T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-6
6
~2172年9月30日PM1:42 東京~
「時間跳躍開始!」
エリの状況報告が済むと同時に、指令室が赤く染まった。
「跳躍先磁場の位相に急激な変化アリ!」
赤色灯がグルグルと部屋全体を明滅させ、甲高いアラートが場の雰囲気を張り詰める。
「何?」
傍らで立ち上がった絵美とは対照的に、源はその様子を冷静に見つめる。
「来やがったな」
「どういうこと?」
源の言葉に引っ掛かった絵美が振り返った。
源は目だけ向けて応じる。
「薔薇乃棘からすりゃ、T.T.S.作戦は絶対に成功させちゃなんねぇ。なら、わかんだろ?」
「妨害」
「あるいは時空間跳躍の経路を使っての先制攻撃とかな」
「でもそれならI.T.C.が……」
「おぃおぃ、薔薇乃棘にはTLJ-4300SHの開発者がいんだぞ。しかも声明には挑発の意志が明確だ。バカでも罠だってわかりそぉなもんだが」
視線の片隅でアスマアが硬直しているのを確認して、源は目を逸らす。
『危機感知も出来ねぇ上役に付き合わされんのも可哀そぉなもんだ』
時空間跳躍が始まって間もなく。
目を潰すほどの閃光と耳障りな音の中にあったエドワードと紗琥耶の耳に、奇妙な雑音が混ざり出す。ピンと張った布をナイフで切るようなテンションを感じさせる鋭い音が、鼓膜を裂くようだ。
「なんだ!」
発したはずの自分の声が骨伝導でしか聞こえない。
跳躍前にいた位置を元に、大まかに紗琥耶のいると思われる場所に手を伸ばした。
僅かに紗琥耶の手と思われるものに触れた、と同時に、彼女が何か言っているのを感じ取る。
「……の……レ……」
「とにかく伏せろ!」
精一杯声を張り上げながら、エドワードは触れたものを握りしめて腰を下ろした。
そうしている間にも、音は増幅して行き、白とびした世界が続く。
『どんな手を使った!』
薔薇乃棘による先制攻撃の可能性は、エドワードも予期していた。
武力による先制ならば、エドワードは即応できるが、技術的な攻撃に関しては門外漢だ。
I.T.C.を信じるしかない。
『だがそれとて無茶な話だ。相手には開発者本人という資源がいるのだから』
それでもエドワードが前に出たのは、正義感の強さと戦闘力の高さがあったからだ。
しかしながら、エドワードは笑った。
自分の身に何が起こるかは分からない。
だが、信頼できるバックアップがいる。
その唯一の救いが、エドワードの表情を解れさせた。
『これはいよいよ本当に何が起こるか分からないな……源、何かあったら頼むぞ』
かつて、戦争犯罪を撲滅していた頃、エドワードも新人類組成計画の噂は小耳に挟んでいた。
徹底的な痕跡洗浄により事実確認は叶わなかったが、その被験者とT.T.S.の選抜試験で対面した時は驚いたものだ。
だが同時に、エドワードは安堵する。
口も態度も悪いが、超人的な能力を得てなお、い源はその両腕を、人を守るために振るいに来た。
それだけで、彼の良心は充分に信頼できる。
『君と一度くらいは組んでみたいものだよ』
これからの展望に、エドワードの胸は躍った。
その時、ふと世界に闇が戻る。
ホワイトアウトからブラックアウトへの転調は、視覚を完璧な混乱に叩き落とした。
耳障りなノイズも一斉に凪いだが、こちらも残滓の耳鳴りが鼓膜にこびり付いている。
「止まっ……た?」
ぼんやり呆けた声を上げる紗琥耶の生存に安堵していると、パチンと証明が付いた。
エドワード達と共に時空間移動してきた亜実体物質のダイオードの明かりが、部屋の全貌をつまびらかにする。
「何だここは」
「4年前……じゃないね、どう見ても違う」
部屋の中は、驚くほど前時代的だった。
