T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 1-5

~2176年9月30日PM12:05 東京~


 T.T.S.ラウンジの風景は、様変わりしていた。
 高い天井には青空が映し出され、丸ソファが嵌まった窪みの上に強化ガラスの床が展開、テーブルと椅子、昼食ランチが並んでいる。
 昼食ランチメニューはイタリアンで統一されており、サラダやピッツァ、ラザニアやパスタがブラッドオレンジジュースと共に食卓を彩っていた。


頭痛薬タイレノールは飲んだんか?」


「ええ、お陰様で躊躇いなく2錠飲み下させていただきました。本当に、面倒事を増やすのがお上手なんですね」


 隣に座る源の気遣いに綺麗過ぎる笑顔で応えて、絵美はその足を踏み付けた。
 引き攣った笑顔で源は頷く。


「えぇまぁ、ライフワークみたいなもんなんで」


 絵美は思いっきり源の脛を蹴っ飛ばした。
 痛がる源を、源を挟んで絵美とは反対側に座るロサが嘲る。


「は、ざまあ見なさい。アンタが迷惑掛けるからよ」


「ロサ、頼むから黙っていて。正直言って貴女が一番うるさいわ」


 ぶり返しそうな頭痛の気配に、絵美は米神を抑えながらロサに釘を刺した。
 閉口するロサを、対面の紗琥耶が笑う。


「絵美ちゃんの言葉攻め、相変わらず子宮にズンズン響くぅ」


「貴女もお黙りなさい。下品よ」


 嬉々として茶化す紗琥耶を、マダムオースティンが横から嗜めた。
 そんな中、マダムオースティンと並んだアグネスはまんじりともせず源を見詰めている。


「ほらほら、全員静粛に、久々にこんなにメンバー集まって昼食が摂れるんだから喧嘩しない」


 鈴蝶は全員を見回せるお誕生日席で手を叩いた。


「それじゃあ皆さん、お手を拝借。お手々の皺と皺を合わせて、はい」


 訳も分からず従ったロサの前で、全員が告げる。


「「「「「「いただきます」」」」」」


 先程までてんでバラバラだった連中が、礼儀正しく手を合わせて挨拶した。
 その事実に、ロサは驚く。


『凄……あっと言う間に皆を纏め上げた』


 T.T.S.と言う存在を、日本警察が意識しない訳がない。
 それは、上層部は勿論の事、下っ端の所轄刑事までも同様に。
 少数でありながら大きな存在感を持つT.T.S.は、厳重な日本警察の警戒網の果てに本部を構えている。
 但し、この日本警察の警戒網は、外敵にも勿論だが、実はT.T.S.に向けたものでもあった。


 それはつまり、日本警察はT.T.S.を、薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスや他のテロ組織と同等の脅威と見なしていると言う事だ。
 仮にも一国家機関である日本警察に、こうも堂々と警戒されながら、決して揺るがずに在り方を変えない組織の、その力の片鱗を見た気がして、ロサは内心震えた。


 そして、理解した。
 盤石な構えを可能としている要こそが、この甘鈴蝶なのだと。
 各々がピッツァを取ったりラザニアをよそったりする中、鈴蝶は朗らかに口を開く。
 相手は、ロサと同じ部外者。


「さて、服部エリザベートさん。改めてご用向きを伺いましょう。今日は珍しくT.T.S.のメンバーが勢揃いです。これだけの人員が一堂に会する事って案外珍しいんですよ」


 姿形も、声音も、男にしか思えない。


「予防策兼私の趣味」


 ラウンジに移動する道すがら、鈴蝶はロサにウインクと共にそう語った。
 その言葉の意味を、ロサも考えてみた。
 予防策と言うのは、尤もな話だ。
 国家から警戒されるT.T.S.の長と言う立場は、作りたくなくとも敵の生まれるポジションだ。
 そんな鈴蝶が姿形を変えるのは、自然と言えば自然な事だ。
 身体そのものを丸々入れ替えると言うのも、この時代では然程珍しくない。潜入捜査や市場調査等、様々な場面で使われている。
 下手をしたら、鈴蝶自身はどこか遠い所にいて、今いる男性体も先程の女性体も、遠隔で操っている人工憑依人体バイオロイドの可能性すらある。


 問題は趣味の方だ。


『趣味って何?男女どっちにもなる趣味?LGBTとかなら分かるけど、それにしてはがないのよね』


 差別ではなく区別として、そう言った趣味を見抜く目を持つようになったのは、刑事になってからだ。
 性的趣向は、個人の楽しみと社会的倫理の境界線上にあり、容易に犯罪と直結し易い。いつの世もこの方程式は変わらない。


