T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 2-1


~2176年12月23日PM5:28 ダラス~

 街は目茶苦茶だった。
 人と人を模した機械が織りなす混沌の景色。
 誰も彼もが幸せそうに、笑顔で街を闊歩していた。
 なんて傲慢な風景だろう。
 自分たちの腰に下げた銃を気にして、表面を取り繕うことに必死なのだ。いつでも互いを殺し合える緊張感によって、彼らは偽りの平穏を得た。
 その事実が、美しい街並みを欺瞞に満ち溢れたものに見せる。

『何だか私みたい……』

 ビブラートを切りながら、少女は余韻を噛みしめる。
 天を仰ぐと、そこにはMRが作り出す偽物のクジラがゆっくりと遊覧していた。

『アナタも同じね』

 幻のクジラに心の中で挨拶しつつ、少女は実感する。
 どうしようもなく自分にお似合いの場所。

[Sample 13……時間だ。所定に来なさい]

 聴衆の拍手に礼で応え、少女はポツリと呟く。

「畏まりました」

 背後にそびえるボロボロのレンガの壁を顧みて、少女は歩き出す。
 その壁は、かつて世紀の大罪人が潜んでいた場所。
 白昼堂々国のトップを刈り取った場所。
 エルム通りを望む教科書倉庫ビルは、今や現場となった6階の窓辺だけを残して取り壊されている。
 建物の老朽化はもちろん、2068年にサンフランシスコ沖で発生した大震災を受けて、かつての合衆国が見直した耐震設計基準の観点からも、やむを得ない選択だった。
 紫色の髪を掻き上げて、少女は歩き出す。

「早く会いたいわ。Sample 4、Sample 9」

 自然と吊り上がる口角を隠すため、俯く彼女のことを、気にする者などいなかった。

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