T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-17

17
~1937年5月15日PM2:10
カタルーニャ共和国 バルセロナ~

 絵美との通信を終えてすぐに、それは来た。

「………ッ………!」

 ズキリと強い痛みが、鳩尾みぞおちの下を焼きつくしていく。紗琥耶の身体の一部、細胞と同等かあるいはそれ以下のサイズの極微な機械ナノマシンが、胃酸の異常分泌と粘膜上皮の瞬間爆発的な細胞自死アポトーシスを引き起こしていた。深刻な胃潰瘍に見舞われた源の胃は、大量の胃酸と血液で満たされ、今やそれは食道を駆け上がっている。
 胸郭の正中を焼き、ガラガラと呼吸の度に喉を洗う酸性は、声帯を融かし、もはや呼吸すらままならない。
 しかたなく、源は首をもたげて吐血した。
 背もたれだけのシンプルな木の椅子に縛りつけられた源の膝が血に染まるのを見て、対面のテーブルで自慰に耽る紗琥耶は艶然と微笑む。

「へえ、意外といい血色」

 嬌声のような声音で呟くと、源の口から糸を引いて太腿に垂れる血を指を這わせてすくい上げ、自らの秘部に塗り込んでいく。

「ん………ぁ……ク……」

 源は死体と血と精液で汚れた床から目を引き剥がし、血まみれの秘部を掻き混ぜては太腿を痙攣させて達する悪趣味この上ない女を、エララの放つ真っ赤な警告アラートエフェクト越しに見上げる。詳しくは数えていないが、こうして眼前に秘部を開帳されてから、ゆうに5回は達している。複数の男の輪姦相手を引き受けてなお、紗琥耶の欲望は枯れない。

『どんだけイキャ満腹になんだテメェは』

 心底ウンザリしながら、それでも付き合ってやるのは、源なりに紗琥耶の事情を斟酌するからだ。
 紗琥耶にとって、快感と痛苦は重要な自己認識だ。
 あの悲劇を経て、紗琥耶の身体のほとんどは人工物ナノマシンに置き換わり、彼女の価値観に大きなバイアスがかかった。彼女の自我が生身の身体を懐かしみ、生体としての刺激を強烈に求め出した結果だった。
 特に彼女が求めたのは、肉欲という実にシンプルな欲求。枯渇した抗いがたい欲求を埋めるため、紗琥耶はセックスと戦闘に没頭する。
 しかしながら、生身の頃からこの2つに明け暮れていた彼女にとって、そんな歪な生ですら謳歌しがいのある生き方でしかなかった。人が見れば悲劇的に見える人生を、笑いながら享受する。それは、まごうことなき紗琥耶の強さの証明であり、魔性の女ファム・ファタールの証明だった。

『そろそろ動かねぇと、アイツの動きに合わせらんねぇ』

 気の向くままに官能と残虐に踊る紗琥耶に対し、どこまでも己の正義に苦悩する道を選んだ者もいる。
 そういった意味では、正岡絵美は紗琥耶の対極にいる存在だ。
 幼い頃に家族を目の前で殺害され、それでも正義を求めてどん底から這い上がった絵美の苦労と葛藤を、源は知っている。
 それだけに、彼女が今どれだけの無念を懐き、屈託に苛まれているかが、源には分かった。予期せぬ病魔に蝕まれ、城に幽閉された姫のようにただ待つしかない立場に甘んじる絵美の次手が読める。

「おぃ糞ビッチ、そろそろ……ッ……とっとと終わらせろ」

 ようやく潰瘍の侵攻が一段落したと思えば、再び痛みがぶり返してきた。思わず睨みつけると、自身の愛液と源の血に塗れた手を舐めながら、紗琥耶は艶然と笑う。

「やぁーだ♪」
「テメェ、話が……ッ違ぇぞ」

 紗琥耶の嗜虐趣味につき合う条件として、源は皮膚の一割と手足の爪四ヶ所、左耳の鼓膜と消化器官のどこか一つを差し出し、彼女のナノマシンに自然回復促進をさせることだった。
 だが、すべてを享受しイジり終えてなお、彼女は続きを楽しもうとしている。これでは話が違う。いよいよ、『ヤベェかもしんねぇ』と頭の片隅で焦りが広がる中、紗琥耶が源の背後を指示した。

「だって混ぜて欲しそうなんだもん♪」

 いつからそこにいたのだろうか?

