T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-7



 TLJ-4300SH吽號の亜実体物質の床を踏み締め、源と絵美は変わらず待機していた。
 実動任務への移行が確定してもなお待つのには理由がある。
 いつどこに跳ぶのかが確定していないのだ。
 何とか落ち着きを保つ絵美の聴覚野に、アスマアの感情を押し殺した声が響く。

《お2人、配置には着いていますね?》
「……はい」

 待望と不安の入り混じる複雑な心持ちで返事をしながら、絵美は相棒バディを盗み見た。

「で?俺らどっちに跳ばされんだ?」
《どっちとは?》

「任務続けんのか?それともエドワードアイと紗琥耶ツら回収しに行くんか?」

『……あっさり訊いてくれるわ』

 いつも通り気のない返事ではあったが、裏腹に怜悧な表情はどんな刃物よりも鋭く研ぎ澄まされている。
 今の絵美に、その表情は頼もしいと言うより羨ましかった。
 命を張ることに対する場数と経験と決意の差が顕著に表れている。
 その差が、悔しさすら懐けないほど遠いものに感じた。

《……現状、私たちはトラブルの原因さえ満足に特定できていません。恐らく跳躍中のTLJの軌道修正をしたのでしょうが、そんな技術の持ち合わせもありません。そして薔薇乃棘相手はそれを易々と行ってきた。……任務継続は現実的な判断ではない、と私は考えます。よって最優先事項はT.T.S.No.1とNo.3の救命に更新。お2人にはそちらの実動に当たっていただきます。もう……傷つけさせません》

 アスマアの声に珍しく感情が乗って、絵美は驚く。

《下知なんてもう聞いていられない!アナタたちは私の大事な部下です!死なせない!絶対に!》
「Master」

「感情的になるのは結構だがなMaster、冷静さを欠かれちゃこっちも沈む。どこに跳んで何すりゃいぃかだけ教えてくれ。後は俺らでどぉにかする」

 しばし間があったが、絵美にはその意味が分かった。
 彼女同様、アスマアも気を落ち着けている。
 そう共感出来るだけで、絵美の気持ちも上向いた。

『怖いけど、不安だけど、今出来ることをしよう』

 自分を鼓舞するために拳を胸にあてがうと、アスマアのアナウンスが再開される。

《2人跳躍先が判明しまし……っ》
「どぉした?」

《……失礼、2人の生命兆候バイタルの発信源情報を共有しておきます。……跳躍先は、1945年8月6日8:14の広島……あなた方には安全面も考慮して28分後に、跳躍設定します》
「それって……」

「……」

 絶望的な言葉だった。
 最後の希望が断たれたような気さえした。

「……分かった。絵美、柄強度FA可変型AN泉下客服BWに対放射線汚染地域用の装備と過熱地帯用装備を加えてから跳躍だ……アスマア、鈴蝶、まだ何とも言えねぇが、マダムと、それと青洲のジジィに放射性物質除去手術と重被爆組織切除手術、重度欠損人体補完機器の準備とその取り付け手術の準備、要請しておいてくれ。準備が完了し次第こっちから知らせっから、黙って俺達を跳ばせ」
《……》

《……任せて》

 言葉を失ったアスマアに代わり、鈴蝶が言葉を絞り出し、通信は途絶えた。
 自然と溢れた涙に気付きもせず、ただ深い絶望に呑まれて立ち尽くすだけの絵美は、手を取られて初めて源がこちらを向いていることを知る。

「ほれ、準備しろ」
「紗琥耶と、エドが……」

「あぁそぉだな、だからとっとと準備しろ」
「でも、だって……」

「お前望んでここに来たんだろぉが簡単に決意揺らがすんじゃねぇよ」

 震える絵美の腕をそっと掴んで、源は防塵マスク機能と放射線相殺ナノマシン、暗視機能と呼気CO2転換機能をアクティブにした。

「最悪俺に全部投げろ、ただ逸れたら厄介だから背中だけは掴んでろ。いぃな?……アスマア、準備完了だ。跳ばしてくれ」

 TLJ-4300SHが起動をし始める音が、地獄の釜の蓋が開く音に感じて、絵美は歯を食い縛って震える身体を押さえ付けた。


1945年8月6日8:18 大日本帝国 広島
 地獄が顕現していた。
 まず見えたのは、自身の瞼の裏側で周辺環境の危険を告げる真っ赤なオーロラのはためきだ。
 曰く。空気中には酸素がほとんどなく、致死量の放射線被曝の危険性が高い、気温地温ともに超高温で、皮膚燃焼を始め、気管や口腔を通して内臓にダメージが行くことは必須であり、およそ生物の生存が見込める場所ではない。との事だ。

『分かってるわよそんなこと』
《絵美、無事か?言われなくてもわかってんだろぉが、話は全部脳間無線こっちですんぞ》

《……わかった》

 ようやく4桁を下回ろうかと言う高気温下の部屋はもはや空間としての定義はないに等しい。壁も窓枠も溶け出し、“伽藍堂のよう”という形容すら過剰な脚色と言えるボロボロのコンクリートの空間には、そこかしこに隙間が目立つ。
 加えて、太陽光の一切が遮られた真っ暗な爆煙の下では、およそ光源と言うものは皆無だ。
 さらに深刻なのは、数分前に30000~60000℃を叩き出した地熱と、それに温め続けられる気温、そしてその上昇気流に乗って舞い上がる放射性物質だ。今もなお、室内であろうと、2580℃前後の熱を持つ地面からは、塵となった放射性物質が常に舞い上がって行く。