 だが、それがしっくり来ない。
 つまり、性的趣向ではない可能性が高い。


『そもそも、性的趣向に溺れるタイプにも見えないしね』


 ロサとて刑事だ。人を見る目には、それなりの自信がある。


『まあでも、そこまで頭の可笑しい人ではなさそうだし。絵美さんに危害を加える訳でもなさそうね』


 ロサがそう独り言ちた所で、エリザベートが口を開いた。


「先程は失礼いたしました。僭越ながらかなはじめ様ご本人に直接依頼を逸ってしまいました。流石に礼を失しておりました。お許し下さい」


 エリザベートはキッチリ頭を下げる。
 面食らったT.T.S.達が、ピザやラザニアから伸びるチーズを払いもせず、鈴蝶を見る。
 ただ一人、源だけが我関せずとフォークを動かしていた。
 鈴蝶は視線の片隅でその様子を捉え、カフェ・オ・レを傾ける。


「お気になさらずとも結構ですエリザベートさん。それで、かなはじめにどの様なご用向きで?」


 非礼を赦しはするが、決して彼女自身を歓迎してはいない。そんなニュアンスがこれでもかとトッピングされた言葉だった。


 しかし、これとて大幅な譲歩である事は、第三者のロサでも理解出来る。
 一国家と同等の扱いをすべき機関に、土足で上がり込んだのだ。
 即処断されないだけ御の字、要件を傾聴してくれるなんて出血大サービスだ。


 エリザベートも、その辺りは重々承知しているのだろう。
 改めて礼を述べた後、居住まいを正した。


「去る9月22日、議員の一人娘の幸美お嬢様が消息を絶たれました」


「え?」


 思わず、ロサは声を上げた。
 署内でも聞かない話だ。
 行方不明、しかも議員の親族の失踪ともなれば、普通は本庁から指示が下る。
 エリザベートはロサの反応を見て、彼女に顔を向ける。


「日本警察には届け出ておりません。ですので、初耳かと存じます」


「何でそんな大事な事を通報しないんですか!」


 反射的に噛み付いたロサを、絵美が手で制した。
 鈴蝶のよく通る声が、ここまでの情報から生じる可能性を提示する。


「警察に届け出ず、こちらに話しを持って来て、源ちゃんを指名。……成程、幸美嬢は自分の意志で家を出た訳ですね」


 エリザベートは頷いた。


「でも、だったら」


 ロサの出番の筈だが、鈴蝶の言葉がそれを遮った。


「そして薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスに接触した」


 ロサは息を呑む。


薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスに?』


 世に名高き時空テロ組織。
 T.T.S.や日本警察を始め、世界中の警察機関や情報機関が血眼になって探す、技術と思想で選民する謎の組織。


 エリザベートは頷き、続ける。


「ご存知の通り、皇はタイムマシンの廃棄を推進するハト派の議員です。T.T.S.と薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスを同等の脅威と捉え、日夜タイムマシンの危険性を説いています。一方で、幸美お嬢様はタイムマシンを人類の叡智の結晶とお考えでした。それだけに、議員は幸美お嬢様が薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスに接触して消息を絶った事実を世に公表したくないとお考えです」


 どこにでもある様な、子の親に対する反抗意識が、最悪の形で像を結んでしまった、と言う訳だ。


「時間跳躍をされた事実の確認は取れたのですか?」


 絵美の問い掛けに、エリザベートは首を傾げて訊き返す。


「むしろお尋ねしたいです。お嬢様が違法時間跳躍者クロック・スミスとして名を連ねた事はございますか?」


 その問い掛けに顔を顰めた絵美を見て、ロサは源に尋ねる。


「クロックスミスって何?」


「時間跳躍した一般人パンピー


 耳聡くその会話を聞いていたエリザベートが、源に視線を向けた。


「聞けば、かなはじめ様もご親族を薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスに誘拐されているそうですね」


 源は答えず、ダルそうに椅子を上下させる。


「確かお父様の名は」


「エリザベートさん、お引き取りを」


 攻勢に転じ出したエリザベートの語気を、鈴蝶が遮った。
 エリザベートが固まり、問い直す。


「今、何と?」


「お引き取り下さい、と申し上げました。服部エリザベートさん」


 鈴蝶は出口を手で指示して首を傾げて見せた。


「よくもまあ、T.T.S.ウチを焚き付ける様な真似が出来たね。貴女、立場が理解出来ていないみたいだ。今貴女と食卓を囲んでいるのは一人一人が人間兵器と言って差し支えのない面々。誰も彼もが血に飢えた獣を隠している。強硬に出るのは結構だけれども、度を過ぎると」


 鈴蝶は手で一同を示す。


「バラバラに喰い千切られるよ」


 ロサの背中に冷たいものが走り、全身の毛穴が開いて筋肉が縮こまった。


 隣の絵美や源の雰囲気が、先程までとまるで違う。
 人としての尊厳を放棄してでも何かを為そうとする人間の目をしている。
 エゴイズムで塗りたくられたそれは、偉人の目にも犯罪者の目にも宿る光を持っていた。
 一般に忌み嫌われる事も多いエゴイズムだが、何かを為そうとする時、最後の動機になるのは、この感情だ。
「これが正しい筈だ」「これが間違いの訳がない」「こうあるべきだ」
 言葉尻こそ違えど、そんな身勝手な思いが世を動かす最後の燃料となる。


『もしかしたら、絵美さん以外は本当に……』


 しかしながら、その目つきとて、T.T.S.の専売特許ではない。
 先にも触れた通り、偉人ないし犯罪者もまた、この目をするのだ。


 ではどちらだろうか?


