T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 3-7




 女に睨まれると言う恐怖体験は、男性ならばどんな者であろうと中々にくるもので、それは例え片手間ワンサイドゲーマーであっても変わらない。


《馬かなはじめさん。どうせまた貴方は絵美さんに迷惑掛けているのだろうから言っておきますけれど、玄山英嗣はヤバい相手です》


 正面からメンチを切って来る褐色のボブヘアは、鋭すぎる眼つきを更に眇めた。


『何なの?お前等寄って集って俺を殺す気なの?』


 I.T.C.情報統括局局長、紙園エリは養豚場の豚を見る様な目で源を見る。
 ダイブ型の臨場録画データで目の前から向けられるアブソリュート・ゼロの猊下は、男性ならば心筋の縮む事請け合いだ。


《彼の出自を調べました。絵美さんの指示で。態々使えない貴方なんかに共有させてくれる彼女の度量に感謝なさい。分かっていますか?このクズ》


『罵倒挟まなきゃ碌に言葉も吐けねぇのかテメェは』


 募る苛立ちを溜息に変えて吐き出して、源はエリの起動させたディテクティブツールをダウンロードする。
 すぐに、無数のウィンドウが一気に開き、様々な媒体が映し出された。
 文書や画像、動画や音声、吸出思考メモリースクラップ
 それらには、余す事なく記録されるだけ記録された玄山の全てがあった。
 IDに関わる一切の情報。氏名、年齢、職業や学歴等の基礎情報に始まり、指紋、歯形、虹彩、固視微動周期、顔面及び手の静脈蔓延具合に二重螺旋の全情報ヒューマン・アカシックは勿論、生まれた病院から時間跳躍するまで立ち寄った全ての店のクレジット履歴までだ。
 政府の情報掌握による管理社会は過去のものとなったが、それでも未だ、かつての合衆国は、その存在感をなくさない。


『ま、合衆国政府ガヴァメントが亡くなったとは言ぇ、実態としちゃ多頭獣ヒュドラが胴体隠して首だけ出してる状態だかんな……』


 合衆国と言う形態を捨て、数々のコミュニティに散った筈のアメリカは、しかし北アメリカ共同社会群と形態と名を変えた今でも、合衆国政府の心意気を保ち続けた。
 どこかで誰かが言った通り、国民の中にこそ政府があり続けた訳だ。
 しかし、実態はご覧の通りだ。
 衆人環視を徹底し、プライバシーへの立ち入りを合法化したシステムは、自由への侵略者として槍玉に挙げられた筈なのに、変わらず在り続けている。
 自由を求めて合衆国さえ喰らった市民は、それでも束縛と引き換えの安全を手放せなかった訳だ。
 そんな歪んだ世界で生まれ育った精神病質者サイコパスの軌跡を眺めるのは、さながらサファリパークで放し飼いの動物を見ている様だ。


『成程、確かに中々ヘヴィな遍歴だ………にしても』


 持ち前の動体視力とそれを処理する回転の早い頭で、源は終わる事のないウィンドウの全てに目を通し、玄山の内情パーソナルに触れて行く。


 生まれて初めて喋った単語が「パパDad」だった事。
 幼少期に風呂で溺れ3日間目が醒めなかった事。
 小学生時代に自らの中に引かれた善と悪の境界線。
 中学生でそれは暴力だけで処理出来るものではないと知り。
 高校時代は“別のチカラ司法”を求め続けた。
 そしていよいよweb司法検事権を手に入れた所で、玄山は豹変する。


 と、そこで源の目は止まる。


《貴方の事です。これだけ多くの情報を与えられても。どうせ斜め読みでしょう。だから気付いていないでしょうが、これ等のデータには欠陥点があります。分かりますか?分からないでしょうね、ズボラな貴方では》


『そいつぁどぉかねぇ』


 光速すら捉える源の処理能力は、とてもではないが常人が理解出来るものではない。
 それでも源は、エリの罵詈雑言に満ちた言葉に耳を傾け、別の資料を漁り続ける。
 何故なら、彼は気付いていたからだ。
 そこには決定的に。


