T.T.S.
FileNo.3 The truth in her memory Chapter 1-3
3
~2176年10月6日AM8:10 東京~
セーフハウスから戻るとすぐに、鈴蝶に呼び止められた。
無人のT.T.S.ラウンジに源を連行した彼女は、興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ。
「源ちゃん、ちょっとこれ見て!」
「あぃよ、こっちからも手土産だ」
絵美から受け取った木佐幸太郎に関するデータを送ると同時に、彼の元にはモザイク画のような画像が送られてくる。
よく見れば、その色分けには意味があった。チミン、シトシン、アデニン、グアニンの4つのアミノ酸が織りなす、多様な組み合わせの羅列。いわゆる、DNAデータだ。
二重螺旋のもつれを解し、引き伸ばした最後には、Y染色体の影が踊る。持ち主の名は見なくても分かった。
「これが何だ?バンクデータ引っ張って来ただけだろ」
「あらま、こんなイケメンなの木佐幸太郎って」
「いや聞けMaster」
源の渡したデータを検めた鈴蝶が漏らす感嘆の呟きを聞き流して、先を促す。しばし木佐の顔に見惚れていた彼女は、ややあってようやく顔を上げた。
「タイプ?」
「奪三振」
「そりゃよかったな。で?こっちのこりゃどぉいぅ意味だ?」
「ああ、そうね……その遺伝子型の話」
「ただの身元確認以外の意味があんのか?」
「ある。源ちゃんは系譜探査計画って知ってる?」
聞き慣れない単語だった。
聞いた限り自らの起源を調べるためのもののようだが、源にはとんと無縁の調査だ。
「ナショナリストが好きそぉな名前だな」
「その通り。まさに民族主義者が企画・実行した計画なんだけど、その日本版で発見されたある高句麗由来の朝鮮系移民の遺伝子型とほぼ一致したの」
「……どぉいぅことだ?」
「木佐幸太郎は過去に実在した。江戸時代のごく初期にね。そして恐らく、その生涯を過去の時間の中で終えているの」
言葉が見つからない。
これまで、T.T.S.は多くの違法時間跳躍者を時間跳躍先から連れ戻してきた。敵対する薔薇乃棘の後塵を拝すばかりだが、過去との食い違いが現在にどんな影響を及ぼすかが未知数な以上、手間は惜しめない。
しかしながら、その手をすり抜け、過去でその生涯を閉じた者を、今にまで連なる時間跳躍の証左の存在を、示されてしまった。
これほどまでに明確な敗北の顕在はない。
「Master……俺は何をすりゃいぃ」
目を逸らしながら、源はモゴモゴと口籠った。
軽佻浮薄に振る舞いながらも、前線に赴く身として、彼だって責任は感じている。それは時間の守護者として、なんて大袈裟で陳腐なものではない。最前線で暴力に身を浸しながら事を成し、報酬を受け取るプロフェッショナルとしてのプライドだ。
故に、自責が胸を焼いた。
これから失敗する。
回答前に正解を発表された屈辱に、顔が上げられなかった。
「まず顔を上げなさい」
「でもよ……」
「失敗だと思ってるんだろうけど、そうじゃない可能性があるから言ってるのよ」
「……どぉいぅことだ」
源の視界に、もう1つ画像データが踊り出る。
それは、吹けば砕け散りそうなほど水気のない、質感すら失われた茶色いシミのついた布だった。
「これ、誰の血だと思う?」
「木佐ってヤツのなんだろ?分かり切った話じゃねぇ」
「違う」
自らの言を遮った強い否定の言葉に、源は遂に顔を上げる。
「……何?」
鈴蝶がテーブルの上に載っていたホチキス留めの書類を差し出した。
「2023年の新聞記事の三面よ。声に出して読んでみて」
「……佐々木小次郎……実在の証か?」
「そういうこと」
「佐々木小次郎って確か……ムサシ?とかいうヤツと殺り合ったっつぅヤツだよな?」
「流石にキミも知ってるか。男の子だもんね」
「木佐はコイツになった?」
「まず間違いなくね。長らく実態の分からなかった佐々木小次郎こそ、木佐幸太郎だったんだよ」
佐々木小次郎。
江戸の初めに、かの剣豪、宮本武蔵と巌流島で果し合いをし、敗れ去ったとされる男。
その存在は未だ判然とせず、中には後世に創作された人物とする歴史学者さえいる。
だが、事実は小説より奇なりだ。
その正体は、時間跳躍した未来人だった。
「俺ぁ一体何すりゃいぃ?」
頬を紅潮させた源の言葉に、鈴蝶は微笑みと共に答える。
「キミの任務は2つ。時間跳躍直後の木佐幸太郎の記憶改竄と彼の死の確認だ」
