T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.3 The truth in her memory Chapter 2-5


~2168年12月20日FM2:42 東京~

「警視、お疲れ様。誰か来た?」
「カ一匹、ネズミ一匹、スズメ一羽、通しちゃいない。今日ここを通る脊椎動物は貴女が最初です警視正」

 目の下にクマをクッキリと刻んだ男女が敬礼し合う。髪はペッタリと貼りつき、頬はこけ、正に満身創痍と言った風体だ。


 目まぐるしい2ヶ月だった。
 立案から発足まで、全てが異例の速度で進められた現場拠点攻勢捜査組織『特異特別捜査本部第一課』は、僅かな期間に目まぐるしい成果を上げた。
 その数、殺人5件、詐欺3件、窃盗2件、違法薬物取引1件。これだけ多くの案件を、現場に捜査本部を構えて複数同時進行で解決した。
 その実績に、警察庁どころか対抗馬たる警視庁ですら舌を巻いた。今や正岡絵美警視正の名は、羨望と嫉妬をもって語られている。
 木佐幸太郎警視は捜査本部の警備担当だ。
 難民街や貧困街に捜査本部を構えることも多い特異特別捜査本部第一課において、彼の専守防衛の要としての働きは、とても重要だった。
 仁王立ちで両手を重ねた木刀をドスリと地面に突き立てる姿は、何者をも近づけさせず、浮薄なからみ方をする輩には容赦しない。

 付いたあだ名は、虎狼衛士。
 前門と後門に迫る脅威を一掃する優秀な門番と称された。


「それで?進展はあったのかい?正岡警視正殿」
「もちろんよ、虎狼衛士殿」

 そこに畏怖と侮蔑の意味合いが込められているのは、木佐自身が一番理解している。
 嫌味で返されと言うことは――

「第一容疑者は無罪シロか」
「ええ、指紋の線はダメね。でもまだ空気成分中の硝煙反応と周辺交信記録がある。それに、ついさっき検死結果が出たからまた総当たりで行きましょう」

「プロファイリングが更新されるといいね」
「ええ……事件から28時間も経っちゃった。でも快楽殺人犯ならそろそろ現場(ここ)に戻って来るタイミングよ、気を抜かないで」

「重々承知してるよボス」

 休日昼間の学生寮をターゲットにした連続殺人事件は、2168年の上半期から突如始まり、これで3件目だ。
 犯行時間から考えて学生か社会人など、いわゆる社会適合者と思われるが、そう見せたがっている社会不適合者の可能性が高かった。
 と言うのも、事件を捜査していくにつれ、当初の印象とはまるで違う、実に計画的な犯罪であるとわかったからだ。
 目撃者はなく、防犯カメラにも姿はない。
 犯行手口は最適化され、痕跡は最小限だ。
 徹底的に合理化された現場に、絵美たちは容疑者像を元軍人や諜報員にまで広げていた。
 しかしながら、木佐はまだ容疑者になりうる存在がいる気がしている。

「思ったんだが……未来から来た人間は?」
「え?」

「一昨年作られただろ。タイムマシンだ」
「……考えないようにしていたけど、やっぱそれも考えなきゃいけないよね……」

 遡ること2年前、2166年に放たれた、衝撃の情報。
 タイムマシン《TLJ-4300SH》の完成は、警察組織にとっても大変な脅威だった。
 確定した未来から過去に干渉されては、手の打ちようがない。未解決の事件は未解決なままだし、冤罪は冤罪のままになる。真実は事実の前に沈み、永久に葬られてしまう。
 そして、不幸なことに彼らはすでに、自分たちが世界初の未来人による犯行に巻き込まれていることには、まだ気づいていなかった。

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