T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-13
13
~1937年5月15日AM12:32
カタルーニャ共和国 バルセロナ~
ズキズキする頭の痛みで目を覚ました。
カチャリカチャリと金属を組む音に、左頬をテーブルから引き剥がす。音源に目を向けると、老銃職人が血眼になってスターを組んでいた。その必死さを見て、ようやく源は現状を再認識する。
「ようやっとお目覚めか。ほら、早くしねえと、爺さんはもう始めちまってるぜ」
背後で兵士の言う通り、老銃職人は早くも銃把を組み終え、撃鉄周りに取り掛かっていた。
「なんだよ爺さん、随分飛ばすな……聞いてねぇか」
ゴム製棍棒でパックリと裂けた米神から血が垂れらしつつ、源は首を回す。
「おぃ、二人どこ行った?」
源の指摘の通り、SSの人数が減っていた。老銃職人の後ろと、彼の孫娘と思われる少女の背後にいたSSが消えている。
「手前には関係ねえ。さっさとやれ。……もっとも、このジジイ腕は確かみてえだ。ほぼお前は助からねえだろうがな」
後頭部に押しつけられるルガーの感触には、正直なところ同意だった。老人の技術は早く、正確で、その進捗はすでに彼我の工数を絶望的に引き離している。
普通の人間なら潔く諦めかねない状況を前に、源は自身に割り当てられた部品に目を落とした。視線を察知したエララが、即座にスターの組み立て方をARで展開する。
『ありがとよ』
《対象の組み上げ予測はおよそ1分後です。可及的速やかに組み上げられることをご推奨します》
『わぁってる。とりあえず一通り組み方見せろ』
エララに映像を流させつつ、源はSSたちの動向を推察する。
人員を一気に半分にするのは、どう考えても懸命な判断ではない。それでも削減したということは、つまり、なんらかの理由で離れなければならなくなったということだ。
『門番の交代ってわけでもなさそぉだしなぁ』
実際、外からは断続的な銃声と爆発音と悲鳴という、気絶する前となんら変わらない音情報しか得られない。
『っつぅことは。定時報告か、一部が先行帰還したか、だな』
別段、武勲のでっち上げは珍しい話ではない。今回も恐らくそうだろう。
ここに残っている兵士たちは先行帰還した連中とどこかで別れたことになり、なんとか本部に帰還しようとする道すがら、源に襲われた老銃職人を救出した。
大まかなシナリオは、そんなところだろう。
だからこそ、老銃職人とその孫娘からSSが外れたのだ。
『まぁ、なんにせよ、ここらが仕掛け時だな』
源一人ならまだしも、今は皇幸美の身の安全が優先される。彼女に銃口が向く限り、行動に制限はかかる。
完全にゼロには出来なかったが、狙うなら今だ。
タイミングよく、エララが告げる。
《対象が銃口の組みを終えます。スターを組み終わるまであと5秒》
『いぃ具合だぜ爺さん』
老人は手を震わせ、泣き笑いを浮かべながらヒューヒューと喉を詰まらせて息を荒らげていた。もう少しで解放されるという事実が、嬉しくて仕方ないのだろう。
いよいよ銃口を組み終え、老銃職人はマガジンとラルゴー弾に手を伸ばす。
『っし、始めっか。エララ、凶運の掴み手を展開しろ。肉眼視認化拡張現実貼るの忘れんなよ』
瞬間的に、源は神資質を使った。
光速を捉えられる神罰を免れる目と光速で動かせる手、神を掴む手の組み合わせが、常人では叶わない速度でスター・モデルMを組み上げる。
震える手で弾を込めた老銃職人がスライドを引いて銃を正眼に構えた時には、源も左手で構えた銃で老人を照準に収めていた。
「お前、今なにした」
背後のSSが呆けたように呟く。
源は相手にしなかった。
「撃て爺さん」
自分の頭にカタカタと震える銃口を向け、トリガーに指を掛ける老人に、真っ直ぐに視線を送って離さない。