「舐めんなよT.T.S.」


 目の前の議員秘書を名乗る女は。


「私だってもう手段を選んじゃいられないんだよ。議員の意向に背いたんだ」


 狂った笑顔を咲かすこの女は。


「引き千切られて肉片になったってあんた達から離れない」


 果たして偉人か犯罪者か。
 何を変えたくて、こうまで狂ったのか。


「……そうですか」


 しばしの間を設けて、鈴蝶は落ち着いた声でそう呟いた。
 気付くと、食器の音も戻っている。
 先程までの殺気立った様子はどこへやら、T.T.S.の面々は朗らかに昼食を摂っていた。
 ジェノバソースのかかったパスタを頬張った鈴蝶は、ロサとエリザベートの二人にデータを送って寄越す。
 視界に展開されるデータは、薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスの情報だった。
 一部秘匿情報も含まれる様で、レッドタグの表示が幾つか見える。


「余裕のない様を魅せ付けられた所で、貴女のご依頼が我々の管轄外の事象である事は明白です。これに対処する事は越権行為に該当し、信頼を侵害する行為です。これ即ち報復を意味します。幾ら皇議員の秘書官のお相手とは言え、こればかりは出来ない相談です。その点はご理解頂きたい。その上で、我々の持ち得る情報の一部をお渡しします。そちらの所轄署員さんにもお渡ししておきましたので、ご活用下さい」


 エリザベートも変わっていた。
 深々と下げた頭を上げると、そこには柔和な笑みの秘書官が戻っている。


「いえ、そちらのおっしゃる事はごもっともですし、これだけ情報を頂ければ充分です。ご協力感謝いたします」


 立ち上がると同時に、エリザベートはロサに顎を向けた。


「では、弓削田ロサさん。貴女の署の管轄内で広域配備を要請頂けませんでしょうか」


 突然回って来たお鉢に、ロサは一瞬呆けたが、すぐにエリザベートに続いて立ち上がる。


「は、はい!分かりました!」


 早くも出口に爪先を向けていたエリザベートに続き、ロサが一歩を踏み出した時だった。


 突然、青空だった天井が緊急通知レッドアラートの回転灯の瞬きに支配された。
 T.T.S.の面々を省みると、全員が何かを傾聴している。


「何が……」


 エリザベートの顔を見ると、彼女もまたロサと同じく怪訝な顔でこちらを見返すだけだった。
 やがてT.T.S.の一人が立ち上がる。
 紗琥耶だった。


「じゃ、アタシ先にイッてるから、カウパー君がイクのか、絵美たんがイクのか、早く決めてね。でないと、先にイッちゃうゾ❤」


 言うが早く、紗琥耶はロサとエリザベートの向かう出口に向けて歩き出す。
 ポカンと見守るロサの横を通る時、紗琥耶はロサの首筋に鼻先を近付けた。


「一人が寂しくなったらいつでも言ってね」


 そして、奇妙な事が起こった。


「ロサちゃん❤」


 ロサの左側にいる筈の紗琥耶の声が、ロサの右側から聞こえ・・・・・・・・・・右頬が舐められた・・・・・・・・


「ひっ!」


 思わず振り返って後ろに仰け反ったロサの前を、紗琥耶はケラケラと笑いながら手を振って歩いて行く。
 湿った右頬の感触と紗琥耶の存在が気持ち悪くて、ロサはその場に凍り付いて紗琥耶の退室を見送るしかなかった。


「エリザベートさん」


 鈴蝶の凛々しい声が部屋を出た紗琥耶を追う様に発せられ、やっとロサは首を動かしてそちらを見る。
 険しい表情で立ち上がったT.T.S.Masterは、エリザベートに歩み寄りながらはっきりと告げる。


「今し方違法時間跳躍者クロック・スミス発生が観測されました。ヒッグス粒子を超光速素粒子に置換する過程で生じる遡行運動軌道をトレースした結果、男女2名の跳躍を確認。内一名の遺伝子情報を世界中の臓器バンクに保存された遺伝子型DNAと照合した結果」


 やがてロサの前を通り、エリザベートの眼前まで来た鈴蝶は、言葉を選ぶ様にしばし沈黙し、絞り出す様に告げた。


「皇幸美嬢のものと98.97%の一致を確認しました」


「そんな……」


 瞠目して言葉に詰まるエリザベートが、ガクリと膝から崩れる。
 その様子を、ロサは愕然と見守る事しか出来なかった。
 当然だ。
 親への反抗心が、時の遡行と言う大罪を生むだなんて、一体誰が考える?

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