T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-2
2
~2172年9月30日PM1:30 東京~
全スタッフが慌ただしく行き交っていた。
無理もない話だ。
人類史上初の、時空を股にかけた警察行為が行われるのだ。
世界線を矛盾という犯罪から護るためには、多くの制約を掻い潜って任務を完遂しなくてはならない。
そのためには、万全の準備の更に先の準備がいる。
だから、更に先の準備としては落ち着かないのだ。
「あの、なにかお手伝いできることありませんか?」
「いえ、予備人員ですから待機していてくだされば結構ですので」
おずおずとボブヘアを傾けては、突っ撥ねられるばかりの絵美を呑気な声が繋ぎ止めた。
「いぃ加減こっちで大人しく待ってたらどぉだ?」
同じく予備人員のい源の言葉も、意味は理解できるが溜飲が下りない。
むしろ、その落ち着きっぷりに嫌悪感すら。
振り返った先のくわえ煙草に皮肉の一つも投げたくなる。
「随分と冷静ね、いいご身分で結構だこと」
「んなこたねぇさ、俺ぁ悲観してんだよ。極致に至るくらい悲観してんだ」
「極致?」
「そぉさ、悲観の極致。つまり楽観だ」
悲観も極まれば諦観となり、諦観はやがて楽観に至る。
覆水盆に返らず、山河を下りて大海に至るというわけだ。
自然の流れならば諦めもつく。
後は野となれ山となれ。
アイデンティティを証明する“らしさ”に満ちたお答えに、思わず賞賛の溜息が出た。
何とも見下げ果てた根性だが、管を巻く相手がいるだけでも幸いなのかもしれない、と開き直る気にはなった。
着任者待機ロビーの穴倉に戻り、何の気なしに源に尋ねる。
「ならご教授いただけます?どうやったらそんな極致に至れるの?座禅でも組む?」
スッとその手から煙草を1本差し出された。
冗談じゃない。
「いらないわよ」
「んだよノリ悪ぃな。……じゃあなんだ、酒でも頼むか?」
『……ああもう、アンタそういうとこよ』
こんな男に緊張を酌まれ、気まで使われた。
とてもやっていられない。
「……ええそうね、スピリッツでも頼むことにする」
生れて初めて現実逃避のために頼んだ酒を仰ぐと、確かに少し気が和らいだ。
「どぉだ?ちったぁ落ち着いたか?」
「うん、全然酔えないけどね」
「そぉかぃ。まぁ順番でもねぇのに張り切って出張ろぉとすんな。俺らの出番なんざねぇほぉがいぃんだからよ」
「……はーい」
言われなくてもわかっていた筈の事実を指摘されると、無性に恥ずかしい。
そんな絵美の屈託などどこ吹く風で、フッと主流煙を吐き出した源が呟いた。
「お出ましだ」
視線を追って、思わず絵美は駆け出す。
「紗琥耶!エドワード!」
「あ、絵美たんだー」
「うぅちょっと紗琥耶~」
麗しいと形容するにふさわしい1組の男女が歩いてきた。
長く美しい金色のポニーテールを犬の尻尾のように揺らす紗琥耶が絵美に跳び付く。
一方、紗琥耶と同じ髪色アシンメトリーの男が絵美と源に目で挨拶した。
2人とも、さながらハイブランドの専属モデルのように装いが決まっている。
「正岡さん。わざわざ見送りに来てくれてどうもありがとう。源も待機任務お疲れ様」
「いえ、今できることなんてこれくらいしかないので」
ピッと指で敬礼する仕草がモデルのように映える彼こそが、初代T.T.S.No.1、トマス・エドワード・ペンドラゴンだ。
気品すら纏う端正な顔立ちは、同性であろうともハッとさせられるほど、奇抜なアシンメトリーの髪型すら美貌に組み敷く。
紗琥耶は絵美の上からヒラヒラと源に手を振った。
不愛想な源もこれには手を挙げて応え、吸い込んだ主流煙を吐き出す。
「さっさと終わらせろ。ずっと待たされんのもダリィんだ」
着任者待機ロビーの狭い室内は、源が喫煙していたとは思えないほど匂いも煙もなく、あるのは絵美があおったスピリッツのショットグラスくらいだった。それすらも、テーブルの中に吸い込まれてすぐに消える。
ガランとした着任者待機ロビーから出た源は、執事のように手を差し出した。
「ほんじゃまぁ行ってらっせぇませ」
「ありがとう。行ってくるよ」
「じゃねー」
絵美から離れるなり、今度は源に跳びついた紗琥耶は、口をすぼめて源とバードキスする。
奔放すぎる振る舞いに、源も絵美も見ていることしかできなかった。
壁際にピタリと背中を押しつけて、エドワードは表情を引き締める。
「もし」
「あぁ?」
「もし僕たちになにかあったら、その時は頼む」
源と絵美は顔を見合わせた。
「縁起でもないこと言わないでよ」
「知るか」
同時にまったく違う意味の言葉を返す2人を見て、愉快そうに笑ってエドワードは改めて指で敬礼した。
「じゃあ行ってくるよ……Put up light until the world ends」