電子機器といえば裸電球とラジオくらいのもの、あとは何もかもがアナログだ。
「何これ」
紗琥耶が拾い上げたのは菱形の木の弾が縦に横にと無数に連なり、振るとチャカチャカと音を立てる。
彼女には意味不明な物のようだが、エドワードには見覚えがあった。
最近では骨董品や収集物でしか目にしない、東洋の古典的な計算機だ。
ふと、近くの卓袱台に載った新聞が目に入った。
手に取って、エドワードは息を呑む。
『冗談だろ?』
「跳躍先はどこ!?」
「生命兆候は確認出来てるの!?」
「跳躍先変更の原因は何!?」
緊急事態に見舞われたI.T.C.は、混乱の渦に呑み込まれていた。
先ほどとは比べ物にならない強い口調のアレッサンドラが、そこかしこに檄を飛ばす。
返す局員の言葉も荒かった。
慌ただしく苛烈なI.T.C.とは対照的に、T.T.S.の面々は棒立ちで立ち尽くしている。
そんな中、絶望的な面持ちで状況を見ていた絵美の手を取り、源は歩き出した。
「行くぞ、いぃな」
「……」
「よろしく」
呆然と立ち尽くすアスマアと、何とか頷いた鈴蝶の背中を軽く叩いて、源はI.T.C.を出る。
引き摺られるように付いて来る絵美に構わず、源はTlJ-4300SH吽號に向けて黙々と足を運んだ。
青い顔で俯きがちに付いて来る絵美の前で、源は立ち止まる。
そのまま、顔も見ずにゆっくりと拳を絵美の腹に当てがった。
「おぃ相棒、気合い入れんのは今だろ。腹に力入れろや」
紗琥耶は日本語が読めない。
だが、エドワードには読めた。
広島新聞1945年8月6日 朝刊。
人類が初めて地獄を目撃した、その日だった。
「マズい」
「何?敵?」
「紗琥耶!」
慌てて紗琥耶を抱き寄せた、次の瞬間。
エドワードの世界は再び真白に染め上がる。
ただし、今回の白い世界に音はなかった。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
「時間跳躍開始!」
エリの状況報告が済むと同時に、指令室が赤く染まった。
「跳躍先磁場の位相に急激な変化アリ!」
赤色灯がグルグルと部屋全体を明滅させ、甲高いアラートが場の雰囲気を張り詰める。
「何?」
傍らで立ち上がった絵美とは対照的に、源はその様子を冷静に見つめる。
「来やがったな」
「どういうこと?」
源の言葉に引っ掛かった絵美が振り返った。
源は目だけ向けて応じる。
「薔薇乃棘からすりゃ、T.T.S.作戦は絶対に成功させちゃなんねぇ。なら、わかんだろ?」
「妨害」
「あるいは時空間跳躍の経路を使っての先制攻撃とかな」
「でもそれならI.T.C.が……」
「おぃおぃ、薔薇乃棘にはTLJ-4300SHの開発者がいんだぞ。しかも声明には挑発の意志が明確だ。バカでも罠だってわかりそぉなもんだが」
視線の片隅でアスマアが硬直しているのを確認して、源は目を逸らす。
『危機感知も出来ねぇ上役に付き合わされんのも可哀そぉなもんだ』
時空間跳躍が始まって間もなく。
目を潰すほどの閃光と耳障りな音の中にあったエドワードと紗琥耶の耳に、奇妙な雑音が混ざり出す。ピンと張った布をナイフで切るようなテンションを感じさせる鋭い音が、鼓膜を裂くようだ。
「なんだ!」
発したはずの自分の声が骨伝導でしか聞こえない。
跳躍前にいた位置を元に、大まかに紗琥耶のいると思われる場所に手を伸ばした。
僅かに紗琥耶の手と思われるものに触れた、と同時に、彼女が何か言っているのを感じ取る。
「……の……レ……」
「とにかく伏せろ!」
精一杯声を張り上げながら、エドワードは触れたものを握りしめて腰を下ろした。
そうしている間にも、音は増幅して行き、白とびした世界が続く。
『どんな手を使った!』
