T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 5-14

14

 聞き覚えのある破裂音は、場の空気と絵美の身体を大きく歪ませた。
 T.T.S.の纏う戦闘服柄強度可変型泉下客服FAANBWはしっかりと防刃防弾の機能を備えており、銃創を設ける事態は避けられている。
 だが、至近距離から無反動の大型自動拳銃で放たれたACP弾の着弾は、絵美の身体に強烈な衝撃を与えていた。
 絵美とて、弾丸を受けるのは初めてではない。
 だが、ACPの与える衝撃は、.380や9mmを受けるのとは訳が違った。
 腰に当たった衝撃が、背筋を伝い、頚椎を跳ね上げ、頭骨を揺さぶる。当然それは下肢と体内腔も襲い、骨が内側から爆発するような感覚に襲われた腰下は爪先まで痺れ、内臓のいくつかは無惨にもひしゃげた。地響きのようなその衝撃が去ったかと思えば、浮かび上がるのは骨折と軟骨の圧壊による地獄のような炎症。
 すでに激しい頭痛に襲われていた絵美の痛覚は、艱難辛苦の極限を越えていた。
 それでもなお、気力と根性で何とか意識を繋ぎ止めていた彼女を、縛を解かれた人間兵器が弱々しい拳で沈める。
 二酸化炭素中毒に喘ぐ少女はよろける脚で何とか踏ん張り、何度か頭を振った。側から見れば意味不明な行動だが、代わりに目撃者はSample 13の抗毒能力の高さを理解する。
 頭を振った少女の瞳に、力が戻っていた。
 二酸化炭素に浸されて吐瀉と頭痛に苛まれているべきSample 13が、ゆっくりと拳を固める。
 その拳と視線の向く先が瀕死の絵美だといち早く気づけたのは、唯一、ギルバートだけだった。
 自身を打ち破った尊敬すべき人間。越えられなかった弟分の相棒を守るために、舌下に二酸化炭素充満空間に突入する用の空気を溜めて、ギルバートは千切れそうな四肢を掻く。
 しかしながら、僅かに対処が遅かった。
 光速の暗闇を引き裂く拳が、地を這うように飛び込むギルバートの指先をすり抜けていく。
 正確無比の一撃が絵美の頭蓋に迫り、意識朦朧の絵美も救おうとしたギルバートも諦めかけた、その時だった。

《ダメッ!》

 悲痛な叫び声と共に、絵美のナノマシン群を一瞬で制圧した紫姫音がSample 13を吹き飛ばす。
 2度目の二酸化炭素の放出はダウンバーストの勢いにも似て、少女の身体を木の葉のように舞い上げて源の足元まで吹き飛ばした。

「よぉクソガキ」

 アンプルの即効性で何とか戦えるまでに回復した源の拳が、普段の力の4割にも満たない力で少女の顎を捉える。例えいつもの半分以下の力であろうとも、拳を振るう技術において、源はSample 13より一日の長がある。脳震盪を誘発する一撃が綺麗に決まり、カクリと少女の動きが止まったのを合図に、今度は亜金が動き出した。
 狙うは、絵美に凶弾を突き刺した男。
 徒手空拳で銃に武装した相手に立ち向かう蛮勇も、名うての賞金稼ぎバウンティーハンターである亜金にとって初めてのことではない。マフィアのボスさえ挙げてくる彼女にとって、室内戦で銃を蹴り飛ばされることなど日常茶飯事だ。
 炸裂音やシルエットから男の獲物をコルトM1911のオリジナルモデルと見込んだ亜金は、その装弾数を絵美に向けて放たれた1発目を差し引いた7発と睨んで、銃口の延長線上から身を逸らす。
 2発目、3発目と中距離では左右移動、続く4、5発目は近距離で上下への振りを最大限意識してやり過ごす。
 そうして、あっという間に間合いを詰めた亜金は、するりと男の懐に身体を潜り込ませた。

「アンタもここで終わりよ」

 6発目を発砲した男の右手首と細い首を掴んで、亜金はそう宣言する。
 そのまま釣込腰で男を背中から叩きつけて手首を捻ったところで、鼬の最後っ屁の7発目の弾丸が溢れた。
 男の頭に足を置き、銃把に絡まる指を解く。
 もはや抵抗出来ない男の顔を覗き込むと、生白く痩せ細ったそこに表情はなく、穴が空いたような青い瞳だけが一点にSample 13を見つめていた。

「……何か言いな、死んでるの?」

 不気味なほどの沈黙に、亜金は拘束の力を強めるが、相も変わらず男は無表情のまま抵抗をしない。
 それでも、多少は亜金の言葉を受けたのか、少しだけ口をモゴモゴと動かし出した。
 耳を攲ててみるも、予想通り意味不明な文言が聞こえてくる。

「……を放棄。お前の好きなように殺せIt's all yours

 不意に、源は下から強風に吹き上げられたような気がして、全身が総毛立った。
 生まれて初めて憶える感覚に、珍しく彼の顔が恐怖に歪む。
 同時に、「源!」という絹を裂くような亜金の悲鳴を聞いた気がした。
 気がした、というのは、聞き逃したわけでも、幻聴を聞いたわけでもない。実際、聞こえたか曖昧なのだ。
 源の聴覚は、豪風が吹き付けるようなウインドノイズに見舞われ、視界は洗濯機に突っ込まれたように回転していた。
 遅れてきた左足首の感触が、そこを掴まれてぶん投げられたのだと告げている。
 光を捉える動体視力がギリギリ捉えたのは、両眼を赤く染め、歯を剥き出したSample 13の獰猛な顔だった。

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