T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 1-1-Side:源 No.3

~2176年9月30日AM7:54 東京~


 公務員という仕事は、楽じゃない。
 いつの時代だって、それは変わらない。
 そんな事は分かっていた。


「はい下がって!下手に現場見たら強制的に心理療法メンタルカウンセリング受けてもらうよ!」


 AM6:45。
 東京湾岸警察署の刑事課に入った一本の電話が、事の発端だった。
 自宅からたった三ブロック先で起きたコンビニ強盗は、あっという間に警備会社の網に引っ掛かり、二人組の犯人は直ぐにお縄につく……筈だった。
 しかしながら、二人組がその実一人+武器だった事で、事件は予想外の粘りの展開を見せた。
 国内では入手の難しい軍事用M着脱A両面R汎用T性兵器W
 某アメリカンコミックのヒーローをモデルに作られたそれは、あらゆる任務や状況、環境においても圧倒的な火力を誇る。対抗するのは、それこそ超人化でもしない限り無理だ。
 そんな訳で、通報から一時間弱。休日返上で増援に駆り出されてみれば、コンビニの前で完全武装の軍事用M着脱A両面R汎用T性兵器Wが猊みを利かせていた訳だ。


――自衛軍からの増援が到着するまでの間。非常線を張り、周辺住人の避難と野次馬の抑制、報道管制をせよ――


 所轄庁には妥当だが面倒な注文オーダーを下され、色々な意味でうんざりである。
 先着部隊の非常線の張りが甘かったが為に、現場から20m程しか離れていない最前線。
 ギャラリーの圧も最高潮だった。


「ほらそこ!前出ない!軍事用着脱両面汎用性兵器アレ自動標的認知範囲キルゾーン入っても責任持てない、わ……よ……?」


 ふと、何処からか聞き慣れない音がして、音響する天を見上げた。


「……何の音?」


 知っている筈もない。
 それは、一世紀前に消えたガソリンエンジンの音。
 疾走に歓喜する文明の叫びだ。
 ギャラリーも気付き出し、じんわりと一帯に静寂が広がって行く。
 やがて、音源はギャラリーを掻き分け、姿を現した。


『な、なんだこれ……』


 今や教本位でしかお目に掛かれない骨董品ガソリンエンジン駆動の二輪バイク、Ninja 250。
 黒光りするシルエットは、二気筒エンジンの疾走の疼きアイドリングに打ち震えている。
 今の時代では珍しいフルフェイスヘルメットによって、騎乗する者の顔は見えなかった。
 だが、どこを見ているのか位は分かる。
 視線の向かう先は、間違いなく20m程後方。
 軍事用M着脱A両面R汎用T性兵器Wの佇む現場だ。
 黒いライダースーツの上からでも分かる長身痩躯。
 その引き締まった躰が、ゆっくりの下車する。


「……っ!止まりなさい!」


 警告段階を一気に跳ね上げ、躊躇う事なく銃を向けた。
 困惑一色だった場の雰囲気が、一気に張り詰める。
 謎のライダーが本庁からの援軍や腕利きの賞金稼ぎバウンティハンターなら歓迎だ。
 だが、犯人の援軍だった場合、事態は最悪だ。


「聞こえないの?止まりなさいと言ってるの!」


 相手は微動だにしていないのに、それに気付けない程混乱していた。
 だから、相手があっさりメットを脱いで素顔を晒した時には、一瞬何が起こったのか分からなかった。


「朝っぱらから何やってんだよ……」


 フルフェイスヘルメットをWITに戻した男は、褐色の肌に長い黒髪を束ねていた。
 二重瞼の美丈夫。
 パッと見の印象はそんなものだった。


「最近のコンビニは軍事用着脱両面汎用性兵器あんなもんも売ってんか?凄ぇ品揃えだな」


 だが見上げる程近くまで来た男に、発砲は出来なかった。


「と、止まりなさいって」


 理由は二つある。
 一つは、男の巨躯だ。
 187.4cmの長身は、見上げる程に高い。
 もう一つは、銃口を向けた瞬間から押し寄せた、表現出来ない威圧感だ。
 こちらには一瞥もくれないにも関わらず、確かに伝わる睨みの視線。
 緩く構えた立ち姿から、しかし一瞬でも目を離せば、容赦のない一撃を見舞って来そうな、剥き出しの敵意が向けられているのを感じる。
 その攻撃的な雰囲気に、完全に気圧されていた。
 心拍数は限界まで跳ね上がり、全身の汗腺は開きっ放し。
 銃を下ろしたくなる。
 口調は荒っぽいものの、声は全くと言っていい程リラックスしている。


『無理だ』


 身長152cmの彼女・・・・・・・・・・には、荷が重過ぎた。


「で?」


「え?」


 グイッと顔が近くに寄った。
 屈んだ男の青い瞳に情けない顔をした自分が映っている。


「え?じゃねぇよ。軍事用着脱両面汎用性兵器アレ中に人入ってんのか?」


「へ?」


 一瞬、男が何を言っているのかが分からなかった。
 敵か?味方か?所在は?身元は?あらゆる疑問が渦を巻いて、返答に窮する。
 だが、男の方はそんな事はお構いなしに話を進めて行く。


「あぁ……ったく……柴姫音、お前のお買い物の邪魔する軍事用着脱両面汎用性兵器アレの型番調べ……早ぇなおぃ」


 目を眇め、軍事用M着脱A両面R汎用T性兵器Wを睨んだ男は、しかし次の瞬間、彼女に向ってウインクした。


「ちっと借りんぞ」


「へ?」


 そして。


 音もなく橙色の直線が空を切り、派手な音と共に軍事用M着脱A両面R汎用T性兵器Wの後頭部が抉れ、その起動を停止した。


 一瞬の間の後。
 後追いで巻き上がった空気の乱れに、凍った空気が一斉に動き出した。
 わあっと蜘蛛の子を散らす様に逃げるギャラリーと、非常線を張る警官達が銃口と警告を一斉に男に向ける音。
 悲鳴と怒号と雑踏が混然一体となった嵐の中、その目の真ん中で彼女は聞いた。


「弓削田ロサ……何だ、お前絵美の元部下か。じゃ、後はよろしく」


 同時に、胸元に入れていた筈の(もはや慣習として残っているだけで誰も使わない)警察手帳を手渡され、ついでに胸を揉まれた。
 迷いが消えた。
 惑いも消えた。
 こいつ絶対許さねえ。


「へ?」


 ガシャっと嵌められた手錠を不思議そうに眺め、間の抜けた声を発した男に、ロサは笑顔で答えた。


「公務執行妨害と強制猥褻、名誉棄損は仕事じゃないけど、とにかく逮捕だこの野郎❤」


「え?」


「あと絵美先輩とどんな関係だか吐いて貰うから覚悟しろよこの野郎❤」


 ある男の休日が潰れた瞬間だった。

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