T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 5-8


~2176年12月24日PM4:12 東京~

 人気のないT.T.S.の待機ロビーで、甘鈴蝶は1人コーヒーを片手に源の報告を検めていた。
 脳内通信の履歴は簡潔なようで不明瞭であり、彼の過去に関連することだけはわかったのだが、如何せん手掛かりが少ない。

「元々謎も多いし、根深い問題を孕んだ子だったけど、ここまでとはね……」

 箇条書きで取り留めもない、書き殴ったような思考レポートを見るに、冷めた香ばしさでさえ救いになるほど、彼が動揺しているのが分かった。
 かなはじめ源は楽観的な人間ではあるが、決して不真面目なわけではない。絵美のように使命に燃えているわけではないが、任務は何をしてでも遂行しようとする意気と姿勢があった。
 冷たい琥珀色と再度キスして、鈴蝶は今一度源の過去を洗い直そうと瞑目する。

――が

《Master、ちょっと助けて!》

 これまた余裕のないトーンで呼び掛けて来る絵美の脳内無線で、鈴蝶は意識を戻された。

「んん?どしたどした?」
《アイツが来た!今年もイブが潰されたってメッチャ怒ってるの!助けて!》

「あ……」
《アギー!ダメ!絶対に紗琥耶をこっちに来させないで!何してもいいからそこに紗琥耶を固定して!》

「あぁ……やっちゃった……」
《アモロウナグよ!亜金・アモル・リオが来たの!》

「あの賞金稼ぎ忘れてたぁ……」

 アモロウナグといえば、世界的に有名な賞金稼ぎだ。
 日本警察にもICPOにも名の知れた彼女のことは、当然絵美も鈴蝶も知っていた。
 彼女の名を有名にするのは、その検挙率の高さもあるが、超法規的措置を多用するやり方により、器物損壊や不法侵入、業務妨害から無関係な人間への傷害まで、殺人と過失致死と窃盗以外のあらゆる罪の常習者という点もあった。
 そんな、目的のためなら手段を選ばない女が抗議しにやって来たのならば、状況は立派な緊急事態エマージェンシーといって差し障りはない。

「何でよりによって今日帰って来るかな……いや今日だからこそ帰って来たんだろうけど。恋人とのイブが楽しみってこと?どこに乙女残してんのよ、あの暴力メスゴリラ」

 何にせよ、源のイブを潰して怒る人間が紫姫音だけではないことを忘れていたのは、鈴蝶の失態だ。
 T.T.S.Masterの責任として、暴力メスゴリラの猛りは鎮めなくてはならない。

 セキュリティ強化のために複雑に入り組んだ造りをした通路を走りながら、早くも聞こえて来たロビーからの喧騒に、鈴蝶は顔を顰めた。

「どこだ鈴蝶!出て来い!あのクソ野郎!絶対許さないからな!」
「ひぃ~めっちゃ怒ってんじゃん」

 ウォンウォンと反響してくる暴力メスゴリラの咆哮に、腹を括ったばかりだが、鈴蝶は怯んだ。

「こえ~行きたくね~」
「何かあったの?」

「うわぁ!……何だマダムか……ん?いや、待てよ……ちょうどいい所に来てくれた!」
「え?何?ちょっとMaster。ちゃんと説明なさいってば、もう!」

 鈴蝶が策を思いつき、マダム・オースティンを引っ張っていく間にも、ロビーの攻防戦は激化の一途を辿っていた。

「亜金さん。とりあえず座りましょう!今Master来ますから、お願いですから落ち着いて座って一緒に待ちましょう!」
「うるさい!言っとくけどね絵美!アタシまだアンタもグルって説捨ててないから!」

「なんでもいいから止まって下さいよお!」

 アモロウナグ。
 奄美大島に伝わる天女の怪異の名を戴いた女は、その名に相応しい鼻筋の通ったクリッとした目の和美人でマニッシュショートの黒髪を靡かせて荒ぶる。
 そんな見目麗しさに反したとんでもない力で引きずられながら、絵美は心の内で毒づく。

『物凄い可愛い感じの美人なのにこれだもんなあ……もう少し慎み持ってくれればなあ……』

 しかしながら、亜金とて犯罪者でもない絵美には実力行使に出ない、分別はつく人間だ。

「わかった。2分だけ待ってあげる。でもそれ以上かかったら、絵美。アンタが責任取って鈴蝶の所まで案内しなさい。いいわね」
「もちろんです。私の責任で必ずMasterに引き合わせます」

 フンッと鼻を鳴らしてベンチソファにドカリと腰かけた亜金を見て、絵美は心の中で感嘆の溜息を吐く。
 彼女の高潔な生き様によく似合う飴色の皮のトレンチコートの下で組まれた脚は高デニールのブラウンタイツで覆われ、それまでの華やかさが嘘のような武骨な黒皮のアーミーブーツが、全身を締めくくっている。アモロウナグという通名では呼ばれているが、どちらかと言えば復讐の女神たるネメシスのほうがしっくりくるいで立ちだ。

「最近の源はどう?」
「え?それ私に訊くんですか?」

「しょうがないじゃない。私は仕事でほとんど家に、っていうか、この国にいないし。絵美アンタは源の相棒バディなんでしょう?」
「言われてみれば……そうですけど」

「……ねえ、前から訊きたかったんだけど、絵美アンタって源の事どう思ってるの?」
「へ?」

「確か源と年齢も同じだったわよね?仕事上とはいえ、同年代の男女が相棒バディ関係になってる。特別な感情が沸いたって不思議じゃないでしょ?」

 そう言いながら、亜金の手がコートの内側に滑り込む。彼女のヤバさの最たるところが顔を覗かせて来た。

『ヤバい……返答間違えたらここで殺される』

――亜金・アモル・リオの前でかなはじめ源の話をしてはならない――

「ねえ、どうなの?」
「ああ、そうですね……」

 紗琥耶以外のT.T.S.メンバーにとっては常識な警告なのに、まさか向こうから振られるとは。

『Master早く来て!これ、思ったよりヤバいって!』

 突然放り込まれたデッド・オア・アライブな状況に、全身から冷汗が噴き出る。それを手で握り潰し、絵美は言うべき言葉を探し回った。

「T.T.S.」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く