T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Last Chapter-4
4
管理小屋の扉が開いて、正岡絵美は顔を顰めた。
己を抱く姿勢で身体を固定する拘束着を纏った粟生田外相と皇内務副大臣は、20代後半ほどの外見年齢を保った顔こそ顕わなものの、その目からは憔悴の色は隠せない。
「お2人ともご無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。それよりも、早く拘束着を解いてくれ」
「君たちはどこの所属だ?」
2人の言葉に、絵美は回答を躊躇する。
粟生田外相の要求に応えるのは造作もないが、皇内務副大臣の所属確認には、どう答えたものか分からない。
皇栄太内務副大臣には、皇幸美の父という側面の他に、T.T.S.排斥のタカ派議員の筆頭という顔がある。
そんな男が、わざわざ所属を確認する意味を考えずにはいられないし、言葉を選ばずにはいられなかった。
だが、そんな絵美の逡巡を無視するように、傍らから1人の少女が進み出る。
「どこでもいいでしょう」
皇幸美。
戦場に立って血を浴び、弾丸をくぐった少女の姿は、場の誰にも強烈なインパクトを与えた。
不可視の電子世界で紫姫音が奪い取った電子キーを用いて、少女は拘束着を解いていく。
「彼らはT.T.S.ですよ。お父様の大嫌いなT.T.S.です。でもそんなの私は知ったことではありません。彼らは私を救ってくれました。貴方の娘を守ったんです」
粟生田外相を解き、次いで自身の父に取り掛かる。
自身を保護し、支援し、呪い続ける存在の錠を外し、戒めを解き、自由を許していく。
それでもなお、皇幸美は堂々と皇栄太に対峙した。
「お父様。私が貴方を襲った連中の仲間だったこと、ご存知でしたか?」
「なんだと⁉」
「……ッ」
粟生田外相の激高にも、幸美は硬い表情を崩さなかった。固く握った拳は震え、その目は昼光を受けて一層強い光を帯びる。
対する内務副大臣も、父親の貫録を見せつけた。鉄仮面の下の表情は、まったく分からない。
「事実です粟生田外相。私は過ちを犯しました。これから一生をかけて償うつもりです」
幸美は父に肉薄する。
それは、裏切りを責めた時以来の踏み込みだった。
「ですが外相。父を、皇栄太を責めないであげて下さい。この人は私に対しての責任をとうに投げ出しているんです。だから彼には、未成年の私が起こしたこととはいえ、責任は負えません」
「それは……どういう意味だね?」
粟生田外相の問いに、いよいよ幸美は激昂する。
強く激しい言葉遣いながらもヒステリックさを感じさせない絶妙な叫びだった。
「私は裏切られたんです。父と母に。私が9つの時、2人は揃って不倫して、揃って私から目を逸らしました。親権を取った父は資金援助こそしてくれましたが、それだけ。家にいても会話はありません。顔も合わせません。私が唯一話す家族は、名義上父の秘書にされている服部エリザベートだけです。彼は信用回復を資産だけで行い続け、今日に至るまでなにも、本当になにもしなかった!」
粟生田外相も絵美も言葉に詰まる。
愛情は資産で代替されることも多いが、決して同じ振る舞いはしない。
特に、享受者にとっては異常なほど違う。
愛情は多ければ多いほど満たされる。
だが、資産は注がれれば注がれるほど、自分の中のなにかが代替品で薄まっていくのを感じる。
幸美には、それを良しとは出来なかった。
「私は自分の犯した罪は背負います。贖います。償います。だからどうか、貴方もご自分の罪を背負って下さい。今後一切私に関わらないという形でです」
親の顔に指を突きつけて喝破した幸美に、皇栄太は瞑目して思案した末、答えた。
「……分かった。すまなかった」
1人の男が、頭を下げる。
自分からは決して上げようとしないその姿勢には、彼なりの誠意が見えた。大きな過ちを犯し、娘を傷つけたことを後悔する、哀れで情けない父親の、なけなしの謝意があった。
しかしながら、それが娘に認められることはない。
自らの脚で歩く覚悟を決めた少女は、もはや背中になど注意は払わない。自分のやるべきことに向けて突っ走るのみだ。
「いい娘さんですね」
横を通り抜けた幸美の足音が遠退いていくのを聞きながら、絵美は問いかける。本心から出たその言葉に、皇栄太は頭を下げたまま答えた。
「ええ。ですから、こんな情けない親父がいるべきではないのでしょう。勝手を言ってばかりで申しわけありませんが、どうかあの子をよろしくお願い致します」
絵美は思う。
なぜ皇幸美はRUIDO RUEDAの所属していたのか?
もしかしたらそれは、T.T.S.排斥を狙う父親への当て擦りなのだろうか?
それとも、父親に認められたかったからなのだろうか?
