T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 4-1


~1937年5月15日PM3:15
カタルーニャ共和国 バルセロナ~

 グエル公園。1900年代初頭にエウセビ・グエル伯爵とアントニ・ガウディが作り上げた元分譲住宅地にして、世界的に名の知れた公園だ。自然との調和をテーマに設計された敷地には、本来は市場になる予定だったホールを中心に、緑豊かな庭園が広がっている。
 その入口を飾る大階段の中ほどに、世界一有名な爬虫類の像があった。中央ホールの地下に埋設された貯水槽の排水口として敷設された像の上で、一人の男が怨敵を待つ。

 グレゴリー・サルトゥイコヴァは自身の相棒を奪い、あまつさえ死なせてしまった女を待っていた。

 ジェーン・紗琥耶・アークを初めて見た時のことを、グレゴリーは忘れない。保護対象パッケージとしてエドワードに抱えられてきた裸の少女は、幼い外見とは裏腹に、淫靡な色気とへばりつくような血の臭いに塗れていた。淫蕩と笑う表情は剥き身の魔剣に似た危うさと妖艶さを併せ持ち、さながら傾国の美女のようで、『危険だ』と頭で理解していても、手を差し伸ばさずにはいられない。
 そんな女を抱えたエドワードの姿に、当初グレゴリーはいつものことと敬愛と呆れを懐いたが、次第に不安と畏怖を懐いていく。

 思えば、その時からグレゴリーは予期していたのかもしれない。
 ALVAfter Life Volunteerに入ってからの紗琥耶の活躍は、目覚ましかった。エドワードとグレゴリーのコンビサポーターとして作戦に参加した時から、紗琥耶はそのポジションのベストともいえる立ち回りを見せ、あっという間に変えの効かない存在になり上がる。

 だが、なによりグレゴリーを驚かせたのは、エドワードと紗琥耶の連携の滑らかさだ。
 まるで血の繋がった双子の兄弟のような完璧なコンビネーションを前に、グレゴリーの居場所はなかった。

『だがなぜ俺は止めなかったんだ!』
『お前の意志でそうしたんじゃないのか?』

「うるさい!黙れニコラエ!」

 ニコラエ・ツェペシュの手続き記憶が語り掛けてくる。伝説の活動家。もとい、殺人鬼である男の意志は、たとえ破片であっても強烈な意思を持っていた。
 ことに手続き記憶というものは、合理性を煮詰めた意志の源に他ならない。目的のためなら手段を択ばない男の容赦のない合理性が、行動の一つ一つに自省を促してきた。
 だが、それでもグレゴリーはニコラエの経験を捨てる気にはなれない。部隊戦闘の経験は豊富でも、たった一人で町に潜み、町を使い、町に逃げるゲリラ的手法は、未知の領域だ。
 かつて若き日のニコラエに指導された記憶が呼び起こされるようで苦々しかったが、それ故にその実力は折り紙つきで信頼出来た。
 祖国の体制維持活動に加わるため、一度は袂を分かったニコラエの小言は続く。

『あの子供はどうするつもりだ?護衛という名目はどう果たす?』

 子供。確か名は、ユキミ・スメラギ。嫌悪する自分を振り払うために、組織の門を叩いたティーンエイジャーの少女は、いまや虜囚といっても障りない立場にいる。彼女はその出自と立場ゆえ、活動のツメに重要な存在と位置づけられている。
 そんな少女を、紗琥耶を誘き出すエサとして、組織に黙って連れ出した。知性的な行動ではない自覚も、気の触れた行動である自覚もある。ニコラエの影響も多少はあるのかもしれないが、それに勝る紗琥耶への憎しみがあった。
 もし、万が一、ユキミがT.T.S.に転ぶようなことがあるなら、グレゴリーは容赦なく彼女を排除する。組織への忠誠よりも、紗琥耶への復讐こそがグレゴリーの優先事項だ。実力差は十分理解している。せめて彼女の経歴キャリアに傷をつけることだけでもしてやりたかった。
 だから、堂々と屁理屈を口にして見せる。

手に掛けられなければ・・・・・・・・・・護衛としての面目は立つさ」

 仄暗い感情に支配されながら、グレゴリーは像から降り、ホールに向かう。
 ずいぶんと待たされたが、ようやく紗琥耶の気配が動き出していた。ナノマシン使いのエキスパートに追跡型ナノマシンを仕込むのは至難の業だったが、チャフに混ぜたことで何とか上手くいったようだ。気づいていて外していない可能性も大いにある。いや、むしろ紗琥耶はそうする可能性が高い。だから、この情報には確信があった。
 気休めにナチス親衛隊SSから強奪したMP18/1を確認して、ホールを支えるドーリア式の一柱に身を潜める。
 紗琥耶は歩いて向かってくるようだ。
 到着は、あと5分ほどだろうか。

「ねえ、ちょっと!逃げてきたわよ!グレゴリーどこ?」

 突然ホールに響いた声に、グレゴリーは身を屈めた。
 紗琥耶か?
 いや違う。
 この声は。

「グレゴリー、大変よ。組織が危ない!」

 一体この戦火の中をどう歩いて来たのか、皇幸美がホールに這入ってきた。マーカーを確認するが、どうやら本当に幸美のようだ。

『しかし妙だ?なぜこのタイミングでお前が現れる?』

 グレゴリーの中で猜疑が吹き荒れ、MP18/1の引き金に掛けた指が離れない。

『無視すべきなのか?合流すべきなのか?』

 高鳴る鼓動に突き動かされそうな脚をジッと地面に縫いつけ、対処にあぐねていると、頭の中でニコラエが呟いた。

『迷うならばれ!』

 そっと重心を落とし、腰だめに構えたMP18/1と共に打って出る。
 引き金の重量は、もはや微塵もなかった。

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