T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-9




――1937年5月15日AM11:20 カタルーニャ共和国 バルセロナ――


 春風が霞んでいた。
 硝煙と砂埃が舞い上がり、時折響く爆発音がそれを更に空高く押し上げてる。散発的に飛び交う銃声と悲鳴が悪趣味なBGMとなり、美しい建物群と不気味な調和を成している。
 その建物群の一つ、カサ・ビセンスの付近で銃声とも悲鳴とも違う音が鳴り響いていた。
 人類史にその名を遺す偉大な建築家、アントニ・ガウディの処女作の隣、カルリネス通りに面するムデハル様式の修道院がその音源だった。赤外線照射機の起動音の様な秋虫の音の様な音は、次第にその強さを増し、やがてピタリと止んだ。
 修道院内の懺悔室から、一組の男女が出て来る。両名共に神父と修道服と神職の装いだが、立ち居振る舞いに敬虔さはない。
 ムデハル様式の礼拝堂の、幾何学模様が特徴的な石の床をコツコツと歩く二人は、近場で響く発砲音にも眉一つ動かさず、呑気に口を開いた。


「おぉおぉ、燃え上がってんなぁ楽しそぉじゃねぇの」


到着時報告ランレポまぁだ来てない。遅漏過ぎるのも面倒臭いのよね」


 神様に堂々と中指を立てる言葉を吐きながら、生坊主達はつかつかと歩いて行く。
 そのあべこべなコントラストが、イスラム建築とキリスト建築の融合したムデハル様式によく映えた。
 T.T.S.のNo.1とNo.2のコンビは慣れた足取りで出口まで歩を進め、源が修道院の扉に手を掛けた所で、紗琥耶に首根っこを掴まれる。


「にすんだ!」


「何感じてんだよ気持ち悪ぃ、到着時報告ランレポ聞かねえとまた絵美ちゃんに殺され掛けんだろ、それとも調教されんのが趣味なのか?キモッチワリィ、Attention」


 答えも待たずに、紗琥耶は到着時報告ランディングレポートを起動させる。


〈私だ。改めて確認すべき事だけを洗い直すよ。本件はOperation Code:G-3942。スペイン内戦真っ只中の危険Yellow-時地Black任務Stripesだ。そして、改めて説明するまでもないだろうけど、違法時間跳躍者クロック・スミスは皇幸美。とんだ撥ねっ返りみたいだけど、くれぐれも無傷で確保するように。源ちゃん頼んだよ。仲違いをするようなら、彼女の力を借りる事になるよ〉


 音声が絵美の物に切り替わった。


〈はい問題児のお二人さんこんにちは。ゲッシュの拘束力は時空間移動しても変わらず作用するから忘れないようにすること。あ、あと、ゲッシュには時空跳躍電波の常時確保機能も備わっているから、こっちで私とMasterが交代で監視するわよ。いい?〉


 問題児二人は揃って項垂れる。
 効果覿面を予想していたのか、鈴蝶が咳払いを挟んで到着時報告ランディングレポートを締め括った。


〈えーっと、連れの男については遺伝子型DNAが見付からなくて現在調査中なんだ。跳躍調達師コーディネーターの可能性も高い。時空跳躍電波が確保されているから分かり次第追って知らせるね。貴方達二人に言っても意味ないかもしれないけど、気を付けて任務に当たってね〉


 知らぬ間に手を離していた紗琥耶が源と目を合わせると、互いに深い溜息を吐く。
 どうやら、ゲッシュは本家もかくやの効力を発揮し続ける様だ。
 だが、どんなものにも抜け道はあるものだ。


