T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 1-1-Side:源 No.4

~2176年9月30日AM9:02 東京~




 ピンチである。


 白い照明の部屋に置かれた、拘束椅子。
 その上に座る源は、手錠を嵌めて項垂れていた。


「んでこぉなっかねぇ」


 壁も床も天井も、病的なまでに白い部屋に、ため息は吸われていく。
 あらゆる音が吸収され、録音され、部屋中に漂うナノマシンが体温、心拍数、発汗量などのフィジカルデータに加え、眼球運動や呼吸数、筋細胞の緊張状態ストレスなどの心理データを源から採取していく。
 源以外は誰もおらず、誰の声も聞こえない、白い牢獄。


 外部情報は遮断され、自分の内面にまで部屋の白さが侵略して来そうなこの部屋は、時を経て進化した取調室だ。


 人間の可聴域ギリギリの高低二つのノイズが、不規則な振幅で不快なハーモニーを奏で、容疑者を精神的に追い詰め、昼夜を問わず白く照らし出される世界が彼らの心の闇を炙り出す。


 人間は二律背反する生き物だ。
 その落差ギャップこそが発想イノベーションを生み、創造クリエイションを成す。
 明るさだけを強調したこの部屋にいる限り、ヒトは落ち着かず、闇を求めて自身の中からそれを引っ張り出す。


 だがしかし、彼らがそれに没入することは許されなかった。
 可聴域ギリギリを彷徨うノイズ群が、彼らの意識を表層に引っ張り上げるからだ。
 結果として、彼らは素面で自身の狂気と向き合わなければならない。
 要するに、自分で自分を追いやるのだ。
 エゲツないやり方には反対の声もあるが、未だこれ以上に効果的な取り調べ方法は出て来ていない。何より、「時間の領域に手を出す」という大罪を犯した人間が現れたことにより、世論は他人の罪を看過しない風潮にあった。
 反対の声もあるが、大半は賛成の声、という訳だ。


 そんなところに閉じ込められては、さすがの源も分が悪い。
 このままでは、どんなに粘ったところで、いずれ機密が割れてしまう。
 紫姫音も取り上げられた今、彼にできるのは助けを待つことだけだ。


『まぁ取調室ここに入る段階で主将カピタンにアラート行ってんだろぉから大丈夫だろ』


 ゆったりと足を延ばして、拘束椅子に横たわる。
 本格的にやることがないのだから、仕方ない。
 何せこの空間は、現実であって現実ではないのだから。


 突然、白い部屋は真っ暗な闇の中に霧散した。
 聖書の始まりに神が「光あれ」と言って世界に光があったように、「闇あれ」と世界が応じた。
 続いて、源の首元に鈍い痛みが走った。
 縫合していた糸を切られたような、内に響く鈍さだ。


『よぉし、んで』


 呼吸を一旦止め、口から吐いてみる。
 咥えさせられていた管を吐き出し、ゴボンという気泡の音を感じる頃には、鼻腔や口腔で表面張力を感じるくらいまで感覚が戻っていた。
 同時に、自身が跪いて後ろ手に両手を拘束された体勢でいることも認識する。
 だが、間もなく手の拘束が解け、続いて両膝を繋ぎとめていた枷も外れた。
 後頭部が浸るほど入っていた液体が、排水されていく。
 跪く姿勢のまま凝った身体を芋虫のようにうねらせながら頭部をまさぐると、フルフェイスヘルメット状の脳波受信機の留め具に触れた。


「んなろ……くっそ……」


 留め具を外し、頭を引き抜くと、跪いて首を垂れる体勢の拘留者たちと、彼らが頭を突っ込む脳波受信機越しの白い小部屋が左右にずらりと並ぶ風景に出くわした。
 先ほどまで源がいたのは、あの小部屋だ。
 中には紫姫音も使っていた人工憑依人体バイオロイドが椅子に置かれ、拘留者たちは脳波受信機から意識を転送されている。
 そうすることで、拘留者たちの肉体的拘束を確実なものにすると共に、慣れない身体につい正直な反応を示してしまう彼らを自白させる狙いの設備だ。
 一般人の人権が最優先され、犯罪者やそれに協力した者には容赦のない管理社会の名残りだ。
 生理食塩水でビチャビチャの髪を掻き上げ、長い髪を絞っていると、拘留者たちの向こうに見えるドアが開く気配がした。


『来た来た』


 近付いて来る足音に合わせて、源は顔を上げる。


「……どちらさん?」


 男装の令嬢、とでも言えばいいのだろうか、細面に凛々しい目を眇めた性別不詳の顔の人物が、正装で源を見下ろしていた。


「失礼いたします」


 訝しげに拘留所を眺めていた人物は、綺麗なアルトの声で謝罪し、一礼した。
 男装の令嬢そのものだった。
 先の顔つきに短く切り揃えられた髪型まで揃った頭部こそ男性的だが、主張の強い胸とスラリと伸びた足の細さが、この人物の性別を全力で叫んでいる。
 ブラウンの瞳は、立ち上がる源に合わせて下目使いから上目使いへと変わっていった。


