T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 5-7



 幼少期のかなはじめ源に、親はなかった。
 存在しなかっただけでなく、概念がなかった。
 乳飲み子の段階を生理食塩水の中で過ごし、電極を通して世を学んだ彼の幼児期に「親」という概念が差し挟まる余地がなかったのだ。
 肉体が少年になり、頭骨の矢状縫合が結ばれ、初めて地を踏んだ時からは、生死の狭間を往復するような長く厳しい戦闘訓練の日々が始まった。年長者のSample 4帷子ギルベルトに一方的にぶちのめされる日々。
 だが、それも日一日と少しずつ間隔を狭めていき、無人ロボット同士の物量合戦No one deadの最前線での実地訓練もこなすようになった頃、源の脳に更なるデータがインストールされ、彼にとっての大きなパラダイムシフトが起こった。
 それは、諜報活動のための基礎知識の取得。
 すなわち、人間の社会制度の知識導入。世間との邂逅だった。
 初めて家族や親という存在に触れた源だったが、当然ながら、その関心は自身の親に向く。
 お父様、ことパトリック・タニーに尋ねても孤児と告げられるのみだったが、折を見ては情報を漁り、ギルバートの受精卵の出処までは追跡出来たものの、それ以上の成果は得られなかった。
 それほどまでに、パトリックの情報統制は徹底されていたのだ。
 だが、何にでも抜け穴はある。どれだけスタンドアローンを保とうとも、時間の穴までは塞げないのだ。
 ソレ・・は、ある日唐突に聞こえてきた。
いつものように戦闘訓練でSample 4ギルベルトにぶちのめされ、絶対に負けたくない相手に負けた悔しさに1人枕を濡らしていると、どこからともなくノック音が響いて来たのだ。
 奇妙なリズムで断続的に続くそれが、特定の周期で繰り返される原始的なモールス符号だと気づくのに、そう時間は必要なかった。

「M……E……E……T……誰にだ?」

 誰が打っているのか?という疑問は当然あったが、古式ゆかしい暗号通信をわざわざアナログな手段で伝えて来る物好きへの好奇心が勝った。トンとツーで編まれる言葉を辿って行く内に、やがて源の前に聞き慣れない単語が並んだ。

「AMOROUNAG?アモ、ロ、ウナグか?何だこりゃ?」

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