「じゃあねー……Orgasm keeps the doctor away」
2人の姿が消え、また長い待機の時間が始まる。
絵美の喉は、またカラカラに渇いていた。
~2172年9月30日PM1:30 東京~
全スタッフが慌ただしく行き交っていた。
無理もない話だ。
人類史上初の、時空を股にかけた警察行為が行われるのだ。
世界線を矛盾という犯罪から護るためには、多くの制約を掻い潜って任務を完遂しなくてはならない。
そのためには、万全の準備の更に先の準備がいる。
だから、更に先の準備としては落ち着かないのだ。
「あの、なにかお手伝いできることありませんか?」
「いえ、予備人員ですから待機していてくだされば結構ですので」
おずおずとボブヘアを傾けては、突っ撥ねられるばかりの絵美を呑気な声が繋ぎ止めた。
「いぃ加減こっちで大人しく待ってたらどぉだ?」
同じく予備人員のい源の言葉も、意味は理解できるが溜飲が下りない。
むしろ、その落ち着きっぷりに嫌悪感すら。
振り返った先のくわえ煙草に皮肉の一つも投げたくなる。
「随分と冷静ね、いいご身分で結構だこと」
「んなこたねぇさ、俺ぁ悲観してんだよ。極致に至るくらい悲観してんだ」
「極致?」
「そぉさ、悲観の極致。つまり楽観だ」
悲観も極まれば諦観となり、諦観はやがて楽観に至る。
覆水盆に返らず、山河を下りて大海に至るというわけだ。
自然の流れならば諦めもつく。
後は野となれ山となれ。
アイデンティティを証明する“らしさ”に満ちたお答えに、思わず賞賛の溜息が出た。
何とも見下げ果てた根性だが、管を巻く相手がいるだけでも幸いなのかもしれない、と開き直る気にはなった。
着任者待機ロビーの穴倉に戻り、何の気なしに源に尋ねる。
「ならご教授いただけます?どうやったらそんな極致に至れるの?座禅でも組む?」
スッとその手から煙草を1本差し出された。
冗談じゃない。
「いらないわよ」
「んだよノリ悪ぃな。……じゃあなんだ、酒でも頼むか?」
『……ああもう、アンタそういうとこよ』
こんな男に緊張を酌まれ、気まで使われた。
とてもやっていられない。
「……ええそうね、スピリッツでも頼むことにする」
生れて初めて現実逃避のために頼んだ酒を仰ぐと、確かに少し気が和らいだ。
「どぉだ?ちったぁ落ち着いたか?」
「うん、全然酔えないけどね」
「そぉかぃ。まぁ順番でもねぇのに張り切って出張ろぉとすんな。俺らの出番なんざねぇほぉがいぃんだからよ」
「……はーい」
言われなくてもわかっていた筈の事実を指摘されると、無性に恥ずかしい。
そんな絵美の屈託などどこ吹く風で、フッと主流煙を吐き出した源が呟いた。
「お出ましだ」
視線を追って、思わず絵美は駆け出す。
「紗琥耶!エドワード!」
「あ、絵美たんだー」
「うぅちょっと紗琥耶~」
麗しいと形容するにふさわしい1組の男女が歩いてきた。
長く美しい金色のポニーテールを犬の尻尾のように揺らす紗琥耶が絵美に跳び付く。
一方、紗琥耶と同じ髪色アシンメトリーの男が絵美と源に目で挨拶した。
2人とも、さながらハイブランドの専属モデルのように装いが決まっている。
「正岡さん。わざわざ見送りに来てくれてどうもありがとう。源も待機任務お疲れ様」
「いえ、今できることなんてこれくらいしかないので」
ピッと指で敬礼する仕草がモデルのように映える彼こそが、初代T.T.S.No.1、トマス・エドワード・ペンドラゴンだ。
気品すら纏う端正な顔立ちは、同性であろうともハッとさせられるほど、奇抜なアシンメトリーの髪型すら美貌に組み敷く。
紗琥耶は絵美の上からヒラヒラと源に手を振った。
不愛想な源もこれには手を挙げて応え、吸い込んだ主流煙を吐き出す。
「さっさと終わらせろ。ずっと待たされんのもダリィんだ」
着任者待機ロビーの狭い室内は、源が喫煙していたとは思えないほど匂いも煙もなく、あるのは絵美があおったスピリッツのショットグラスくらいだった。それすらも、テーブルの中に吸い込まれてすぐに消える。
ガランとした着任者待機ロビーから出た源は、執事のように手を差し出した。
「ほんじゃまぁ行ってらっせぇませ」
「ありがとう。行ってくるよ」
「じゃねー」
絵美から離れるなり、今度は源に跳びついた紗琥耶は、口をすぼめて源とバードキスする。
奔放すぎる振る舞いに、源も絵美も見ていることしかできなかった。
壁際にピタリと背中を押しつけて、エドワードは表情を引き締める。
「もし」
「あぁ?」
「もし僕たちになにかあったら、その時は頼む」
源と絵美は顔を見合わせた。
「縁起でもないこと言わないでよ」
「知るか」
同時にまったく違う意味の言葉を返す2人を見て、愉快そうに笑ってエドワードは改めて指で敬礼した。
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