T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.3 The truth in her memory Chapter 3-1



 正岡絵美という女には、2つの顔がある。
 1つは、冷徹かつ狡猾に犯罪者を追い込む猟犬ハウンド。市民たちが信頼を寄せ、世の犯罪者たちが震え上がる。絵美自身、この顔を最も印象づけたがっている。彼女の超自我スーパーエゴの象徴だ。
 
 対して、源や木佐相手には、彼女は別の顔を見せる。
 強大で絶対的な彼らに自身を庇護対象と認識させ、そのアイデンティティに潜り込み、自身を必要な存在と認識させて主導権イニシアチブを握り、いつしか統べてしまう。
 そうしてその力を傘に着て、周囲も率い出す。正に虎の威を借る狐。強かで小狡く、自ら手を汚そうとしない策謀家の顔だ。

「だが俺たちはそれに気づきもしない。あの女は弱味の魅せ方を心得ている。アイツと肩を並べている時、彼女を護っている気分になるのはそれでだ」

 木佐の語る絵美の姿は、さながら権謀術数に長けた師のようだ。その洞察は、ある意味では正しいのかもしれない。
 しかしながら、正直なところ、源は笑いを堪えるのに必死だった。

「へぇテメェには絵美がそぉ見えてんのか」

 源の目に映る絵美は、少し違う。
 否、ある一点においては大きく違う。

絵美アイツはそんなタマじゃねぇ。確かにテメェの言ぅ通り、周りを道具みてぇに使うこともあるが、そんなもんはアイツの数ある手の1つでしかねぇ」

 源の知る正岡絵美は、どんなに絶望的な状況であろうとも、金の鎖に手を伸ばす意思を持った女だ。たとえどれだけ彼我の差が絶望的に開いていようと、自らのアンテナを最大限に張り巡らし、あらゆる手を用いて切り崩すジャイアントキラーだ。

「アイツはダビデだ。俺やテメェみてぇなゴリアデには出来ねぇアプローチでことを成す。人間の人間たる所以を体現する女だ」

 だから、源は絵美が信じられる。
 かつて人が文明を築き、野生の脅威に立ち向かったように、源は絵美の手の1つとなって薔薇の棘を摘むと決めた。

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