フーフーと息を荒げた老人は答えない。ただその血走った目からボロボロと涙をこぼし、食い縛った歯から涎を垂らしている。
「俺を撃て」
今一度、源は老人に促す。
傍らで老人の孫娘がなにか喚いているが、構わない。
「早くしろジジイ!そいつを撃て!」
「るせぇ!黙ってろ三下!」
幸美に銃を向けるSSが喚くのを一喝し、源は老人の向ける銃口に胸の位置を合わせた。
茹だるような暑さを感じるほどに、場の空気は緊張していた。誰も彼もがじっとりと汗をかき、呼吸すら遠慮している。
「さあ、撃て。それで全部終わりだ」
「すまん……すまん……」
ボロボロと泣きながら、絞り出すように繰り返す老人の指に、力を加わっていく。
段々と、引き金から遊びがなくなる。
老人が耐え切れず、目を瞑る。
いよいよ撃鉄が落とされる。
その瞬間。
源は右手に隠していた9mmパラベラムを幸美の背後に射出した。それは、今もなお源の背後に立ち続けるSSからゴム製棍棒で殴られる寸前に掏っておいたルガーの弾だ。
凶運の掴み手で覆われた指が撃鉄代わりに雷管を叩く。
同時に、老人の持つ銃の撃鉄も落ちた。
雷管が弾け、薬莢の中の火薬が爆ぜる。
折り重なる発砲音の中、源は自らに向かってくるラルゴー弾を右手で摘まむ。そのまま、背後のSSの眉間に軌道を逸らす。
固く閉ざしていた目を開けて、老銃職人は大層驚いた。
当然だ。目の前に、覚悟を決めて撃ち殺したはずの男がいるのだから。
「よぉ爺さん。命拾ったな」
死んだはずの男が生きている代わりに、なぜか二人のSSが死んでいる。
不可解な状況に首を捻るしかない老人は、力なく呟いた。
「一体、なにが?」
「ナイスショットだったぜ。お陰でアンタの娘も助かってる」
呆ける老人に、源は気絶した孫娘を引き渡す。失神して意識こそないものの、幸いにも外傷は見られなかった。それに安堵したのか、泣きながら孫娘を抱く老人に、源は警鐘を鳴らす。
「悪ぃが無事を喜ぶのはヨソでやってくれ爺さん。さっさと逃げねぇとあいつら戻ってくんぞ」
「ありがとう。貴方は命の恩人だ」
「わぁったから、さっさと行け」
老人の握手要求に応じた源は、その出立を見送って扉を閉めた。宥恕のない、緊張に満ちた空気は凍りつき、熱気の去った部屋は、SS二人の死体を安置する地下墓所のように静まり返る。
思わず、溜息が出た。
時空跳躍先での当時の人との接触は、さすがの源も、とても緊張する。
SSのような生殺可能な相手ならばまだしも、先ほどの老銃職人のような一般人には未来人と悟らせずに見逃してもらわなければならない。出来れば印象にも残りたくはなかったのだが、今回は状況が状況だけに、表沙汰にならない方に賭けた判断だった。
『それもこれも、全部このお荷物のせいだな』
拘束されたまま項垂れる幸美を見下ろし、源は溜息を吐く。
「おぃ、クソガキ。無事か?」
ぷいと顔を背けるだけでなにも言わないので、源は思い切り床を踏み鳴らした。ビクリと肩を震わせた幸美に、源は今一度嘆息する。
「んなビビっといて強がってんじゃねぇよ」
「……礼なんか言わないからね」
「いらねぇよ、んなもん。テメェが死んだら色々面倒臭ぇから訊いただけだ。とっとと立て、帰るぞ」
「じゃあこれ解いてよ、上手く立てないのよ」
いよいよ面倒くさくなって、源は幸美の腰のベルトを掴んで持ち上げた。
「きゃああああ!ちょっと!なにすんのよ!」
「これで立てんだろ?立てるもんなら立ってみろよ」
置物のように座った状態のままブラブラと揺れる幸美が源を睨む。
「ったく、どんだけ能天気なんだよ。戦場のど真ん中で腰抜かしといて強がるんじゃねぇ。まぁ、運び易くていぃけどな」
不貞腐れる幸美を抱き上げ、源は次にすべきことを考える。
『あの糞ビッチちゃんと殺し終えてんだろぉなぁ?』
若干嫌な予感がしつつも扉を出た。
