T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.3 The truth in her memory Chapter 1-7


~2176年10月6日AM10:15 東京~

 正岡絵美は自身の記憶に潜ろうとしていた。
 メモリーバックアップに繋ぐのは久しぶりだが、前職のエピソード記憶はある程度削除しているので仕方ない。
 警察を退官した時に授与させたクリスタルの盾は、当時懐いていた信念のように固く、温度がなかった。
 それをアクセスキーにした自分の女々しさに溜息を吐く。
 気持ちは、複雑だった。
 黒歴史とまで言わないが、立身出世してから知り合った友人に地元での赤面もののエピソードを知られたような、妙な気恥ずかしさがある。

「っていうか、よく考えたらアイツ、幸太郎と会うのよね」

 出来れば、あまり話して欲しくない。
 自分の話題となれば尚更に。

「あーもう!……何でよりによって源なのよ……」

 後悔と羞恥と屈辱と疑念、そして悲哀……胸に渦巻く複雑なあれこれを、今一度溜息でガス抜きする。
 自らのサニティが不安になるものの、絵美は過ぎ去った日々に深く、深く、潜り込んでいく。



~2168年9月6日AM9:20 東京~

 初登庁の挨拶回り。
 それが、絵美と木佐幸太郎の初対面だった。
 運転手役を買って出てくれた彼は、いかにも警察官といった雰囲気の男だ。
 高身長に広い肩幅、引き締まった筋肉に覆われた身体はどんな攻撃にもビクともしないだろう。細い輪郭に切れ長の目、鼻筋の通った顔は凛々しく鋭い正義感に溢れていた。

「正岡絵美警視正。初めまして、木佐幸太郎警視です。お噂はかねがね」
「よろしくお願いします」

 紳士的に頭を下げ、手を差し出す幸太郎に応じながら、絵美は幸太郎をつぶさに観察する。

「剣道やってるんですか?」

 丹田に重心を置いた姿勢に、滑らかで指先に至るまで硬さがない右手。武道の心得があるが、弓道経験者でない。人差し指が硬化していない。
 ならば、柔道や空手か?
 いや、それも違う。
 腕時計を左手首に巻いており、右手が柔らか過ぎる。
 つまり、左手を主に使い、右手は余り使わない武道。
 剣道しかない。
 果たして、絵美の推しは正鵠を射ていた。
 
 ご名答、と幸太郎は笑い、後部座席を開ける。

「ありがとうございます」
「いえいえ、評判の慧眼をさっそく拝見出来て、こちらこそ光栄ですよ」

 史上最年少で入庁を果たした天才と、警察庁と剣道界にその名を轟かせる天才剣士は、こうして出会った。

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