T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-15

15
~1937年5月15日PM1:45
カタルーニャ共和国 バルセロナ~

「うっ……クソッ」

 酒場バルの扉を開けた途端、最悪な臭いがした。尿と精液と汗と血と、およそ生体の放つすべての臭いを集約した空気だ。これまで源はあらゆる状況の中で様々な臭いを嗅いできたが、ここまで酷い臭いはそうはなかった。
 ゲホゲホとむせ返っていると、傍らで腰のベルトを掴まれた幸美が顔を顰める。

「なにやってんの?」
「黙ってろ」

 生唾を飲み込みつつ、源は幸美を引き摺って酒場バルの裏手に回った。

『あの糞ビッチ、ハメ倒してただけじゃねぇか』

 どうやら源と別れてからこっち、紗琥耶はズッとここでお楽しみ・・・・だったよ・・・・うだ・・。紗琥耶が追っていた男が仕掛けたのだろう手榴弾グレネード釣り糸デグスを使った罠が、薪束の影でジッと出番を待っていた。ワザとらしい張り方をされた罠は等間隔で路地裏に伸びていく。
 どう見ても誘導だ。

『野郎どぉしても紗琥耶に一杯喰わせてぇらしぃな』

 だが、今回に限って、それは福音だ。源は手早く手榴弾グレネードを手で抑えて釣り糸デグスを引き抜き、荷馬車を係留するための酒場バルの壁につけられた金輪と幸美の手を縛る縄とを釣り糸デグスで結ぶ。

「ちょっと、なにすんのよ!」
「うるせぇ黙ってここで待ってろ。すぐ戻る」

 ピシャリと幸美を黙らせ、源は酒場バルの勝手口のドアを開けた。
 倉庫は表より幾分か臭いも収まっているが、こちらもこちらで別の悪臭で満ち満ちていた。
 どうやら元々ここにいた連中は酒場バル中の容器を空にするつもりだったらしい。飲んでは吐いてを繰り返す内に、トイレに駆け込むのも億劫になったのだろう。吐瀉物に塗れた床はヌルヌルとよく滑った。
 不快指数の急上昇にストレス値もうなぎ登りだが、なんとか客間へ続く扉にたどり着く。
 そっと中を覗くと、後背位と口姦を同時に楽しむ紗琥耶が見えた。美しい顔立ちを陶然と蕩けさせ、どこまでも快感に従順に行為に耽る姿からは、ある種の神々しさすら感じる。
 だが、源はそんな神々しさに興味はない。
 注目すべきは相手の方。
 ハメているようでハメられている男たちの方だ。恍惚とした表情で、涎すら垂らしながら目を血走らせて腰を振る哀れな男と、口での奉仕にうっとりと酔いしれる男を確認して、源は胸を撫で下ろす。

『仕込みは終わってるみてぇだな』

 源からすれば、よほど奇を衒った奇襲でもない限り、この時代の兵士たちなど脅威ではない。
 問題なのは、源同様兵士たちをもてあそぶ紗琥耶の、ある殺し方・・・・・だ。
 その仕込み・・・が終わっているのは、源にとって幸運だった。

「おい糞ビッチ。行くぞ」

 扉を開け、男達の前にその身を曝す。
 だが、全員がボーっと源を見詰めるだけで、決して臨戦態勢に映らない。

『相当キマッてんな・・・・・・こりゃ』

 紗琥耶のナノマシンは、男たちの神経中枢に深く入り込んでいるようだ。源が恐れていたのは、なによりその散布だった。
 紗琥耶は顔を顰めて男たちを引き離す。だが、男たちは腰を振ることを止めもせず、僅かに残る精液を男性器から垂らしたまま呆けるばかりだ。

「空気も読めねえのかよ。楽しんでるとこだろ。……醒めたわ」
「だったらとっとと片づけろ。対象パッケージが外にいる」

「うるせえな。だったらそこの間抜けでも潰してろよ」

 紗琥耶の言葉に視線を転じると、扉のすぐ横に兵士がつっ立っていた。涎を垂らし、顔を緩ませ、視線は虚空を漂っている。快感の坩堝に呑まれて忘我しているのは明らかだ。ここで死んでも本望だろう。

「ってことだ。まぁせいぜい気持ちよく逝けよ」

 言うが早く、源の拳が兵士の頭を一閃する。それだけで、兵士の頭は身体と別れを告げ、壁のシミ・・に変わった。
 それを見て、紗琥耶も衣服を拾いながら首を横にクイッと傾げる。彼女がしたのは、ただそれだけ。それだけで、5人ほどいた兵士たちの頭がドロドロと融けていく。

 丸呑みファゴサイトシスと絵美が呼ぶこの手法は、厳しい脳内血管の脳潜入選別を擦り抜かせてナノマシンを侵入させ、快楽中枢を強く刺激し、忘我の彼方から胃酸ペプシンで融かすという、おぞましい手法だった。

「あー気持ちよかった」

 自らに挿入していた男の頭部だったゲルを指で掬い、舐めながら紗琥耶は伸びをする。
 さすがの源も気持ち悪くなったが、感づかれるのも癪なので、腕を組んでグッと飲み込む。

「ところでアンタ気づいてる?」
「なんにだ?」

「絵美ちゃんたちの方、ビックトラブルになってる」

 その瞬間、源の頭は切り替わる。

「どぉいうことだ」

 腕を解き語気を強めて問い質す源を、紗琥耶は嘲笑った。

「さあね。外のお嬢様問い質言葉責めしてみれば分かるでしょ。連れの男・・・・の事情も・・・・含めても・・・・、どう考えてもただ巻き込まれたって感じじゃなさそうだし」
「確認出来たのか?」

「小皺までクッキリ。なんにせよ、こっちも向こうもタイミングが良すぎる」

 さすが、腐ってもT.T.S.No.1といったところだろうか。
 どうやら行為におよびながらも兵士たちの記憶覗いたらしい。

「名前とかはもう思い出せないし、多分顔もだけど、この素人童貞っぽい顔、確かに見たことある。あと、殊更カタ・・・・ルーニャ・・・・出身だって・・・・・強張して・・・・いた・・のも」
『……なるほどな』

 源の脳内で、アタリ・・・があった。これまで振り回されるばかりだった状況から得た情報が、整然と整えらソートされていく。
 皇幸美の企て、彼女とともに現れた紗琥耶を知る男、絵美たちの巻き込まれた事件、そしてスペイン、カタルーニャ。
 大まかで朧げだが、全体像の端が見えた。
頼れる参謀である絵美がいない以上、せめて代理を果たさなければならない。ものすごくノらないが、仕方ない。

「おぃ糞ビッチ。提案がある」

 出来る限りポーカーフェイスを決めてはみたが、口調はどこまでも苦々しくなってしまった。
 源のテンションが下がれば、シーソーのように紗琥耶のテンションが上がる。
 情事に耽っていた時とは違う、猟奇的な笑顔を浮かべて、紗琥耶は謳う。

「条件つきでなら騎乗ってあげる」

 源の背中を、冷たい汗が流れた。

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