T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-14
14
~2176年9月30日PM4:48 東京~
「ダメよ!」
「ダメじゃ効かないんですよ!私が行かなきゃロサが!」
「今の貴女が行っても足手まといになるだけだって分からないの!?」
まさに、絶叫の応酬だった。
誰がなんと言おうと動こうとする女と、医療人として絶対に譲れない職責を果たそうとする女の激突に、誰も立ち入ることが出来ず見ているばかりだ。
絵美とマダムの激突は、T.T.S.本部にはない珍しい熱を帯び、廊下に燃え上がっていた。
だが、いよいよ一人の女性が、勇気を振り絞って口を挟んだ。
「あの、お二人とも落ち着いて下さい」
クラーク・シュクロウブは、普段詰めるI.T.C.で騒ぎを聞きつけ、現場に飛び込んできた。
絵美がワガママを言うという珍しい光景に、最初は驚いて見ていたが、いい加減火消し時だ。
「クリス。私の話を聞いて、捜査を要請した仲間が危ないの。私が行かなきゃダメだって思うでしょう?」
「クリスちゃん。貴女からも言ってあげてちょうだい!この子インフルエンザに罹っているのに無茶を言っているの!」
「いや、あの、お二人とも落ち着いて」
だが、バックドラフトもかくやと押し寄せる二人の熱波に、クラークはあっという間に呑まれてしまった。
だが、捨てる神あれば拾う神もあり。
彼女の背後からジャズシンガーのようにハスキーな声が救い舟を出してくれた。
「口論はそこまでにして、代わりにアグネスに行ってもらったらどうですか?」
場の空気を一瞬で呑み込み主導権を我物とした紙園エリは、堂々たる足取りで絵美とマダムの間に割って入る。
だが、彼女が手を差し伸べたのは絵美でもマダムでもなく、その間にいたアグネス・リーだった。
「はい、アギースタンダップ」
「アギー⁉」
「いつからいたの⁉」
アグネスは褐色の小さな手を摑まれて所在なさげに足元を見つめている。
「絵美さん。ヨーロッパ連合のP.T.T.S.に連絡はされたんですか?」
「そういえば、まだ……」
「マダム、絵美さんにはアグネスを通してP.T.T.S.の調整に回ってもらいます。No.1とNo.2のオペレーションは私が引き継ぎます。これなら絵美さんの身体の負担も減るし、感染拡大も防げます。どうでしょう?」
適格だった。一部の隙もなく、どちらの意志も損なわず、上手く折衷した完璧な提案だった。
「ええまあ、それなら」
ぼんやりとしたマダムの答えを最後に、場は水を打ったように静まり返り、さきほどまでとは別の意味で誰も口を開かない。
だが、その沈黙が逆に絵美の頭を冷やしていた。
「差し当たっての問題はアギーをどうやってスペインまで急行させるかね」
そしてもう一人、この場にいずとも誰より状況を冷静に見つめ、把握している人物が口を開く。
《心配ないよ》
声はすれども姿は見せずに、鈴蝶は溜息を吐く。
《まったく、絵美ちゃんもマダムも、私がいないからってあまり舐めないでくれよ。T.T.S.Masterとしてエリちゃんの提案を受け入れます。っていうか、それで行こうとしてた。P.T.T.S.にはすでに連絡してある。アグネスちゃんにもさっき指令した。だから外には音速飛行可能な自動運転航空機が止めてある》
さすがの準備の良さに、誰もが舌を巻いた。
というか。
「マスター、アナタ一体どこにいるんです?」
怪訝な表情のマダムが問いかける。
同調してその顔を見る者たちの耳にも、鈴蝶の不敵な笑いが響いていた。
《まだ秘密。この件、かなりきな臭い予感がしてね、すぐに確認してみたんだが、思ったより事態は急を要するみたいだ。だが、今のところ我々の立ち回りは決して悪くはないみたいだね。状況も考えずにロサちゃんを連れ去ったのがいい証拠だ。P.T.T.S.のメンバーはロサちゃんを迎えに行っていたんだ。すぐに尾行をしているから、位置は今も正確にわかる。後はT.T.S.を待っている。アグネスちゃん、後はよろしくね》
コクリと頷いたアグネスが歩き出すと、集まった人垣がスーッと開いていく。イスラエル人を従えたモーセのような光景に、絵美は願うしかなかった。
『お願いね、思考指揮者』
小さな体で千の敵を倒す戦い方から、薔薇乃棘にそう呼称されるようになったアグネスの背中に、ロサの命運が託された。