~2176年10月6日AM8:10 東京~
セーフハウスから戻るとすぐに、鈴蝶に呼び止められた。
無人のT.T.S.ラウンジに源を連行した彼女は、興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ。
「源ちゃん、ちょっとこれ見て!」
「あぃよ、こっちからも手土産だ」
絵美から受け取った木佐幸太郎に関するデータを送ると同時に、彼の元にはモザイク画のような画像が送られてくる。
よく見れば、その色分けには意味があった。チミン、シトシン、アデニン、グアニンの4つのアミノ酸が織りなす、多様な組み合わせの羅列。いわゆる、DNAデータだ。
二重螺旋のもつれを解し、引き伸ばした最後には、Y染色体の影が踊る。持ち主の名は見なくても分かった。
「これが何だ?バンクデータ引っ張って来ただけだろ」
「あらま、こんなイケメンなの木佐幸太郎って」
「いや聞けMaster」
源の渡したデータを検めた鈴蝶が漏らす感嘆の呟きを聞き流して、先を促す。しばし木佐の顔に見惚れていた彼女は、ややあってようやく顔を上げた。
「タイプ?」
「奪三振」
「そりゃよかったな。で?こっちのこりゃどぉいぅ意味だ?」
「ああ、そうね……その遺伝子型の話」
「ただの身元確認以外の意味があんのか?」
「ある。源ちゃんは系譜探査計画って知ってる?」
聞き慣れない単語だった。
聞いた限り自らの起源を調べるためのもののようだが、源にはとんと無縁の調査だ。
「ナショナリストが好きそぉな名前だな」
「その通り。まさに民族主義者が企画・実行した計画なんだけど、その日本版で発見されたある高句麗由来の朝鮮系移民の遺伝子型とほぼ一致したの」
「……どぉいぅことだ?」
「木佐幸太郎は過去に実在した。江戸時代のごく初期にね。そして恐らく、その生涯を過去の時間の中で終えているの」
言葉が見つからない。
これまで、T.T.S.は多くの違法時間跳躍者を時間跳躍先から連れ戻してきた。敵対する薔薇乃棘の後塵を拝すばかりだが、過去との食い違いが現在にどんな影響を及ぼすかが未知数な以上、手間は惜しめない。
しかしながら、その手をすり抜け、過去でその生涯を閉じた者を、今にまで連なる時間跳躍の証左の存在を、示されてしまった。
これほどまでに明確な敗北の顕在はない。
「Master……俺は何をすりゃいぃ」
目を逸らしながら、源はモゴモゴと口籠った。
軽佻浮薄に振る舞いながらも、前線に赴く身として、彼だって責任は感じている。それは時間の守護者として、なんて大袈裟で陳腐なものではない。最前線で暴力に身を浸しながら事を成し、報酬を受け取るプロフェッショナルとしてのプライドだ。
故に、自責が胸を焼いた。
これから失敗する。
回答前に正解を発表された屈辱に、顔が上げられなかった。
「まず顔を上げなさい」
「でもよ……」
「失敗だと思ってるんだろうけど、そうじゃない可能性があるから言ってるのよ」
「……どぉいぅことだ」
源の視界に、もう1つ画像データが踊り出る。
それは、吹けば砕け散りそうなほど水気のない、質感すら失われた茶色いシミのついた布だった。
「これ、誰の血だと思う?」
「木佐ってヤツのなんだろ?分かり切った話じゃねぇ」
「違う」
自らの言を遮った強い否定の言葉に、源は遂に顔を上げる。
「……何?」
鈴蝶がテーブルの上に載っていたホチキス留めの書類を差し出した。
「2023年の新聞記事の三面よ。声に出して読んでみて」
「……佐々木小次郎……実在の証か?」
「そういうこと」
「佐々木小次郎って確か……ムサシ?とかいうヤツと殺り合ったっつぅヤツだよな?」
「流石にキミも知ってるか。男の子だもんね」
「木佐はコイツになった?」
「まず間違いなくね。長らく実態の分からなかった佐々木小次郎こそ、木佐幸太郎だったんだよ」
佐々木小次郎。
江戸の初めに、かの剣豪、宮本武蔵と巌流島で果し合いをし、敗れ去ったとされる男。
その存在は未だ判然とせず、中には後世に創作された人物とする歴史学者さえいる。
だが、事実は小説より奇なりだ。
その正体は、時間跳躍した未来人だった。
「俺ぁ一体何すりゃいぃ?」
頬を紅潮させた源の言葉に、鈴蝶は微笑みと共に答える。
「キミの任務は2つ。時間跳躍直後の木佐幸太郎の記憶改竄と彼の死の確認だ」
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