T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-15

15


 目を開けると、なんでもないヨーロッパの空があった。
 朦々と立ち昇る硝煙と砲煙が建物の屋根で四角く縁取られ、空気には血と火薬とコゲのにおいが混じっている。
 なんてことのない、ヨーロッパの空。
 だが、コゲくさい。とてもとてもコゲくさい。
 しかもこのにおい、どこかで嗅いだことがあった。


「火消さないと禿げるわよアンタ」


「うぉ俺のかよ!?」


 慌てて源は飛び起きた。
 嗅いだことがあるわけだ。
 人体の焼けるにおいなら、ウンザリするほど嗅いできたのだから。
 手で叩き消すが、毛先はすでに結構な量が燃えて縮れていた。


「あぁくっそ、こんなコゲてんのかよ」


 あまりの惨状に溜息を吐くと、紗琥耶が横からの口を出す。


「なにそれ?陰毛?」


「っせぇ糞ビッチ……あいつらどこ行った?」


 紗琥耶はつまらなそうに顔を背けた。
 源もまた自分の身に起こったことの全てを思い出して顔を顰めていたので、紗琥耶の感情発露は見送る。
 どうやらグラシア通りとディアゴナル通りを繋ぐ路地にいることが分かった。
 裏通りだけあって、各所で石畳も歯抜けになっており、粗が目立つ道だ。
 間隙を埋める砂には車輪が横滑りした跡や大小様々な足跡フットプリントも目立った。
 素人が見ればなんでもない通りだが、2人の目には情報の宝庫だ。


「アタシも今勃っきしたから知らない……けど」


 紗琥耶がスッと一角を指示する。
 砂地の足跡フットプリントだった。
 記憶を辿ってみると、確かにそこは幸美たち2人が先程立っていた場所だった。


「事後直後の足跡フットプリントが2手に別れてる」


 僅かな間にもしっかりと幸美と男の足跡フットプリントを記録していた紗琥耶は、分析さえもすでに終え、源に情報を共有してきた。
 受け取ったデータを視覚のARコーティングに被せる。
 すぐに、2つの足跡フットプリントが帯となってペタペタと地面に浮き上がった。
 帯は片や大股でバタバタと、もう一つはふつふつと途切れながら反対方向に、それぞれ伸びて行く。
 逃走というよりむしろ追跡するような印象を受ける、明らかに素人のものではない足跡フットプリントに自然と目が行った。


「で?どっち追跡トレースすんだ?」


 何気なく尋ねる源の視線を、紗琥耶の手が遮る。


「だぁめ、そっちアタシの」


「何でだよ」


 意外な言葉に紗琥耶の顔を見て、その嬉々とした笑顔にゾッとした。
 ゾッとすると同時に、そもそもこの状況そのものに違和感があると源は気付く。


「アレ、アタシとヤりたがってるから、ちょっと跨ってあげるの」


 一方的な宣言に開いた口が塞がらないが、一応一度口を閉じて開け直す。
 違和感の正体は明確だった。
 普段の紗琥耶なら、言葉を並べるより前に死体を持ち帰ってくるはずなのだから。


「邪魔すんなってか」


 わざわざ宣言してくるあたり、どうやら本気の警告のようだ。
 思いの外感情的になっている紗琥耶に、源は動揺する。


「アイツなにもんだ?どっかの傭兵マーシーか?」


 言ってから、自分のバカさに気づいた。


「アタシをイカせる・・・・テク・・が素人童貞にあるわけねぇだろ、んなこともわかんねぇのかインポ野郎」


 心底あきれた様子で溜息を吐く紗琥耶に腹は立ったが、自覚があるので仕方ない。
 どうやら、まだ頭がしっかりと動いていないらしい。


「で、誰なんだ野郎は?」


 紗琥耶はめんどくさそうに男の足跡フットプリントを指差した。
 詳細を調べて、また自分が馬鹿な質問をしたことに源は失望する。


「知らないけど、NATO軍アタシの古巣の靴履いてんだから多分アタシの元同僚ヤリ友でしょ。何?アンタ髪陰毛になったら脳みそ灰になんの?」


 源同様、紗琥耶もまた特殊な事情を抱えている。
 違法ながら人間兵器として作られた彼女もまた、組織を抜けた後はそのアキレス腱として古巣に命を狙われていた。


「テメェのが先に起きたぶん若干頭回ってるだけだろ、いきがんなビッチ」


 問題はそんなことではない。


「んこたどぉでもいぃ、勝てんのか?そもそもお前どぉしてやられた?」


 訊かれた途端、紗琥耶は不機嫌そうにギロッと源を睨んだ。
 しかし、こればかりは仕方ない。
 幾ら気に喰わない相手だろうが、今は相棒バディだ。
 相手は人外の力を持つ者を狙い、源と紗琥耶2人の奇襲をいっぺんに退けた手練れだ。
 そんな相手にT.T.S.No.1としてどう対処するのか、訊いておかない訳にはいかなかった。
 さてどんなもんかと眺めていると、紗琥耶が手を開いた。
 その手から、サラサラと銀色の粉が零れ落ちている。


「コレ、使われた。まさか持ち出してくるとは思わなかった」


「なるほどチャフか、ってこたぁお前今」


 チャフとは無数の金属片を散布し、電波を反射させて通信遮断を狙う軍事兵器だ。


「中身まだ詰まってねぇな?」


 違和感の正体が分かった。
 紗琥耶は動かないのではない。
 動けない・・・・のだ・・
 霧散したあの瞬間。
 本当に彼女はバラバラになったのだから。
 チャフ。
 それは全細胞が・・・・ナノマシン・・・・・に代えられ・・・・・ている・・・紗琥耶には・・・・・致命的な・・・・武器だった・・・・・

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