がれるような大きな負傷こそないものの、軽い捻挫や打撲は体のそこいら中で起こっている。奥歯を噛み締めて痛みに耐えながらも、エリカは必死にレーザーを射して歩み続けた。
それでも、その時はやってくる。
最終機工兵器の磁場が、いよいよ地上に達した。
周囲一体の瓦礫がフワリと浮き上がり、緩やかに上昇を始める。当然、そこには対物電磁狙撃銃そのものを体内に隠し持つエリカも含まれていた。
「クソッ!間に合わない!ホセェェェ!」
悲鳴に近い叫びは宙に浮かぶ自身のように覚束なくて、やがて海中に流された電流のように霧散して儚くも消えていく。
そう、覚悟した。
《勝手に諦めろなんて指示してねえぞ》
燃え盛る残骸の向こうで、黒い影が跳躍する。
それが誰かなんて疑問は持たない。
「お前が遅いからだろうが!さっさと弾丸よこせ!」
《今そっちに着く。準備しとけ》
「了解!」
ニヤリと口角を上げたエリカは、すぐに上半身の服を剥ぐ。そこにあるのは乙女の柔肌などではない。
チタン合金で形作られたヒトの身体を模した銃身。
その腹部が開き。十重二重の絶縁層の中に、コイルが光り輝いていた。
加えて、エリカの右腕が上下にパカリと割れ、大口径の銃口が天に掲げられる。
「背中開くぞ」
その辺の木とロープ、錘として石を用いたのであろう即席の投げ縄で背後に立ったホセの言葉に、エリカは頷いた。
対物電磁狙撃銃の高火力に耐えうるカーボン加工を施された特殊弾頭の大口径弾を肩甲骨の裏から装填され、戦乙女は照準を合わせる。
い源は思い出す。
それは、今日ここに来る直前のこと。
クリスマスイブを潰され、会いたくもないギルバートに合わなければならなくなった。
そんなハズレくじを引かせることに負い目を感じていた相棒の姿を。
フラッシュの役を揃えたホールカードを2枚抱えて、後ろめたさから逃避するようにゲームに集中する絵美は言っていた。
「切れ長のお蔭でちょっとだけ視野が広いのよ、私」
シオンいわく、Sample 13は源と兄弟であるらしい。
爛々とした目でこちらを睨むその顔からは、確かに源と似た特徴が見受けられた。
それこそ、切長ではないが二重瞼のアーモンド型の目なんかはソックリだ。
ならば、今のこの状況。
少女が源の頸を左腕一本で掴み掲げるこの場面ならば、最後の勝機がある。
《紫、姫音……破滅との握手》
源の右腕が、白地の長手袋に黒い血管が這い回ったデザインに変わった。白と黒の光は、ゆっくりとSample 13の左腕の陰、見上げる彼女の下を這い上がる。
神すら捉える目であろうとも、見えない場所から近づく亀には気付けない。
源の右手中指がソッと、鶴が優しく着地するように少女の耳下に触れた。
直後、ビシリと少女の目が強張り、身体が固まった。流れる時を失ったように、美しい顔を情筋から凍らせて、Sample 13は完全に硬直する。
何とか掌握から逃れた源はドサリとその場に落ちた。
しかしそれ以上、彼には動ける余地がない。ボロクズのように地に転がりながら、霞む視線を投げることしか出来なかった。
もしSample 13が追撃を放って来たとして、源には最早抵抗も対抗も出来ない。
一方で、感電死しかねない一撃を受けた少女の中でも、決定的な崩壊が始まっていた。
Sample 13の脅威的な体力と回復力は、彼女の血中を漂う有機ナノマシンによって賄われている。表面を絶縁加工されたそれは、戦闘中は常に少女の筋肉中の乳酸を取り除き、疲労物質を分解し、裂傷を塞ぎ続けていた。
だが、その機能さえ破滅との握手によって停止し、塞ぎかけていた傷が急騰した少女の高血圧によって血を噴き出し始める。源とギルバートに対して持っていたアドバンテージを全て剥がされ、少女もまた血の海に沈む。
《いたいの?》
Sample 13は曇った瞳だけを動かして声の主を仰ぎ見る。
それは、自分と同じだが、確かに違う自分。
もしかしたらあったかもしれない、仮定の具現。
最終機工兵器が上昇を止め、ピタリと一点で静止した。凄まじい滞空能力によってピン留めされたように空間に留まるドローンを背中に、ホセ・セサール・チャペスは駆ける。
途中、火花を散らしながらもこちらを補足しようとする敵機の残骸を蹴飛ばし、それでも銃口を向けてくる機体には拳銃を撃ちながら加速した。
長物の類は投棄した。