「お前、どぉやって」
「混ざる?」

 瞠目する源の視線と目を眇める紗琥耶の視線を受けて、死体の転がる部屋を前に愕然とたたずむ皇幸美の姿があった。パクパクと言葉にならない悲鳴を上げる彼女の姿は痛々しく、泳ぐ視線は逃げ場を失い、一度だけとはいえ彼女を救った男の目に着地する。

「……っそ!おぃ糞ビッチ、終わりだ」

 戒めを一瞬で引きちぎり、源は崩れ落ちる幸美を抱き支えた。顔を蒼褪めさせた幸美は、源の目を見詰めたまま強く強くその袖を掴む。

「いやだ……」
「あ?」

「いやだ……いやだよ……」

 自らの腕の中で譫言を繰り返してガタガタと身体を震わせ出す幸美に、源は困惑する。

「エララ、すぐにガキの脳波スキャニングだ!俺に割いてる自然回復促進機能リソース回せ!このガキどぉなってる⁉」

 語気を強めてエララに指示しつつ背後を見ると、紗琥耶は自慰を再開していた。口角を吊り上げ、異常な反応を見せる幸美をダシ・・に、源の血を潤滑油にした性器を掻き混ぜている。もはや、今の彼女にはなんでもオカズ・・・になるのだろう。
 胸糞の悪くなる光景から目を逸らして、源はエララを問い質した。

「どぉだエララ、なんか分かったか?」
《強烈なストレス値を計測。フラッシュバックなどの幻覚を見ているようです。また、それにより外部刺激を受けつけていません。深刻な自閉状況です》

「なんだそりゃ、外部要因による干渉か?」
《外部干渉は認められません。過去に負った心的外傷(トラウマ)による自閉と推測されます》

「そこから呼び戻せりゃなんとかなんのか」

 考える。
 本任務において、肝要なのは皇幸美を無事に帰すことだ。
 そして無事の条件には、心身ともに、という但し書きがつく。

「……T.T.S.特権を行使する」

 意を決してそう告げた。
 任務遂行において、他に方法がない場合にだけ適用される超法規的措置。それがT.T.S.特権だ。
 今回源が適用と判断したのは、幸美の意識に介入する脳内潜入だ。2176年では特殊医療か重犯罪捜査の際に、然るべき手続きを踏んだ場合にのみ施行される人権と大義を天秤にかける行為だ。
 しかしながら、現状源に出来る策はこれしかない。
 となれば、迷う時間すら惜しかった。
 だが。

「おい、エララ……エララ?」

 頼れるもう一人の相棒バディ、エララが応えない。それどころか、視界のARコーティングや肉眼視認化拡張現実ナナフシまで剥がれ始めていた。

『おぃ待て、まさか落ちたのか?』

 いよいよ運に見放されたのか、時を同じくして、紗琥耶のナノマシンが再び源の胃を喰らい出した。当然、エララによる自然回復促進のバックアップはない。

『クッソ……ゴハッ……」

 バシャっと自分でも驚くほど吐き出した血に、顔が映る。
 ドン詰まりだ。
 身体を抉られ続け、相棒バディの援護は得られず、対象パッケージは自我崩壊の危機にある。あまりに厳し過ぎる状況を前に、孤立無縁だ。

『ヤベェ、マジでヤベェぞコレ……』

 食道を駆け上がり、止めどなく喉を洗って口から溢れ出る血を前に、意識が遠退いていく。
 本気で死を覚悟した、その時だった。

《……ん、源!きこえる⁉源!》
「ひゅぅ……ゲホッゲホッ!」

 突然気道が開き、血が止まった。視界に広がるARコーティングが復活し、体内異物である紗琥耶のナノマシンの除去が始まった。潰瘍の癒える速度が上がり、骨髄からの造血が促進されていく。
 同時に、紗琥耶の脳内麻薬の分泌量がイコライザーで表示され、幸美の延髄のマイクロチップへのハック準備が整った。
 あまりにすべてが一瞬で、快復直後の源はすぐに状況が呑み込めない。

《よかった。いきてた》
「ゲホッ……お前、柴姫音か?」

《そうだよ。絵美にいわれておてつだいしにきたの!》
「エララは?」

《トーケツした》

 その一言に、源は心の底からホッとした。
 エララと紫姫音のスペックの差は明確だった。すべての処理を一瞬で済ませた紫姫音は、なんでもない風に告げる。

《タイナイのナノマシンのジョキョはおわったよ。紗琥耶ののーないまやくのチョウセイもさっきはじめた。そこの子にノーナイセンニューするならいってね》

 頼もし過ぎる相棒バディの合流に、思わず源の頬も綻んだ。

「そぉか、絵美に言われてきたんだな?」
《うん。あ、絵美からメッセージだよ。“合図はエリに従って”だって》

「そぉか」
『ありがとな、絵美』

 どうやら、また絵美にギリギリのところを救われたらしい。この場にいずとも、確かなサポートをして見せる相棒バディに心から感謝して、源は目を瞑って紫姫音に命じる。

「紫姫音、幸美に潜るぞ」
《りょーかい!》

 まもなく、激しい頭痛とともに、源と幸美の意識シンクロが始まった。

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