 事前の警告通り、およそ生物の呼べるものは生存不可能な環境下になかったが、それでもなお、柄強度FA可変型AN泉下客服BWを始めとするT.T.S.の装備は強かった。
 空気交換しては前述の通り深刻なダメージを負いかねない呼吸は、肺の空気を鼻腔や歯肉表面の葉緑体機能代行ナノマシンとの循環に切り替えることでカバーでき、暗視機能は部屋の様子をつぶさに拾う。短時間であれば何とか捜索をするくらいの余裕はありそうだ。

 だが、それでも人工地獄の脅威を完全には遮れない。
 靴底は今にも融け出しそうで、服の下で皮膚に塗られた外気温緩衝機能と放射線遮蔽機能を持つ無気化ローションでさえ蒸発しそうだ。暗視機能でさえ、地熱が生む気流で揺らいでいた。

 現在地は言われずとも分かる。
 今建物の形状を保っているものなど、数少ないのだから。
 後に原爆ドームと呼ばれる、広島県産業奨励館。
 間違いなく、絵美と源はそこにいた。

《絵美、こっちだ。手ぇ伸ばせ》
《……わかった》

 視界に広島のマップが展開され、マーカーが2つ落とされる。
 微弱ながらも反応する、大事な仲間の生命兆候バイタルだった。
 そうして初めてダウンロードされていると気付いた自身のデータを元に、絵美は源の背中を手で探り当てる。

《ありがとう。でも勝手に人のWITいじらないで》
《ちったぁ調子戻って来てんじゃねぇか。なら、行こぉか》

 源の言う通り、弱々しく明滅する点を見ている内に、絵美の中に正義の渇望が蘇っていた。
 あらゆる生物が滅亡した世界で、唯一動ける自分たちが動かずして、誰が助けると言うのか。そう思うと自然と足が動き出していた。
 が、さすがに進行は慎重を期さねばならない。
 無理もない話だった。
 転倒すれば無事では済まない上、広島県産業奨励館は形が残っている分、障害物は壁や柱や瓦礫として無数にあり、かつ、原形を保ったまま炭化した瓦礫は、踏み締めれば簡単にその形を失う。
 パフォーマンスが充分に発揮できないもどかしさが、喫緊の事態とのギャップからフラストレーションを溜めて行った。
 それでも文句も弱音も吐かずにいられたのは、変わらぬ使命感があったからだ。
 絵美の袖口が下に曳かれる。

《絵美、ここだ。ここに紗琥耶がいるはずだ》
《……ええ、確認したわ。こっちは任せて源はエドの所に行って》

《了解した》

 そこは一見、瓦礫の山にしか見えなかった。
 だが、視覚に被せられたARエフェクトは、確かに瓦礫の下から波紋を発している。
 間違いなく、その瓦礫の下に紗琥耶が埋まっているのだ。
 源の気配が消えた方向を見る。
 僅か10mほどの距離だが、そこから届くごく微弱な生命兆候(バイタル)波紋は、間違いなくエドワードのものだった。

『紗琥耶、今助けるからね!』

 絵美は自身の柄強度FA可変型AN泉下客服BWのパフォーマンスの一部を調整する。
 人工筋肉による膂力増強で、絵美の腕に重機並の出力能力が宿った。
 両足を肩幅に開いて踏ん張り、コンクリート資材と土壁の残骸がドロドロに混ざり合った超高熱の瓦礫の端に手を掛ける。
 力んで声を上げる事は出来ないので、精一杯歯を食い縛った。
 僅かに浮き始めた瓦礫を確認して、脳間無線で紗琥耶に呼び掛ける。

《紗琥耶!意識があれば返事をして!》

 手応えはない。
 ならば、とさらに瓦礫を持ち上げた時、それを見た。

《紗琥耶!》

 一瞬、手を放し掛ける。
 紗琥耶がいた。
 奇跡的に人のカタチを保ち、どうやら柄強度FA可変型AN泉下客服BWも形を留めている様だ。
 正直な所、絵美は部位損傷も覚悟していた。
 少しだけ安心出来たが、余談を許さない状況は変わらない。

《紗琥耶答えて!紗琥耶!》

 瓦礫を紗琥耶の上から完全に除去しようと一層力を込めた、直後。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 突然何の前触れもなく、周辺大気を吹き飛ばさんばかりの勢いで紗琥耶が泣き喚く。
 慌てて瓦礫を脇にどけると、奇妙な事に、紗琥耶の身体が動いた。
 なおも喚き続ける紗琥耶の様子を見て、絵美は気付く。

『そんな……』

 その瞬間、顔は蒼褪め、身は縮こまった。

 柄強度FA可変型AN泉下客服BWの一部、そして紗琥耶の脚の骨の一部が、瓦礫と癒着している。

 愕然としたが、棒立ちで見てもいられなかった。

《今、今傷を塞ぐから!》

 紗琥耶の柄強度FA可変型AN泉下客服BWにアクセスして対放射線汚染地域用の装備と過熱地帯用装備を急いで展開させる。
 傷口に腿のポケットから出した生体フィルムを張り付けた。

『他に、他に出来る事は何!?』

 やれる事はやったはずなのに、何かを見落としている気がして焦りばかりが身を焦がす。

《源!紗琥耶を見付けたわ!一時処置もした!そっちはどうなの!?》

 相棒に向けてがなる様に叫ぶ彼女の肩に、黒い雫がポツリと落ちた。

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