~1937年5月15日AM12:32
カタルーニャ共和国 バルセロナ~
ズキズキする頭の痛みで目を覚ました。
カチャリカチャリと金属を組む音に、左頬をテーブルから引き剥がす。音源に目を向けると、老銃職人が血眼になってスターを組んでいた。その必死さを見て、ようやく源は現状を再認識する。
「ようやっとお目覚めか。ほら、早くしねえと、爺さんはもう始めちまってるぜ」
背後で兵士の言う通り、老銃職人は早くも銃把を組み終え、撃鉄周りに取り掛かっていた。
「なんだよ爺さん、随分飛ばすな……聞いてねぇか」
ゴム製棍棒でパックリと裂けた米神から血が垂れらしつつ、源は首を回す。
「おぃ、二人どこ行った?」
源の指摘の通り、SSの人数が減っていた。老銃職人の後ろと、彼の孫娘と思われる少女の背後にいたSSが消えている。
「手前には関係ねえ。さっさとやれ。……もっとも、このジジイ腕は確かみてえだ。ほぼお前は助からねえだろうがな」
後頭部に押しつけられるルガーの感触には、正直なところ同意だった。老人の技術は早く、正確で、その進捗はすでに彼我の工数を絶望的に引き離している。
普通の人間なら潔く諦めかねない状況を前に、源は自身に割り当てられた部品に目を落とした。視線を察知したエララが、即座にスターの組み立て方をARで展開する。
『ありがとよ』
《対象の組み上げ予測はおよそ1分後です。可及的速やかに組み上げられることをご推奨します》
『わぁってる。とりあえず一通り組み方見せろ』
エララに映像を流させつつ、源はSSたちの動向を推察する。
人員を一気に半分にするのは、どう考えても懸命な判断ではない。それでも削減したということは、つまり、なんらかの理由で離れなければならなくなったということだ。
『門番の交代ってわけでもなさそぉだしなぁ』
実際、外からは断続的な銃声と爆発音と悲鳴という、気絶する前となんら変わらない音情報しか得られない。
『っつぅことは。定時報告か、一部が先行帰還したか、だな』
別段、武勲のでっち上げは珍しい話ではない。今回も恐らくそうだろう。
ここに残っている兵士たちは先行帰還した連中とどこかで別れたことになり、なんとか本部に帰還しようとする道すがら、源に襲われた老銃職人を救出した。
大まかなシナリオは、そんなところだろう。
だからこそ、老銃職人とその孫娘からSSが外れたのだ。
『まぁ、なんにせよ、ここらが仕掛け時だな』
源一人ならまだしも、今は皇幸美の身の安全が優先される。彼女に銃口が向く限り、行動に制限はかかる。
完全にゼロには出来なかったが、狙うなら今だ。
タイミングよく、エララが告げる。
《対象が銃口の組みを終えます。スターを組み終わるまであと5秒》
『いぃ具合だぜ爺さん』
老人は手を震わせ、泣き笑いを浮かべながらヒューヒューと喉を詰まらせて息を荒らげていた。もう少しで解放されるという事実が、嬉しくて仕方ないのだろう。
いよいよ銃口を組み終え、老銃職人はマガジンとラルゴー弾に手を伸ばす。
『っし、始めっか。エララ、凶運の掴み手を展開しろ。肉眼視認化拡張現実貼るの忘れんなよ』
瞬間的に、源は神資質を使った。
光速を捉えられる神罰を免れる目と光速で動かせる手、神を掴む手の組み合わせが、常人では叶わない速度でスター・モデルMを組み上げる。
震える手で弾を込めた老銃職人がスライドを引いて銃を正眼に構えた時には、源も左手で構えた銃で老人を照準に収めていた。
「お前、今なにした」
背後のSSが呆けたように呟く。
源は相手にしなかった。
「撃て爺さん」
自分の頭にカタカタと震える銃口を向け、トリガーに指を掛ける老人に、真っ直ぐに視線を送って離さない。
フーフーと息を荒げた老人は答えない。ただその血走った目からボロボロと涙をこぼし、食い縛った歯から涎を垂らしている。
