T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 4-3



 右の頬の冷たさに目を覚ます。重たい頭とボンヤリとした意識に停止していた認識が、左の頬に垂れた雫で研ぎ澄まされた。
 途端に、弓削田ロサはすべてを思い出した。

「わあああ!」

 瞬時に誰も信じられなくなったあの混乱を思い出し、ロサは悲鳴にも咆哮にも似た声を上げる。

「キミ、落ち着きなさい!」
「ずっと気絶していたんだ!急に動かない方がいい!」

 どこかから、2人の男性の声が聞こえた。目を向けても、誰の声なのか、どこから発せられているのかが特定出来ない。
 そうしてようやく、ロサは自分が真っ暗な広い空間にいることを認識した。確かに開いているはずの目は一切の光を捉えず、自身の叫びも男性たちの声も反響して捉えどころがない。
 無明の闇を前に、冷静たれと己を叱咤して、ロサは深呼吸した。

「失礼、しました……あの、どなかは存じませんが、ここがどこかわかりますか?」

 そう姿なき声に尋ねながら、ロサは自身の両手が後ろ手に、両足も揃えて足首と膝頭の2ヶ所を縛り上げられていることに気づく。

「いや、すまないが私たちにも分からないんだ」
「我々は襲われた……のだと思う。正直いつ襲われたのかさえ分からないのだが、気づけばここにいた。だからキミの反応もよく分かる」

「外部からは完全に遮断されているようだ。私たちも幾度となく通信を試みたんだが、一向に反応がない」

 確かに、ロサも正気を取り戻してから幾度となく絵美に連絡を取ろうとしているのだが、反応がない。状況を加味しての現在地確認だったのだが、それも望めないようだ。

「そうですか……あの、失礼ですが、お2人のお名前を伺ってもよろしいですか?」

 せめてそれだけは、と望んでみても、やはり反応は芳しくなかった。

「……私たちの素性は、ワケあって簡単には明かせない。こんな時にすまないが、こちらの安全性が確保出来るまでは明かすわけにはいかないんだ」

 その言葉に、ロサは勘づく。

「もしかして、粟生田雪緒外相と皇栄太内務副大臣でいらっしゃいますか?」

 反応は、息を呑む音で充分だった。
 確信を胸に、ロサは踏み込む。

「そうなんですね⁉Alternativeの弓削田ロサです!お2人に危機が迫っているとT.T.S.No.3正岡絵美より通報を受け、馳せ参じました!」

 自分で言っておいて、「あれ?」とロサは思った。
 彼女は絵美を誰よりも尊敬している。自分よりも若く優秀な正岡絵美という存在を、疎ましいと思ったことも妬ましいと思ったこともない。

 絵美がAlternativeを離れる宣言をした時は、実にショックだった。見捨てられたような気持になった。認めたくなくて、まだいて欲しくて、彼女こそ真のAlternativeのリーダーなんだと自分を誤魔化した。

 それなのに、今自分はなんと言った?

 T.T.S.No.3正岡絵美?
 もしかしたら、い源アイツのせいかもしれない。なんせ今日、絵美は再びAlternativeの指揮を執り、以前と変わらないキレのある操作手腕を見せた。『ああ、この人はどこでだって自分の正義を貫くんだ』などと思ったものだ。
 自身の発言に悶々とする一方、ロサは議員たちの様子がおかしいことに気づいた。

「あの、大臣?」

 粟生田外相と皇議員の気配が消えている。
 なにが起きた?と考えるより先に、身体が動いていた。
 身を捩って当てずっぽうに前進しては、2人の名を叫び続けるが、手応えはまるでない。
 そうこうしている内に、奇妙な感覚に襲われた。
 突然、ロサの首筋に鈍い痛みが走る。縫合していた糸を切られたような、内に響くような鈍い痛みだった。
 慣れない痛みに目を固く閉じ思い切り呼気を吐くと、同時に塩辛い塩水が口いっぱいに雪崩れこんでくる。
 思わず飲み込んでしまったが、慌ててしめようとした口は医療用チューブのような物で阻まれた。
 彼女の四肢はなぜか戒めを解かれ、耳元では液体がジャブリジャブリと音を立てる。
 喉を満たし気管にまで侵入してくる塩水に命の危機を感じ始めた頃、頭部を覆っていた液体の排水が始まった。
 跪く姿勢のまま凝っていた身体を芋虫のようにうねらせながら、フルフェイスヘルメットのような物が頭を覆っていることにロサは気づく。

『まさかこれ……』
「動かないでください。今外しますから」

 背中に手を添えた誰かがそんな事を言い、ヘルメットの留め具が外されて、ロサの顔は外気に触れた。

「ロサさん!ご無事ですか⁉」
「ゲホッ……こ、ここは?」

「グエル公園。バルセロナの世界遺産です」

 午前の光が網膜を焼き、ロサは顔を歪める。
 自身が頭から突っ込まれていた装置を見て、ハッとした。
 それは、数時間前にかなはじめ源を繋ぎとめていた装置の一つ。拘束箱バードケージと呼ばれる心身拘束装置だった。源が体験した拘束箱バードケージは更に精神拷問房プロメテウスの肝臓という別装置に接続されているが、これは単品・・だ。
 それはまあ、いいとして。

「なぜ貴女がここにいるんですか?服部秘書官」
 
~2176年9月30日AM10:12
廃国独自自治区バルセロナ~

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