T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 3-10

10


「どぉでもいぃけどよぉ!まだ続けんのかぁ?この茶番」


 それは、その場にいる全員の耳目を集めるのに十分な言葉だった。


「ったく、迷惑な話だ!何で俺がこんな屑共の為に出張らなきゃなんねぇんだ!」


 煙草を足元に落とし、踏み躙ると、ウンザリ顔で大隈と玄山を指し、絵美に吐いた。


「別にどぉでもいぃだろこんな連中、何でお前こんなのの為に必死こいて説得とかしてんだよ?お前もこいつ等の素性聞ぃたんだろ?強姦親父の息子と、そのまた子供が近親相姦して産んだガキだぞ?存在そのものが恥の塊みてぇな連中、どぉなろぉが構わねぇだろ」


 チラリと、視線の片隅で反応・・を確かめながら、源は玄山を指示する。


「どっちも気の狂った馬鹿だ。特に子孫の方はな」


 害虫を見る様な気分で玄山に視線を転じると、彼はヘラヘラと源を見て笑っていた。


「多少の事情を観で身内らしく振舞った所でな、もぉこいつぁは手遅れだよ。救いよぉはねぇ、壊れたまんまだ」


 玄山を見下す様に顎を上げ、止めに鼻で笑って見せる。


「せっかく死にたがってんだ・・・・・・・・しよぉ、放っておいてやった方が世の為にもこいつの為にもいぃだろ」


「そんなの……」


 弱々しくも言い返してきた相棒に、源は鋭い視線と共に真実を突き付けた。


おためごかし・・・・・・か?本気で言ってんのか?今からそれ以上のおためごかし・・・・・・やろぉとしてんのによくそんな口叩けるな!」


 絵美が歯を食い縛って俯くのを見て、源は改めて玄山を見やる。
 そして、いい具合だ、と確信を得た。
 変わらずヘラヘラと余裕の笑みを浮かべる玄山の傍ら。
 矢を番えた弓が如く、並々ならぬ憎悪をキリキリと発して、大隈がこちらを睨んでいる。
 片膝を立てた前傾姿勢は獣の威嚇を思わせ、今すぐにでもこちらに飛び掛かって来そうだ。
 噛み付かんばかりの剣幕を、源は真っ向からせせら笑った。


「何か言いた気だな、何も知らねぇテメェが何語るってんだ?ったく気楽なもんだなぁ。テメェの惚れた女の正体も知らねぇ癖によ」


「源!それは駄目よ!」


「同じ事言わせんじゃねぇよ!仮にもこいつはテメェの都合でその女を殺そぉとしたんだぞ!今更余計な気ぃ回して何になんだよ!」


 大隈との睨み合いを続けながら相棒バディを再び一喝し、黙らせる。
 その頃にはもう、大隈は立ち上がっていた。
 ギリギリと音がしそうな程歯を食い縛り、片手をダウンコートのポケットに突っ込んで、膝に力を溜めている。


『頃合いだな……』


《紫姫音、柄強度可変型泉下客服FAANBWの耐性を最低値に下げろ》


《え、なんで?》


《いぃからやれ、後で何か買ってやっから、やれ》


《…………うん、わかった》


 明らかに気乗りしない少女の言葉と共に、クッと源の体を取り巻いていた拘束感が解れた。
 WITからの電気信号で繊維の向きが変動する柄強度可変型泉下客服FAANBWは、素材こそケブラーやトワロンの様な特殊なものだが、今は編み込みの圧力テンションを緩め、ニット並みの通気性に変わっている。


「何か言いてぇんなら言えよこの負け犬!糞みてぇな子孫の為にみっともなくキャンキャン吠えてみろ!」


「…………てたさ」


「あぁ!?聞こぇねぇぞ!もっとデケェ声で」


「知っていたと言っているんだ!夕貴が誰の子なのか!俺は知っていたと!」


 吹き止まぬ木枯らしが、ストレートフラッシュの二人を殴り付ける。


「知っていた?」


 まるでその呟きを引き立たせる様に、風が凪いだ。
 音源たる口をポカンと開いたまま、絵美は大隈を凝視する。


「知っていたの?城野夕貴が、貴方の……」


「まさか俺に妹がいたなんてって最初は動揺もしたさ……しかも」


 ハハッと自らに向けたであろう嘲笑を浮かべ、大隈は一気に吐き出した。


「何故だ!何故夕貴がソレじゃなきゃならなかった!俺達は全く違う所で!全く違う家庭で育った!それが……何なんだよこの巡り合わせわ!何でこのタイミングで!何でアイツじゃなきゃならなかった!」


 呪われた運命に弄ばれる自身を嗤う気持ちと宥恕のない怒りが綯交ぜになり、最早大隈の表情は常軌を逸していた。


「もう沢山だ!何もかも!全部……終わらせてやる」


 ダウンコートに突っ込んでいた手を、大隈はゆっくりと引き抜く。


「ちょっと……待って」


 懇願する様に絞り出した絵美の言葉は、大隈の手に握られた光る物に向いていた。
 米海軍の横流し品、OKC-3S。
 刃渡り20cmのコンバットナイフは、ホルダーから放たれ、ネオンの光を浴びてギラギラと光っていた。
 確実に人を殺傷する為だけに作られた道具を見て、源は笑った。


「何だ?んな骨董品で未来の人間を殺せるとでも思ってんのか?」


 実際、それはその通りだった。
 柄強度可変型泉下客服FAANBWが本来のパフォーマンスを発揮した場合、その被服者は傷一つ負わず、ただ繊維間の蠕動運動によって刺突された衝撃が服の表面に発散していくのを感じるだけ。
 柄強度可変型泉下客服FAANBWを纏っている限り、刃物で傷つけられる事はないのだ。


 では、大隈の怒りはどうなる?
 運命に弄ばれ、自らが生んだ訳でもない罪を一方的に押し付けられた不条理に突き付けたナイフの行方は、どうなる?


「俺がツイてなかった、それならまだ耐えられるんだよ……でもな……俺の不幸を、俺の不条理を……俺の子孫にまで押し付けのは、嫌なんだよ!」


「待って!駄目!」


 バネで弾かれた様に大隈が飛び出すのと絵美がそう叫ぶのは、ほぼ同時だった。
 前述の事実が示す様に、絵美の危惧は源の負傷ではない。
 彼女の危惧は、刺突の衝撃による大隈の手首の捻挫だった。
 容疑者の負傷による変化が、事件の捜査に、そして未来に、如何なる変化をもたらすのかが、絵美には読めない。
 だから、源と大隈の身体がぶつかった瞬間も、絵美が心配したのは大隈の方で。


《絵美たすけて!源がさされた!》


 悲痛な柴姫音の絶叫も、意味が分からなかった。


「ボーっと……してんじゃ……ねぇよ」


 続いて聞こえて来た源の声で、ようやく絵美は事態を把握する。
 瞬間、嫌な汗がブワッと全身に湧き上がった。


「大隈ぁぁぁぁ!」


 今日一番の腹式呼気で声帯を揺さぶり、駆け出す。
 喝破の叫びに気を取られた大隈がこちらを向いた時、源の白い腕が大隈の頬を引っ叩いた。
 バチッ!と言う電撃の音が、滴る血の上で跳ねた。

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