今は何よりも一刻を争う。
静止した最終機工兵器は今、その機内で強力な磁界を生成する段階に入った。
内部コイルの回転によって生まれた磁場は最終機工兵器本体を中心に円状に広がっていく。その範囲が地上に堆積する敵ドローンの残骸に達するまでの間に、何とか対物電磁狙撃銃で狙撃して撃墜しなければならない。
「クソが!……どこまで……ふっ飛ばしてんだ!」
愚痴すら前進のエネルギーに変えるつもりで吐き捨て、ブーツを出来るだけ早く回転させた。
エリカ・リグスビーもまた、通信途絶と同時に走り出していた。
対物電磁狙撃銃の本体そのものを持ち、装甲車が吹き飛ぶ様を目の当たりにしていた彼女が動かないわけにはいかない。
思い当たる方角に対物電磁狙撃銃の超長距離レーザーポインターを指し示しながら、エリカはドローンの瓦礫の中を這うように進んだ。
源やギルバートのサポートで、運動能力が削がれるような大きな負傷こそないものの、軽い捻挫や打撲は体のそこいら中で起こっている。奥歯を噛み締めて痛みに耐えながらも、エリカは必死にレーザーを射して歩み続けた。
それでも、その時はやってくる。
最終機工兵器の磁場が、いよいよ地上に達した。
周囲一体の瓦礫がフワリと浮き上がり、緩やかに上昇を始める。当然、そこには対物電磁狙撃銃そのものを体内に隠し持つエリカも含まれていた。
「クソッ!間に合わない!ホセェェェ!」
悲鳴に近い叫びは宙に浮かぶ自身のように覚束なくて、やがて海中に流された電流のように霧散して儚くも消えていく。
そう、覚悟した。
《勝手に諦めろなんて指示してねえぞ》
燃え盛る残骸の向こうで、黒い影が跳躍する。
それが誰かなんて疑問は持たない。
「お前が遅いからだろうが!さっさと弾丸よこせ!」
《今そっちに着く。準備しとけ》
「了解!」
ニヤリと口角を上げたエリカは、すぐに上半身の服を剥ぐ。そこにあるのは乙女の柔肌などではない。
チタン合金で形作られたヒトの身体を模した銃身。
その腹部が開き。十重二重の絶縁層の中に、コイルが光り輝いていた。
加えて、エリカの右腕が上下にパカリと割れ、大口径の銃口が天に掲げられる。
「背中開くぞ」
その辺の木とロープ、錘として石を用いたのであろう即席の投げ縄で背後に立ったホセの言葉に、エリカは頷いた。
対物電磁狙撃銃の高火力に耐えうるカーボン加工を施された特殊弾頭の大口径弾を肩甲骨の裏から装填され、戦乙女は照準を合わせる。
い源は思い出す。
それは、今日ここに来る直前のこと。
クリスマスイブを潰され、会いたくもないギルバートに合わなければならなくなった。
そんなハズレくじを引かせることに負い目を感じていた相棒の姿を。
フラッシュの役を揃えたホールカードを2枚抱えて、後ろめたさから逃避するようにゲームに集中する絵美は言っていた。
「切れ長のお蔭でちょっとだけ視野が広いのよ、私」
シオンいわく、Sample 13は源と兄弟であるらしい。
爛々とした目でこちらを睨むその顔からは、確かに源と似た特徴が見受けられた。
それこそ、切長ではないが二重瞼のアーモンド型の目なんかはソックリだ。
ならば、今のこの状況。
少女が源の頸を左腕一本で掴み掲げるこの場面ならば、最後の勝機がある。
《紫、姫音……破滅との握手》
源の右腕が、白地の長手袋に黒い血管が這い回ったデザインに変わった。白と黒の光は、ゆっくりとSample 13の左腕の陰、見上げる彼女の下を這い上がる。
神すら捉える目であろうとも、見えない場所から近づく亀には気付けない。
源の右手中指がソッと、鶴が優しく着地するように少女の耳下に触れた。
直後、ビシリと少女の目が強張り、身体が固まった。流れる時を失ったように、美しい顔を情筋から凍らせて、Sample 13は完全に硬直する。
何とか掌握から逃れた源はドサリとその場に落ちた。
しかしそれ以上、彼には動ける余地がない。ボロクズのように地に転がりながら、霞む視線を投げることしか出来なかった。
もしSample 13が追撃を放って来たとして、源には最早抵抗も対抗も出来ない。
一方で、感電死しかねない一撃を受けた少女の中でも、決定的な崩壊が始まっていた。
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