T.T.S.
FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 5-15
15
なぜ思い至らなかった?
突然源が吹き飛んだ光景を前に、亜金はほぞを噛む。
刀剣には、その刀身にピタリと嵌る鞘がある。銃には、トリガーロックなどの安全装置が付けられている。
すべからく武器とは、暴発防止機構が付いて初めて実戦投入されるものだ。
当然、それはSample 13にも当て嵌まるはずだと、何故か気付けなかった。
ソレが、暴走すれば確実に自らに牙を向けてくる存在であるならば、なおのことに。
一方で、源は2つの大きな衝撃に打ち貫かれていた。
1つは、背中から衝突した身体が引き裂かれそうな痛み。
もう1つは、実妹の変化に伴う、自身への疑念だ。
源自身、その存在を考えなかったわけではない。力を使役する者が、その制御装置を欲するのは、至極当然なことなのだから。
しかしながら、それを突き詰めると真っ先に思い当たる制御装置は、自らの人格だった。
亜金に組み伏された忌むべき男の施設で幼少期を過ごした源にとって、自らのアイデンティティそのものが怪しく思えてならない。
人格形成期における価値観の刷り込みという方法は、今昔や洋の東西に関わらず行われてきた伝統的な洗脳方法だ。それほど多用されるということは、有効性と効率性は人類謹製ものということだ。
長い歴史の中で導かれた最適解に自身も当てはめられているかもしれない、という疑念が、弾丸のように源の精神を撃ち貫いていた。
しかしながら、源は知らない。
赤い瞳のSample 13を暴走させたのは、源とギルバートという“失敗”が産んだ新たな制御機構。その名は、オッカムの剃刀。
スコラ哲学の言葉を独自に歪めて作られたこの抑止が外れた今、Sample 13は多くの目的を切り捨てて破壊活動に専念する。
しかもその対象は、源やギルバート、己をも生み出した男、ジョセフ・クラークにも及んでいた。
源を吹き飛ばしたSample 13は、ワンストライドで亜金とジョセフの前に立ちはだかる。常人を遥かに超えた光速移動に、亜金は反応すら出来なかった。
しかしながら、今回ばかりは源とてやられっぱなしではない。自身の背中が裂いたコンテナから飛び出た中身を、反射的に亜金の前に立つであろう少女に投擲していた。
的確な狙いを定める神資質を持つ者同士、互いの手の内はわかっている。故に出来た芸当だった。
下から亜金の顔面を突き上げようとするSample 13の側頭部に当たった金属片は、少女の視線と体幹を崩し、揺らがせ、彼女の拳に空を切らせた。そこに、瓦礫の中から飛び出してきたギルバートが追い討ちのミドルキックを打ち込む。
トンネルの奥へ奥へと吹き飛んでいく少女を追撃すべく、ギルバートが足を掻く、源もそれに続いた。
全てを見ていたはずの亜金は、何が起こっているのかもわからないまま、その場にヘタレこむ。
源の恋人たる彼女だが、鉄火場における彼氏の本気を見るのはこれが初めてだった。その圧倒的な破壊力と速度に、絶望的な無力を感じた亜金は恐怖する。
源が吹き飛んですぐに、突然目の前に現れた少女。
認識が精一杯で反応すら出来ず、気づけばその姿も恋人と共に再び消えていた。
『……あんなの、どうすりゃいいのよ』
とりあえず何かしないと気が落ち着かない。亜金は震える身体を自らギュッと抱き、周囲の様子を確認した。
惨憺たる有様だ。
無数のコンテナが砕け散り、その瓦礫の合間に絵美が死んだように転がっている。常人と神資質を持つ者との、天と地ほど決定的な力の差を見せつけられる結果が広がっていた。
結局、亜金と絵美が出来たことといえば、マイナスだった形勢をなんとかゼロまで立て直しただけだ。
謎の男の出現というイレギュラーを抱えてそこまで持っていけただけでも大金星なのだが、全く持ってそんな気はしない。
どうやら、今出来るのは撤退の準備を進めることだけのようだ。
せめて男だけでもここで排除しておくべきかもしれない。
そう思い立って足元を見て、亜金の背筋は今一度凍りついた。
「いつ、殺ったのよ、あのガキ……」
源やギルバート、Sample 13を産み出した狂気の生科学研究者ジョセフ・クラークは、その優秀な頭脳を潰されて絶命していた。
亜光速で飛んで来る赤い液体を躱して、ギルバートは相棒に目配せする。左手で彼の足首を掴む源は黙って首肯した。
2人にとってジョセフ・クラークは、親であり、上官であり、因縁深い敵だ。
報恩謝徳にして不倶戴天。愛着と敵対心の入り混じった奇妙で複雑な気持ちのやり場を、末妹は掠め取っていった。
逆恨みのような形になるが、それだけで源とギルバートにとってSample 13を倒す充分すぎる動機だ。
まばらだった照明がその数を減らしていき、ネオナチが秘密裏に行った人体実験の被験者たちは、ドス黒い闇の中に堕ちていく。
なぜ思い至らなかった?