「T.T.S.所属のかなはじめ源様、でいらっしゃいますか?」


「いらっしゃいますが?」


 小首を傾げる源の意趣返しのような返答に、令嬢の顔が一瞬歪む。
 だが、表情を取り繕う速度は、尋常ではなく速かった。
 理由は、直ぐに知れた。


「事前連絡もせずに突然お伺いして申し訳ございません。私、参議院議員、皇 栄太の秘書をしております、服部 エリザベートと申します」


 議員秘書という言葉に、一気に源のテンションは下がった。
 深々と首を垂れるエリザベートを見下ろしつつ、心の中で舌打ちする。


『まぁ日本政府コイツらにはバレてるわなぁ』


 かなはじめ源という名は、人間兵器として一部の人間に有名だが、人間兵器そんなものの名前を憶えている連中は、余さず碌でもないクズばかりだ。
 だからこそ、源は挑発的な態度での応対を徹底する。


「へぇ、そぉかい」


「本日はかなはじめ様にお願いがあり、お伺いいたしました」


「ちょい待て、そりゃ誰からのお願いだ?」


 ピタリと、エリザベートは頭を下げたまま動かなくなった。


「皇から、となりますが……」


「何でテメェで来ねぇんだよそのスメラギってのは」


 断る口実を見付け、自然と饒舌になった勢いそのままに、源は捲し立てる。


「議員様が何の積りで俺ごときにお願いすんのか知らねぇがな、俺に頼るんだったら神様に祈ってた方がまだ現実的だぞ」


 一息に言い切り、髪を後ろに纏め上げた。
 対するエリザベートは頭を上げない。
 ピシッと背筋を伸ばして頭を下げたまま、微動だにせず、固まっている。


「おぃ、話聞ぃて……」


 没収された髪ゴムの代わりに型結びに髪を結い、無反応なエリザベートの顔を覗き込んだ。
 絶句した。


『なぁにが秘書だ、このアマ』


 秘書を名乗るには過ぎた殺気を放って、エリザベートは一点を睨んでいた。
 その反応から、何となくエリザベートの状況にアタリを付ける。


「……なるほど、ぶっちゃけ不本意、と」


 ピクリと、僅かにエリザベートの肩が揺れた。


『図星か』


「じゃ、望み通ぉりお断りしてやっから、さっさとご主人たまんとこ帰れ」


 言い終えると同時に、再び、拘置場の扉が開いた。
 今度は複数人の足音が響く。
 だが、源の関心は先頭を行くバタバタとうるさい足音だけだった。


「へい!遅いぞ主将カピターン


 案の定、ソレは彼女の足音だった。
 T.T.S.とI.T.C.、そしてP.T.T.S.を取り纏める女傑、T.T.S.Master甘鈴蝶。


「ごめーんねー、あの婦警の子がしつこくてさー」


 デベデベとペンギンが走るような足取りでやって来た鈴蝶は、雛鳥のように源の顔を見上げる。老齢の女性だからこそ逆に許される可愛らしい仕草に、源は頭を撫でくり回す事で応じた。
 抵抗もせず揉みくちゃにされっ放しの鈴蝶が指示する先には、源をぶち込んだ張本人が立っていた。


「おぉ弓削田のロサちゃんじゃん」


「変な呼び方す……しないで下さい……コレ、お返しします」


 T.T.S.Masterというビッグネームの登場に恐縮しきった所轄署員の先頭で、ゲンナリとした面持ちのロサが、指鉄砲で源の髪ゴムを飛ばして寄越した。
 待ってましたと型結びを解く源を尻目に、鈴蝶が尋ねた。


「ところで、服部さん、でしたかしらー?どーして皇議員の秘書さんがこちらに?」


 頭を下げっぱなしだったエリザベートが顔を上げる。
 その顔は、冷静さを取り戻していた。


「知っているのか、主将カピタン。って言うか気付いてたのか、主将カピタン


「当ったり前でしょー、ってか、政府関係者の名前くらい憶えておいてよ源ちゃん」


 呑気にじゃれ合うT.T.S.側の一方で、一層恐縮して姿勢を正すのは所轄警察官たるロサ達だ。


「総務大臣の秘書官様が所轄警察署に現れるなんて、現場の皆さんかわいそーですのでー、私とT.T.S.本部まで来てくださいなー、仲間外れは嫌ですしー」


 暗に「頭飛び越して部下に話通すんじゃねーよ」と牽制しつつ、鈴蝶は源にも話を振る。


「さて、源ちゃん。ものは相談なのだけどー絵美ちゃんがお熱でダウンっちゃって、代わりに任務出てもらえないかなーなんて」


 ハッとした源と驚嘆するロサの横で、エリザベートがニヤリと口を釣り上げた。
 そして鈴蝶は、そんなエリザベートを真正面から見た。


「皇議員のご用件はそのことでしょう?服部秘書……あー源ちゃん。絵美ちゃんならオースティン女史のところに搬送済みよー」


 源とロサが飛び出していく中、二人の女は互いに視線を外すことはなかった。

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