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T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage The Last Chapter




「な!……にを……」


 変化は、すぐに起こり始めた。


「の……野郎ぉ……」


 首筋を抱いて、玄山が崩れ落ちる。
 憎々しげにこちらに投げる視線は、これまでに見られなかった感情表現で新鮮だ。
 正面から堂々とその怨嗟を受け止め、絵美は嫣然と笑う。
 皮肉な事に、その顔は玄山英嗣の浮かべていたものに似ていた。


「よく分からないのだけど、どっちが喋っているのかしら?朝眉?それとも英嗣?」


「出た出た、ドSモード絵美ちゃん」


 背後から聞こえる相棒バディの冷やかしを、肩越しの満面の笑みで返す。


『何か言ったかお前?おぉ?』


「ナンデモナイデェス」


 出血で体温が冷えた上肝っ玉まで冷やした愚かな男は、大人しく臥床する事にした。
 いずれにせよ、最早源の出る余地はない。
 絵美がドSモードに入ったと言う事は、全てが終わったと言う事。
 源から絵美がアレを借りた理由も、もう納得出来る。


「終わったらおせぇてくれ」


 ヒラヒラと手を振って、源は気絶した。
 堂々たる退場っぷりに、絵美もまた手を振って応える。


「……ありがとう。ゆっくり休んで……柴姫音ちゃん、終わった?」


 未だ吹き止まぬ肩を叩く強風に、絵美は視線を戻す。


 静かだった。


 ガクリと跪く玄山の身体を掠め見て、絵美は源から預かったハイレゾリューションオーディオ対応のヘッドホンを耳に掛け、問い掛ける。
 ヘッドホンには、小型のHDDが内蔵されている。
 Wi-Fi受信も出来なければ、Bluetooth接続すらないそこは、言わば電脳的牢獄だ。


「気分はどう?」


 暴風の風切り音から隔絶された世界で、耳を傾ける者にしか届けられない音が鳴る。


《あんた……何……したの……》


「あら、存外可愛らしい声してるのね?」


 そう答えてはみたものの、この言葉は朝眉には届いていない。
 マイクロフォンの接続もないのだから、当然だ。
 渋谷の夜景を楽しむ様に余所見をしながら、独り言を呟く。
 その声に、最早ストレスはない。
 鼻歌でも歌い出さんばかりの気軽さで、絵美は人事不省に陥った玄山英嗣を拘束する。


「何て事のない話よ、貴女のパーソナリティを引き出し、切り取り、隔離した。それだけ……」


 手錠を嵌めた玄山を放置して、絵美はヘッドホンの端子を服の中に隠す。
 これで、どう見ても音楽を聴きながら歩く民衆の一人だ。
 大隈を運ぶ準備は整った。


「さて、柴姫音ちゃん。もう一仕事お願いしてもいい?」


《いーよーなにするの?》


 視界にひょっこり現れた電子少女に、絵美は微笑み掛ける。


「ここにいる電子眠り姫の記憶から大隈秀介が拘束された場所の記憶を引き出して欲しいの。勿論、侵入クラックには注意してね」


《わかった!》


 ハキハキとした答えと共に柴姫音は視界から消えた。
 後は、その場所に大隈を運べば終わりだ。


《人の事、言えないじゃない、あんた》


 ヘッドホンから聞こえる恨み節を、絵美は聞き流す。


《同僚を傷付けて職務規定を犯して……何?犯罪者を捕まえる為には手段も択ばないタイプ?》


「その通りよ」


 源の様子を確認する。
 どうやら、血は完全に止まった様だ。
 呼吸の乱れもなく、一定のリズムで上下する胸とあどけない寝顔を見る。
 どの面下げてここまで穏やかな寝顔を晒せるのか、と呆れながらも、思わず絵美は微笑んでいた。


犯罪者お前等だけは絶対に許さない。それが私の矜持よ」


 業に塗れた世界の中で、彼女が生きる指標として来たたった一つの強い意志。
 正岡絵美にとって、それは精神的な背骨と言える。


《絵美、ばしょわかったからナビゲーションにおくっとくね!》


「ありがとう柴姫音ちゃん」


 そっと源の腕にWITを戻し、大隈の身体を抱き上げる。
 ズシリと持たれる大隈の身体を、筋力と柄強度可変型泉下客服FAANBWのサポートで支えながら絵美は思う。


『私が欲しいのは同情してくれる人じゃない。同感してくれる人よ』


 豪風荒れ狂う繁華の中に、光学迷彩カメレオンを起動させた絵美の姿が溶けて消えた。






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