どちらにせよ、幸美は父との決別を選んだ。
自身の追うものを、別のものに替えた。
『なろほど、紗琥耶が気に入るのも納得だわ』
「ロサ。大臣たちのこと、頼んだわよ」
T.T.S.として出来ることはやった。
ロサに業務を引き継いだ絵美は、自身の相棒と、彼を介抱する幸美の元に爪先を向ける。
精々、新しく出来た妹分が道を踏み外さないよう、しっかり見守ってやろう。
そう心に誓って。
管理小屋の扉が開いて、正岡絵美は顔を顰めた。
己を抱く姿勢で身体を固定する拘束着を纏った粟生田外相と皇内務副大臣は、20代後半ほどの外見年齢を保った顔こそ顕わなものの、その目からは憔悴の色は隠せない。
「お2人ともご無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。それよりも、早く拘束着を解いてくれ」
「君たちはどこの所属だ?」
2人の言葉に、絵美は回答を躊躇する。
粟生田外相の要求に応えるのは造作もないが、皇内務副大臣の所属確認には、どう答えたものか分からない。
皇栄太内務副大臣には、皇幸美の父という側面の他に、T.T.S.排斥のタカ派議員の筆頭という顔がある。
そんな男が、わざわざ所属を確認する意味を考えずにはいられないし、言葉を選ばずにはいられなかった。
だが、そんな絵美の逡巡を無視するように、傍らから1人の少女が進み出る。
「どこでもいいでしょう」
皇幸美。
戦場に立って血を浴び、弾丸をくぐった少女の姿は、場の誰にも強烈なインパクトを与えた。
不可視の電子世界で紫姫音が奪い取った電子キーを用いて、少女は拘束着を解いていく。
「彼らはT.T.S.ですよ。お父様の大嫌いなT.T.S.です。でもそんなの私は知ったことではありません。彼らは私を救ってくれました。貴方の娘を守ったんです」
粟生田外相を解き、次いで自身の父に取り掛かる。
自身を保護し、支援し、呪い続ける存在の錠を外し、戒めを解き、自由を許していく。
それでもなお、皇幸美は堂々と皇栄太に対峙した。
「お父様。私が貴方を襲った連中の仲間だったこと、ご存知でしたか?」
「なんだと⁉」
「……ッ」
粟生田外相の激高にも、幸美は硬い表情を崩さなかった。固く握った拳は震え、その目は昼光を受けて一層強い光を帯びる。
対する内務副大臣も、父親の貫録を見せつけた。鉄仮面の下の表情は、まったく分からない。
「事実です粟生田外相。私は過ちを犯しました。これから一生をかけて償うつもりです」
幸美は父に肉薄する。
それは、裏切りを責めた時以来の踏み込みだった。
「ですが外相。父を、皇栄太を責めないであげて下さい。この人は私に対しての責任をとうに投げ出しているんです。だから彼には、未成年の私が起こしたこととはいえ、責任は負えません」
「それは……どういう意味だね?」
粟生田外相の問いに、いよいよ幸美は激昂する。
強く激しい言葉遣いながらもヒステリックさを感じさせない絶妙な叫びだった。
「私は裏切られたんです。父と母に。私が9つの時、2人は揃って不倫して、揃って私から目を逸らしました。親権を取った父は資金援助こそしてくれましたが、それだけ。家にいても会話はありません。顔も合わせません。私が唯一話す家族は、名義上父の秘書にされている服部エリザベートだけです。彼は信用回復を資産だけで行い続け、今日に至るまでなにも、本当になにもしなかった!」
粟生田外相も絵美も言葉に詰まる。
愛情は資産で代替されることも多いが、決して同じ振る舞いはしない。
特に、享受者にとっては異常なほど違う。
愛情は多ければ多いほど満たされる。
だが、資産は注がれれば注がれるほど、自分の中のなにかが代替品で薄まっていくのを感じる。
幸美には、それを良しとは出来なかった。
「私は自分の犯した罪は背負います。贖います。償います。だからどうか、貴方もご自分の罪を背負って下さい。今後一切私に関わらないという形でです」
親の顔に指を突きつけて喝破した幸美に、皇栄太は瞑目して思案した末、答えた。
「……分かった。すまなかった」
1人の男が、頭を下げる。
自分からは決して上げようとしないその姿勢には、彼なりの誠意が見えた。大きな過ちを犯し、娘を傷つけたことを後悔する、哀れで情けない父親の、なけなしの謝意があった。
しかしながら、それが娘に認められることはない。
自らの脚で歩く覚悟を決めた少女は、もはや背中になど注意は払わない。自分のやるべきことに向けて突っ走るのみだ。
「いい娘さんですね」
横を通り抜けた幸美の足音が遠退いていくのを聞きながら、絵美は問いかける。本心から出たその言葉に、皇栄太は頭を下げたまま答えた。
「ええ。ですから、こんな情けない親父がいるべきではないのでしょう。勝手を言ってばかりで申しわけありませんが、どうかあの子をよろしくお願い致します」
絵美は思う。
なぜ皇幸美はRUIDO RUEDAの所属していたのか?
もしかしたらそれは、T.T.S.排斥を狙う父親への当て擦りなのだろうか?
それとも、父親に認められたかったからなのだろうか?
どちらにせよ、幸美は父との決別を選んだ。
自身の追うものを、別のものに替えた。
『なろほど、紗琥耶が気に入るのも納得だわ』
「ロサ。大臣たちのこと、頼んだわよ」
T.T.S.として出来ることはやった。
ロサに業務を引き継いだ絵美は、自身の相棒と、彼を介抱する幸美の元に爪先を向ける。
精々、新しく出来た妹分が道を踏み外さないよう、しっかり見守ってやろう。
そう心に誓って。
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