《はっきり言いましょう。これ等玄山英嗣のパーソナルデータには余りにも》


『そぉだ、玄山のパーソナルインフォっつぅ割にはコイツには』


《『両親の情報がない』のですよ》


 答え合わせの結果はピタリ一致した。
 どうしても埋まらない空白。
 生まれて初めて発された指示名詞以降、まるで存在を感じさせない両親の存在は、しかし青年期を過ぎて今の玄山英嗣に至る頃には、不気味ですらあった。
 一体、何故ここまで彼の両親は存在が希薄なのか。
 その答えを、紙園エリは突き止めた。
 彼女はその上で告げているのだ。
 玄山英嗣はヤバい相手である、と。


《玄山英嗣の両親。彼の出生届では父がカート・K・ジェファーソンで母が喜和子・ジェファーソンとなっていますが、この二名は現在離婚しています。玄山の苗字は父親のミドルネームから、だそうです。加えて、両名共につい先月、亡くなっています。奇妙な事に、両名共自殺と見られています》


『自殺……か』


《父であるカート氏は猟銃自殺。母である喜和子さんは電磁動車事故なのですが、両案件には少々気になる点があるのです》


 新たに二つのウィンドウが立ち上がり、資料が開いた。
 そこに記載されているのは、NUPOという警察機関が作成した二人の自殺案件だ。
 合衆国消失後、数多存在していた警察組織は悉くその存在意義をなくした。
 それ位、国内情勢が荒れたからだ。
 連邦や州や郡や市町村の枠組みを超え、市民が個々の価値観に基づいて法規し内政し自治する組織の集合体。
 源や絵美の生きる世界のアメリカは、端的に言えばそんな所だ。
 まるでSNSのコミュニティを現実に落とし込んだ様な政治形態は、当然の事ながら落ち着くまでに時間が掛かり、事実、今現在も鉛球の行き交う地帯は数多く残っている。
 当然、未だ国という枠組みを残していた者達はそこに付け込もうとした。
 しかし、彼等は合衆国政府打倒を果たした市民の底力を知らなかった。
 元FBIやCIA、国軍情報部に所属していた多様で優秀な人材達の指揮の下、市民はかつての合衆国政府の様な強気な態度と対応を崩さず、遂ぞ他国の介入を阻んで見せたのだ。
 自分達の混乱を自分達だけのものにする。
 その強い意志を、市民は共有し続けた。
 結果、彼等は治安維持に関する一切を先の指揮官達に委任する。
 かつて様々な利権や管轄権でいがみ合っていた者達が、一枚岩となって全米を守る。
 それは、図らずも合衆国時代の市民の理想とする警察の形にも似ていた。
 勿論、合衆国憲法の無意味化と警察の変容は、司法の場にも大きな変化を強いる。
 余りにも多くの流血と僅かばかりの良心を掻き集めた奇跡を体験した市民達は、かつての合衆国時代の法整備を改良し、コミュニティ毎の独自の法規とは別の法規を定め、連盟を結成。
 加盟コミュニティ共通の司法の場を設けた。
 webと現実リアルの二つ法廷では、それぞれ扱われる罪の重さが違うものの、両者共に実に立派な司法の場として機能していた。


《どうせ気付けないでしょうから説明します。本件は捜査段階から自殺の線が濃厚視されていた為、司法判定も簡素なweb法廷で行われました。担当検事を見て下さい》


 言われた通りに検事名を見る。
 そこには、見紛う筈もない、玄山英嗣の名があった。


《彼は自身の手で両親の死を自殺と断定し、手の震え等一切感じさせないサインを書いています。……ここまでであれば、使命の為、時に冷徹にもなれる立派な司法人で済むのですが……資料のある部分が不明瞭のまま判定が下されており、そこに引っ掛かりを覚えたあるweb弁護士……本件との直接的関わりが少ない為名前は伏せますが……彼が独自に本件に関する調査を行っていました。ちなみに彼も、玄山が時間跳躍する3日前に自殺を遂げています》


