T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 3-2



 ブリ―・ウィリアムズは、天が輝いた直後から、両親や友人たち、街の人々と共に空を見上げていた。P.T.T.S.の警告で避難所に向かう道すがらのことだ。星空を呑み込む閃光は、帳の下りた深い時間にも関わらず互いの顔が視認出来るほどに強烈で、みんなが目を丸くする。

『……これもアンタたちの仕業なの?』

 美しくも恐ろしい鮮烈な光景を前に、何故かブリ―の脳裏には2人の男の姿が過っていた。ポニーテールの褐色肌と、ペストマスクの男たち。ミステリアスで印象的な彼らとの遭遇は、彼女の心に深く刻まれた。

『もしそうなら助けてよ!』

 街のみんなが噂していた、郊外の妙な工事現場。
 昨日まで子供だったブリ―にはどうでもいい話題だったが、レディーとなった今は重要な問題だ。

『アンタたちとアレが関係してるんでしょ?』

 平時のこの時間だったら闇に包まれている荒野は、煌々と輝く天に照らし出されていた。

 その中を、流星が走って行くことに、果たして彼女は気づけただろうか?

 かなはじめ源とエリカ・リグスビーが駆る速攻用装甲車は、ドラッグレース用エンジンの唸りに鼓膜をぶち破られそうになりながら、音速に達する速度で走行していた。
 彼らの役目は、誘導と掃討。爆音に近い高出力のエンジン音や車輌上部に追加された発煙筒機能は、衆目を集めるためだけにある。

「どぉだエリカ、ゴキゲンか?」
「うぉ、ぁ……当たり前だ!」

 余裕はなくとも、自身をニヤニヤと観察する源を睨み返す元気はある。エリカのそんな様子を見て、源は改めてアクセルを踏み抜いた。
 時折小さく悲鳴を上げながらも、何とか適応しようとするエリカの心意気は無駄に出来ない。

「っし、ならガンガン潰してこぉぜ」
「お、おぅ……ぅあああ」

 走行方法を車輪から反重力浮遊に変更した速攻用装甲車は、俯せに寝そべる2人を更なる速度に導いた。

「ぉぁ……ぉ、お前ワザとやってるだろ!」
「今更気づいたんか?どぉする?死んでもいぃなら降ろしてやんぞ?」

「クソ!舐めんな!」

 源の煽りに乗せられたエリカは、車体上部の浮遊砲台ファンネルを展開させる。
 日本のサブカルチャーが生んだ突飛な兵器は、無数の電磁石から生じる誘導電流で車上にピタリと貼り付いたように浮いていた。
 内部に掛かるGは跳ね上がったものの、視界のブレが消えた車内からは狙いも定め易い。エリカは襲い来るアンドロイドとドローンを正確に潰していった。
 源もまた、負けてはいない。
 運転席側の銃眼から、宇宙から持ち帰った衛星残骸スペースデブリの一部を指で弾き、的確に機体を潰していた。
 だが――

「おい、冗談だろ?」

 エリカが呻くのを聞いて、源は思わずほくそ笑んだ。
 彼女には、アンドロイドやドローンが自壊していくように見えることだろう。
 ギルバートは跳び回っていた。
 水を得た魚よりも活き活きと、空を舞う鳥よりも鮮やかに、機械の群れを蹴り飛ばし、投げつけ、宙に飛ばす。
 光の速さで乱舞する男は、源とエリカの仕事をどんどん奪っていった。

「随分はしゃぐじゃねぇか」

 脳内無線で語り掛けると、ギルバートは浮遊砲台ファンネルの1つに着地して声を弾ませる。

「君に頼られたんだ!全力で応えるさ!」
「……そぉかよ」

 車窓からギルバートを見上げる源は、指を伸ばしてデブリを射出した。首を傾げて回避した相棒バディの後ろで、光学迷彩カメレオンを纏って迫っていたドローンが爆ぜる。

「楽しむのはいぃが、浮かれ過ぎんなよ」
「なら手伝ってくれよ。そんなオモチャでチンタラやってないでさ。もう休憩は十分だろ?」

「……わぁったよ。おぃエリカ、コレ降りる時どぉすりゃいぃんだ?」
「はあ⁉そろそろ音速超えるんだぞ⁉なに言ってんだお前⁉」

「ギャーギャー喚くな。出来んのか?出来ねぇのか?」

 音速超えの言葉に動じない源の表情を見て、エリカは怪訝な顔のまま言葉を探す。

「出来、なくはねえけど……」
「よし。どぉすんだ?」

「車体を割く・・
「……へ?」

 エリカが空中で指を躍らせる。
 車体を制御するアプリケーションを繰った彼女は、やがて車両形態の中から“Separate”を選択した。

《Double SHELLMOに移行。分離中、車両は強制自動走行となる。搭乗者各位は脳波操車機能の一時スタンドアローンを了承せよ》

 アナウンスが問答無用に宣言すると同時に、車体の中央に緑色の光の線が現れる。

「いぃね、面白くなってきた♪」

 やがて車体は一刀の下に切り伏せられたように真っ二つに別れ、2台のバイクになった。

「そっちは自動運転のままだ!どこへなりと勝手に行け!アタシは止めたからな!」

 脳内無線で叫ぶエリカに手で別れを告げ、源はロフトを掴んで車上に躍り出る。
 休息は、もう充分取った。
 ここからは、また超人の時間だ。

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