「それじゃこうしましょうか」


 紗琥耶はARでコーティングされたばかりの視界で北を指差した。


「まずは情報収集ね。アタシ北地区回るから、アンタ南地区ね。じゃ」


「ちょおぃ待て」


 慌てて引き留めようとした源だが、紗琥耶は一方的に言いたい事を言いたいだけ並べて、扉も空いていない部屋から消えていた。


「マジかよ……んっとどぉしょもねぇアバズレだな」


 残された源は天を仰いでそう吐き捨て、扉を開けた。


「おぉおぉ、燃え上がってんなぁ」


 街のあちこちから濛々と煙が立ち昇っていた。スペイン全土を呑み込まんとするファシズムと共産主義の戦火は、一月程前のゲルニカ空爆を経て遂にこのバルセロナに達した。
 フランシスコ・フランコ・イ・バアモンデ将軍率いるファシズム勢力はジワジワとバルセロナを侵食し、共産主義勢力の力を借りた反ファシズム勢との戦いは今まさに烈火の如く燃え上がっている。
 焦げ臭さと血生臭さを思い切り吸い込んで溜息を吐いて、源は呻く。


「ダリィ任務しごとになりそぉだ」


 今回の任務は、後着型で、皇幸美はこのバルセロナに身元不明の男と到着し、どこかに潜んでいる。つまり、まずは相手を探索しなければならない。
 事前に先回りできれば良かったのだが、ある理由でそれは不可能だった。


「しゃぁねぇ、戦場見物でもしながら探すか」


 振り返って十字架に手を振って、口笛を吹きながら源は扉を閉める。
 バタン!と扉の締まる音が、平穏と混沌に明確な線を引いた。


「エララ、両手共に凶運の掴み手ハードラックゲッターを展開しろ。肉眼視認化拡張現実ナナフシでコーティングすんの忘れんなよ」


《了解しました。凶運の掴み手ハードラックゲッター肉眼視認化拡張現実ナナフシでコーティングしての両手展開、実行します。展開まで3分程いただきます》


『遅ぇな』「了解、なるはやでよろしくな」


 柴姫音のスペックの高さをこんな所で思い知る。特別製の柴姫音とは違うエララでは、処理に多大な時間が必要だった。
 その間も、狭い通りを逃げ惑う市民が銃声と共に倒れ、怒号を上げながら兵士は走って行く。


『しゃぁねぇとは言ぇ、不便なもんだ』


 咄嗟に源は落ちていた鉄パイプを拾った。
 一人の兵士が、源に向けて声を張り上げ銃を構える。
 ガラガラの怒号は言語を形作っていないが、その発声に源は違和感を憶えた。


『イタリア語?……なるほど、外国人義勇軍か』


 関係のない戦争に、他所の国から有志が銃を担いで遣って来る。
 ヨーロッパではよくある事だ。
 いずれNATO軍結成に繋がるこの流れは、それでも現時点では不要なボランティア精神でしかなく、この街で燃え上がる火をより一層激しくさせていた。
 イタリア人義兵の銃から、乾いた発砲音が連射される。


『反射神経で撃ってんじゃねぇよアホが!』


 Neuemenschheitherstellungplanという人体実験で得たCharismavogelperspektiveという源の左目は、世界の景色を一時停止させた。片目の視界105度ほどの世界が、完全に停止する。


 8発の弾丸が、こちらに迫っていた。
 その内3発は、源の身体を逸れ、虚空に向かっている。
 だが、残る5発は胸から腹に向けて大気を螺旋に引き裂いていた。
 ならば、源の取る行動は決まっている。


 鉄パイプを、下から上に鋭く一閃。


 特別製だが、それでも摩擦で焼ける素肌の痛みに耐える。
 鉄パイプもまた、凄まじい熱を持っていた。
 亜光速に近い速度で振り回されたパイプは、最早原型を留めていない。ドロリと熔けた灼熱の鉄が、振り抜いた方向に零れて行く。
 だが、効果はあった。
 形状が崩れるギリギリまで粘った鉄パイプの風圧が、弾丸の起動を全て巻き上げている。
 だが、代償は大きかった。


「っちぃな」


 焼け爛れた手の甲を苦悶の表情で見て、源は呻く。


「エララ、凶運の掴み手ハードラックゲッター展開したら治癒ナノマシンも展開させてくれ」


 言った直後に、凶運の掴み手ハードラックゲッターが手を覆った。


「……っ」


 下唇を噛んで痛みに耐え、涙目でイタリア義兵を睨む。


「ぜっけぇ後悔させてやっかんな、あの野郎」


 開始早々、任務のハードさが牙を剥いていた。

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