突然源が吹き飛んだ光景を前に、亜金はほぞを噛む。
刀剣には、その刀身にピタリと嵌る鞘がある。銃には、トリガーロックなどの安全装置が付けられている。
すべからく武器とは、暴発防止機構が付いて初めて実戦投入されるものだ。
当然、それはSample 13にも当て嵌まるはずだと、何故か気付けなかった。
ソレが、暴走すれば確実に自らに牙を向けてくる存在であるならば、なおのことに。
一方で、源は2つの大きな衝撃に打ち貫かれていた。
1つは、背中から衝突した身体が引き裂かれそうな痛み。
もう1つは、実妹の変化に伴う、自身への疑念だ。
源自身、その存在を考えなかったわけではない。力を使役する者が、その制御装置を欲するのは、至極当然なことなのだから。
しかしながら、それを突き詰めると真っ先に思い当たる制御装置は、自らの人格だった。
亜金に組み伏された忌むべき男の施設で幼少期を過ごした源にとって、自らのアイデンティティそのものが怪しく思えてならない。
人格形成期における価値観の刷り込みという方法は、今昔や洋の東西に関わらず行われてきた伝統的な洗脳方法だ。それほど多用されるということは、有効性と効率性は人類謹製ものということだ。
長い歴史の中で導かれた最適解に自身も当てはめられているかもしれない、という疑念が、弾丸のように源の精神を撃ち貫いていた。
しかしながら、源は知らない。
赤い瞳のSample 13を暴走させたのは、源とギルバートという“失敗”が産んだ新たな制御機構。その名は、オッカムの剃刀。
スコラ哲学の言葉を独自に歪めて作られたこの抑止が外れた今、Sample 13は多くの目的を切り捨てて破壊活動に専念する。
しかもその対象は、源やギルバート、己をも生み出した男、ジョセフ・クラークにも及んでいた。
源を吹き飛ばしたSample 13は、ワンストライドで亜金とジョセフの前に立ちはだかる。常人を遥かに超えた光速移動に、亜金は反応すら出来なかった。
しかしながら、今回ばかりは源とてやられっぱなしではない。自身の背中が裂いたコンテナから飛び出た中身を、反射的に亜金の前に立つであろう少女に投擲していた。
的確な狙いを定める神資質を持つ者同士、互いの手の内はわかっている。故に出来た芸当だった。
下から亜金の顔面を突き上げようとするSample 13の側頭部に当たった金属片は、少女の視線と体幹を崩し、揺らがせ、彼女の拳に空を切らせた。そこに、瓦礫の中から飛び出してきたギルバートが追い討ちのミドルキックを打ち込む。
トンネルの奥へ奥へと吹き飛んでいく少女を追撃すべく、ギルバートが足を掻く、源もそれに続いた。
全てを見ていたはずの亜金は、何が起こっているのかもわからないまま、その場にヘタレこむ。
源の恋人たる彼女だが、鉄火場における彼氏の本気を見るのはこれが初めてだった。その圧倒的な破壊力と速度に、絶望的な無力を感じた亜金は恐怖する。
源が吹き飛んですぐに、突然目の前に現れた少女。
認識が精一杯で反応すら出来ず、気づけばその姿も恋人と共に再び消えていた。
『……あんなの、どうすりゃいいのよ』
とりあえず何かしないと気が落ち着かない。亜金は震える身体を自らギュッと抱き、周囲の様子を確認した。
惨憺たる有様だ。
無数のコンテナが砕け散り、その瓦礫の合間に絵美が死んだように転がっている。常人と神資質を持つ者との、天と地ほど決定的な力の差を見せつけられる結果が広がっていた。
結局、亜金と絵美が出来たことといえば、マイナスだった形勢をなんとかゼロまで立て直しただけだ。
謎の男の出現というイレギュラーを抱えてそこまで持っていけただけでも大金星なのだが、全く持ってそんな気はしない。
どうやら、今出来るのは撤退の準備を進めることだけのようだ。
せめて男だけでもここで排除しておくべきかもしれない。
そう思い立って足元を見て、亜金の背筋は今一度凍りついた。
「いつ、殺ったのよ、あのガキ……」
源やギルバート、Sample 13を産み出した狂気の生科学研究者ジョセフ・クラークは、その優秀な頭脳を潰されて絶命していた。
亜光速で飛んで来る赤い液体を躱して、ギルバートは相棒に目配せする。左手で彼の足首を掴む源は黙って首肯した。
2人にとってジョセフ・クラークは、親であり、上官であり、因縁深い敵だ。
報恩謝徳にして不倶戴天。愛着と敵対心の入り混じった奇妙で複雑な気持ちのやり場を、末妹は掠め取っていった。
逆恨みのような形になるが、それだけで源とギルバートにとってSample 13を倒す充分すぎる動機だ。
まばらだった照明がその数を減らしていき、ネオナチが秘密裏に行った人体実験の被験者たちは、ドス黒い闇の中に堕ちていく。
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