「俺を撃て」
今一度、源は老人に促す。
傍らで老人の孫娘がなにか喚いているが、構わない。
「早くしろジジイ!そいつを撃て!」
「るせぇ!黙ってろ三下!」
幸美に銃を向けるSSが喚くのを一喝し、源は老人の向ける銃口に胸の位置を合わせた。
茹だるような暑さを感じるほどに、場の空気は緊張していた。誰も彼もがじっとりと汗をかき、呼吸すら遠慮している。
「さあ、撃て。それで全部終わりだ」
「すまん……すまん……」
ボロボロと泣きながら、絞り出すように繰り返す老人の指に、力を加わっていく。
段々と、引き金から遊びがなくなる。
老人が耐え切れず、目を瞑る。
いよいよ撃鉄が落とされる。
その瞬間。
源は右手に隠していた9mmパラベラムを幸美の背後に射出した。それは、今もなお源の背後に立ち続けるSSからゴム製棍棒で殴られる寸前に掏っておいたルガーの弾だ。
凶運の掴み手で覆われた指が撃鉄代わりに雷管を叩く。
同時に、老人の持つ銃の撃鉄も落ちた。
雷管が弾け、薬莢の中の火薬が爆ぜる。
折り重なる発砲音の中、源は自らに向かってくるラルゴー弾を右手で摘まむ。そのまま、背後のSSの眉間に軌道を逸らす。
固く閉ざしていた目を開けて、老銃職人は大層驚いた。
当然だ。目の前に、覚悟を決めて撃ち殺したはずの男がいるのだから。
「よぉ爺さん。命拾ったな」
死んだはずの男が生きている代わりに、なぜか二人のSSが死んでいる。
不可解な状況に首を捻るしかない老人は、力なく呟いた。
「一体、なにが?」
「ナイスショットだったぜ。お陰でアンタの娘も助かってる」
呆ける老人に、源は気絶した孫娘を引き渡す。失神して意識こそないものの、幸いにも外傷は見られなかった。それに安堵したのか、泣きながら孫娘を抱く老人に、源は警鐘を鳴らす。
「悪ぃが無事を喜ぶのはヨソでやってくれ爺さん。さっさと逃げねぇとあいつら戻ってくんぞ」
「ありがとう。貴方は命の恩人だ」
「わぁったから、さっさと行け」
老人の握手要求に応じた源は、その出立を見送って扉を閉めた。宥恕のない、緊張に満ちた空気は凍りつき、熱気の去った部屋は、SS二人の死体を安置する地下墓所のように静まり返る。
思わず、溜息が出た。
時空跳躍先での当時の人との接触は、さすがの源も、とても緊張する。
SSのような生殺可能な相手ならばまだしも、先ほどの老銃職人のような一般人には未来人と悟らせずに見逃してもらわなければならない。出来れば印象にも残りたくはなかったのだが、今回は状況が状況だけに、表沙汰にならない方に賭けた判断だった。
『それもこれも、全部このお荷物のせいだな』
拘束されたまま項垂れる幸美を見下ろし、源は溜息を吐く。
「おぃ、クソガキ。無事か?」
ぷいと顔を背けるだけでなにも言わないので、源は思い切り床を踏み鳴らした。ビクリと肩を震わせた幸美に、源は今一度嘆息する。
「んなビビっといて強がってんじゃねぇよ」
「……礼なんか言わないからね」
「いらねぇよ、んなもん。テメェが死んだら色々面倒臭ぇから訊いただけだ。とっとと立て、帰るぞ」
「じゃあこれ解いてよ、上手く立てないのよ」
いよいよ面倒くさくなって、源は幸美の腰のベルトを掴んで持ち上げた。
「きゃああああ!ちょっと!なにすんのよ!」
「これで立てんだろ?立てるもんなら立ってみろよ」
置物のように座った状態のままブラブラと揺れる幸美が源を睨む。
「ったく、どんだけ能天気なんだよ。戦場のど真ん中で腰抜かしといて強がるんじゃねぇ。まぁ、運び易くていぃけどな」
不貞腐れる幸美を抱き上げ、源は次にすべきことを考える。
『あの糞ビッチちゃんと殺し終えてんだろぉなぁ?』
若干嫌な予感がしつつも扉を出た。
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