薔薇乃棘による先制攻撃の可能性は、エドワードも予期していた。
武力による先制ならば、エドワードは即応できるが、技術的な攻撃に関しては門外漢だ。
I.T.C.を信じるしかない。
『だがそれとて無茶な話だ。相手には開発者本人という資源がいるのだから』
それでもエドワードが前に出たのは、正義感の強さと戦闘力の高さがあったからだ。
しかしながら、エドワードは笑った。
自分の身に何が起こるかは分からない。
だが、信頼できるバックアップがいる。
その唯一の救いが、エドワードの表情を解れさせた。
『これはいよいよ本当に何が起こるか分からないな……源、何かあったら頼むぞ』
かつて、戦争犯罪を撲滅していた頃、エドワードも新人類組成計画の噂は小耳に挟んでいた。
徹底的な痕跡洗浄により事実確認は叶わなかったが、その被験者とT.T.S.の選抜試験で対面した時は驚いたものだ。
だが同時に、エドワードは安堵する。
口も態度も悪いが、超人的な能力を得てなお、い源はその両腕を、人を守るために振るいに来た。
それだけで、彼の良心は充分に信頼できる。
『君と一度くらいは組んでみたいものだよ』
これからの展望に、エドワードの胸は躍った。
その時、ふと世界に闇が戻る。
ホワイトアウトからブラックアウトへの転調は、視覚を完璧な混乱に叩き落とした。
耳障りなノイズも一斉に凪いだが、こちらも残滓の耳鳴りが鼓膜にこびり付いている。
「止まっ……た?」
ぼんやり呆けた声を上げる紗琥耶の生存に安堵していると、パチンと証明が付いた。
エドワード達と共に時空間移動してきた亜実体物質のダイオードの明かりが、部屋の全貌をつまびらかにする。
「何だここは」
「4年前……じゃないね、どう見ても違う」
部屋の中は、驚くほど前時代的だった。
電子機器といえば裸電球とラジオくらいのもの、あとは何もかもがアナログだ。
「何これ」
紗琥耶が拾い上げたのは菱形の木の弾が縦に横にと無数に連なり、振るとチャカチャカと音を立てる。
彼女には意味不明な物のようだが、エドワードには見覚えがあった。
最近では骨董品や収集物でしか目にしない、東洋の古典的な計算機だ。
ふと、近くの卓袱台に載った新聞が目に入った。
手に取って、エドワードは息を呑む。
『冗談だろ?』
「跳躍先はどこ!?」
「生命兆候は確認出来てるの!?」
「跳躍先変更の原因は何!?」
緊急事態に見舞われたI.T.C.は、混乱の渦に呑み込まれていた。
先ほどとは比べ物にならない強い口調のアレッサンドラが、そこかしこに檄を飛ばす。
返す局員の言葉も荒かった。
慌ただしく苛烈なI.T.C.とは対照的に、T.T.S.の面々は棒立ちで立ち尽くしている。
そんな中、絶望的な面持ちで状況を見ていた絵美の手を取り、源は歩き出した。
「行くぞ、いぃな」
「……」
「よろしく」
呆然と立ち尽くすアスマアと、何とか頷いた鈴蝶の背中を軽く叩いて、源はI.T.C.を出る。
引き摺られるように付いて来る絵美に構わず、源はTlJ-4300SH吽號に向けて黙々と足を運んだ。
青い顔で俯きがちに付いて来る絵美の前で、源は立ち止まる。
そのまま、顔も見ずにゆっくりと拳を絵美の腹に当てがった。
「おぃ相棒、気合い入れんのは今だろ。腹に力入れろや」
紗琥耶は日本語が読めない。
だが、エドワードには読めた。
広島新聞1945年8月6日 朝刊。
人類が初めて地獄を目撃した、その日だった。
「マズい」
「何?敵?」
「紗琥耶!」
慌てて紗琥耶を抱き寄せた、次の瞬間。
エドワードの世界は再び真白に染め上がる。
ただし、今回の白い世界に音はなかった。
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