T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-13

13
~1937年5月15日AM11:32 カタルーニャ共和国 バルセロナ~


《幸美ちゃんっぽい痕跡恥ずかしいシミ見っけた。そっち追うからアンタは勝手にやって》


 グラシア地区の目抜き通り“偉大な恵みの道”に面したポストオフィスの屋上で、紗琥耶からの事後報告を聞きながら、溜息を吐く。


「さっすがに早ぇな、あの糞ビッチ」


 損傷した腕の具合を確かめる。
 幹細胞とナノマシンの相乗投与カクテルは抜群の効果を発揮し、大火傷した左腕は凶運の掴み手ハードラックゲッターの下で徐々に元に戻り、5分で動かせるまでになった。


「さぁてどぉすっかね。あのアバズレが先に見つけそぉなら丸投げって手もあるが……」


 握って解いて具合を確かめ、源は目を瞑る。
 五感の中で最大の情報収集量を誇る目を閉じたことによって、2番手の感覚が台頭してくる。


『……ん、こいつが使えんな』


 街の音に耳を澄ませた。
 並行して、聴覚収集レベルを上げ、オシレーションの観測を試みる。


『おぉ、バラエティ豊かに飛び交ってんじゃねぇか……3……いゃ、もっとあんな』


 ここに来るまでの僅かな距離からもわかっていたが、やはり義勇軍や外国人派兵の数が多い。
 後の世では有名な話だが、多数のナチス軍やイタリア軍がフランコ側についていた。
 対する共産勢力の中にもイギリス人やロシア人が混じっている。
 この時代のスペイン国民も気づいていることだろう。自国が世界大戦の模擬戦会場にされている事実に。


「相っ変わらず欧州人は勝手な連中ばっかだな」


 改めて、源は白人社会の不条理さにうんざりする。
 源自身、その不条理が生んだ存在だ。
 だから、一時的にとは言え頭に上った血を必死に押し下げ、更に耳を澄ませる。


「エララ、集音波帯を人の声域に限定しろ」


《了解しました》


 だが、聞こえて来るのは源にとっては聞き馴染んだヨーロッパ言語ばかりだ。


「違う!エララ、西洋言語は全カットしろ!探すのは東洋の音だ!」


 エララの返答など無視して、集音域を広げて音量を上げた。
 直後、暴力的な爆破音や発砲音に頭の内側から撃ち抜かれ、思わず源は呻く。


 勝算はあった。
 この時代のヨーロッパにいるアジア人は中国人や日本人くらいのもの。
 更に言えば、中国人は・・・・戦いの・・・においに・・・・敏感だ・・・
 本土での戦火に慣れていない日本人くらいしか戦場に取り残されていない。
 もちろん、呑気な未来人もそうだ。
 だがまあ、なんにでも例外はいる。


「……っ、義勇軍に何人か日本人もいやがんな?エララ、声域を女に絞れ」


 頭の割れそうな音の洪水を掻き分け、遂に源は見つけ出す。
 「やめてよ!」と叫ぶネイティブの日本語を。


「エララ、今の声、どこからだ?」


《西に200mほど離れたグラシア通り方面です》


 治ったばかりの腕で膝を叩いて源は立ち上がる。


「っし!あの糞ビッチ捲るぞ」


《No.2。品性を疑われる発言は控えるべきと進言します》


 もはや腕の痛みはなかった。
 万全の状態を取り戻した源は屋根の縁に手をつき、更に片腕を放して腕一本で倒立する。
 軽く倒立腕立て伏せして感触を確かめた源は、グググ…と肘を曲げ。


「お前は小言を控えろエララ」


 一気に伸ばす。


 ポストオフィスの屋上から人影が消えた。
 少し遅れて、源を狙っていたであろう誰かが放った弾丸が空を切る。


 狙撃主は知る由もなかった。
 自身がターゲットにしていた男があの一瞬でベルリンの上空20mに跳躍していることも、そのターゲットが拾ったアスファルトの破片で正確に自身を狙っていることも。


 狙撃手は知らなかったのだ。
 源が聴覚情報の収集領域を広げる過程で彼の存在を認知していたことを。


「狙う以上、狙われる覚悟もできてんだろぉな!」


 腕一本で生んだ上昇力が重力と釣り合った時、一瞬の0加速度の中、指で弾いたアスファルトの破片が正確無比に狙撃手の頭を吹き飛ばした。


 この判断が迅速かつ的確にできるのが、源と紗琥耶の強みだ。
 しかしそれは戦場からやってきた2人だから可能なことで、絵美ではこうはいかない。
 市井を主な戦場フィールドにする絵美では、どうしても敵の命を奪うことに躊躇いが出る。生殺与奪が平穏無事に取って代わった世界では通用しない。


《No.2、対象を確認しました。皇幸美本人で間違いありません》


 地表に向かって加速する中、エララの言葉に源は目を走らせる。
 そして源自身も視認した。
 男の手を振り払おうともがく皇幸美の顰めっ面を。
 だが同時に。


『っちきしょ!先越された!』


 男の死角に靄が見えた。
 その靄は、イワシの群れのようにきらりきらりと色を変えながら男の背後に迫り、そして、紗琥耶の輪郭となって実体化する。


『っの糞ビッチ早ぇんだよ!』


 だが、そこから事態は更に動いた。


 男が不意に皇幸美の手を放し、実体化したばかりの紗琥耶に手を翳す。
 直後、紗琥耶が瞠目と共に霧散した。


「な!……今なにして!」


 思わず声に出る。
 失敗だった。


 男が源に視線を向ける。
 男の即応の一手目は、玩具のような銃、マイクロウェーブシューターだった。
 両手に構えられた一対のシューターが、的確に源の座標に焦点を合わせる。


 慌てて両腕を交差させたが、遅かった。
 源の身体を含む空間一帯で熱運動が活性化される。
 間もなく、源の視界は炎に包まれた。

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