~2176年9月30日PM4:48 東京~
「ダメよ!」
「ダメじゃ効かないんですよ!私が行かなきゃロサが!」
「今の貴女が行っても足手まといになるだけだって分からないの!?」
まさに、絶叫の応酬だった。
誰がなんと言おうと動こうとする女と、医療人として絶対に譲れない職責を果たそうとする女の激突に、誰も立ち入ることが出来ず見ているばかりだ。
絵美とマダムの激突は、T.T.S.本部にはない珍しい熱を帯び、廊下に燃え上がっていた。
だが、いよいよ一人の女性が、勇気を振り絞って口を挟んだ。
「あの、お二人とも落ち着いて下さい」
クラーク・シュクロウブは、普段詰めるI.T.C.で騒ぎを聞きつけ、現場に飛び込んできた。
絵美がワガママを言うという珍しい光景に、最初は驚いて見ていたが、いい加減火消し時だ。
「クリス。私の話を聞いて、捜査を要請した仲間が危ないの。私が行かなきゃダメだって思うでしょう?」
「クリスちゃん。貴女からも言ってあげてちょうだい!この子インフルエンザに罹っているのに無茶を言っているの!」
「いや、あの、お二人とも落ち着いて」
だが、バックドラフトもかくやと押し寄せる二人の熱波に、クラークはあっという間に呑まれてしまった。
だが、捨てる神あれば拾う神もあり。
彼女の背後からジャズシンガーのようにハスキーな声が救い舟を出してくれた。
「口論はそこまでにして、代わりにアグネスに行ってもらったらどうですか?」
場の空気を一瞬で呑み込み主導権を我物とした紙園エリは、堂々たる足取りで絵美とマダムの間に割って入る。
だが、彼女が手を差し伸べたのは絵美でもマダムでもなく、その間にいたアグネス・リーだった。
「はい、アギースタンダップ」
「アギー⁉」
「いつからいたの⁉」
アグネスは褐色の小さな手を摑まれて所在なさげに足元を見つめている。
「絵美さん。ヨーロッパ連合のP.T.T.S.に連絡はされたんですか?」
「そういえば、まだ……」
「マダム、絵美さんにはアグネスを通してP.T.T.S.の調整に回ってもらいます。No.1とNo.2のオペレーションは私が引き継ぎます。これなら絵美さんの身体の負担も減るし、感染拡大も防げます。どうでしょう?」
適格だった。一部の隙もなく、どちらの意志も損なわず、上手く折衷した完璧な提案だった。
「ええまあ、それなら」
ぼんやりとしたマダムの答えを最後に、場は水を打ったように静まり返り、さきほどまでとは別の意味で誰も口を開かない。
だが、その沈黙が逆に絵美の頭を冷やしていた。
「差し当たっての問題はアギーをどうやってスペインまで急行させるかね」
そしてもう一人、この場にいずとも誰より状況を冷静に見つめ、把握している人物が口を開く。
《心配ないよ》
声はすれども姿は見せずに、鈴蝶は溜息を吐く。
《まったく、絵美ちゃんもマダムも、私がいないからってあまり舐めないでくれよ。T.T.S.Masterとしてエリちゃんの提案を受け入れます。っていうか、それで行こうとしてた。P.T.T.S.にはすでに連絡してある。アグネスちゃんにもさっき指令した。だから外には音速飛行可能な自動運転航空機が止めてある》
さすがの準備の良さに、誰もが舌を巻いた。
というか。
「マスター、アナタ一体どこにいるんです?」
怪訝な表情のマダムが問いかける。
同調してその顔を見る者たちの耳にも、鈴蝶の不敵な笑いが響いていた。
《まだ秘密。この件、かなりきな臭い予感がしてね、すぐに確認してみたんだが、思ったより事態は急を要するみたいだ。だが、今のところ我々の立ち回りは決して悪くはないみたいだね。状況も考えずにロサちゃんを連れ去ったのがいい証拠だ。P.T.T.S.のメンバーはロサちゃんを迎えに行っていたんだ。すぐに尾行をしているから、位置は今も正確にわかる。後はT.T.S.を待っている。アグネスちゃん、後はよろしくね》
コクリと頷いたアグネスが歩き出すと、集まった人垣がスーッと開いていく。イスラエル人を従えたモーセのような光景に、絵美は願うしかなかった。
『お願いね、思考指揮者』
小さな体で千の敵を倒す戦い方から、薔薇乃棘にそう呼称されるようになったアグネスの背中に、ロサの命運が託された。
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