 玄山に関わる者にだけ相次ぐ自殺。
 きな臭さで噎せ返る程募る危機感に、源の口元は綻ぶ。


『いぃねぇ、いぃ感じにヤベェ感漂ってんぞ玄山』


《それはおよそ二点。両名の個人データが玄山の関連項目以外全て別人に書き換えられている事。そして両名共自殺時に何者かに随意神経介入療法を受けていたという事です。これを要約すると……》


 それはつまり、どういう事なのか。


《カートと喜和子。両名はその経歴の一切をデータ上否定され、自殺時には自意識を保ったまま四肢と視線を操られ、自死に見せ掛け殺害されたという事になります》


 エイリアンハンド症候群シンドロームという病がある。
 随意運動の一切が、まるでエイリアンに身体を乗っ取られたかの様に自身の思い通りにならなくなる、という病だ。
 読者諸賢も重々承知の事とは思うが、医療技術は進歩する。
 当然、それはこの病にも当て嵌まった。
 2014年ではなかった解決策が、未来にはあった。
 それが、疾患者の延髄チップを用いた他者への随意運動の委任だ。
 患者の意思決定を尊重し、代行して他者が疾患者のパフォーマンスを担う。
 それが、随意神経介入療法だ。
 エイリアンハンド症候群シンドロームと言う病名を地で行く解決策には、当然の事ながら厳しい審査をパスする必要があった。
 主に必要なのは、疾患者自身の同意と、運動代行者としての精神鑑定を受けた身元の確かな親近者の同意だ。
 この両条件をクリアしない限り、この解決策は認可されない。
 そして、本件に関して言えば、この条件を満たせる者は一人のみ。


 玄山英嗣という人間以外、いなかった。


『役満だな』


 条件は揃った。
 紛うことなく、玄山は真っ黒な罪の塊だ。
 加えて、もう一つ。
 玄山は自殺する両親の様子を彼等の目を通して体験している。
 カウンセラーが受診者の心理状況を把握する為に用いる手法に、シャドーウィングというものがある。
 これは他の生物種との熾烈な生存競争を強い社会性で生き延びた人間が、その競争の中で獲得した強い感応性を用いた手法で、呼吸や視線の動き、貧乏揺すり等の細かい仕草を鏡写しの様に真似、相手の心理に近付くというものだ。
 随意神経介入療法は、文字通り自身の意思を伴った動き、随意運動に対して作用する。例えば、視線の動きや腕の曲げ伸ばし、指先の力の入れ方等、人の意識に及ぶ部分の運動の事だ。
 逆に言えば、無意識の運動。
 恐怖に慄き凝り固まる筋肉や、極度の緊張状態ストレスで高まった集中力は、随意運動のカテゴリーには入らない。
 震える身体と、凄まじい速度の鼓動、異常な量のアドレナリンに塗れた世界で、自分の死がゆっくりと迫り来る、刹那の永い時間。
 自らの手でプロデュースしたその絶望を、玄山は両親と共有した。
 そして両親を殺めた精神のまま、彼は二人を自殺として処理した。
 平然と笑う顔の裏に秘められた玄山の狂気に、源はほんの少し、親近感を覚えた。


『いぃ趣味だなぁおぃ』


 間違いなく、玄山の精神は異常だ。
 それも、源を生み出した連中にも似た、強い破壊衝動を感じさせる類の。
 だが、話はここで終わらなかった。


《それともう一点》


 紙園エリは、まだ追及の手を緩めてはいなかった。


《カート氏と喜和子さんの改竄前の身元を掘り当て、復元しました》


 その発言の意味する所は、司法の中に手を突っ込んだ、と言う事。
 一警察組織に過ぎないI.T.C.の行いとしては、甚だしい越権行為だ。
 復元されたカートと喜和子のデータが流れ込んで来る。
 直ぐに源は、ある事実に気付いた。


《喜和子さんは自身の意志で旧姓を捨てていますが、その旧姓を見て下さい》


 そこには、確かにこう書かれていた。


 Kiwako・Ohkuma。


《これだけではありません。もう一方のカート氏の母、玄山朝眉あさみに関して。日本から旧合衆国への移民書類は存在するのですが、絵美さんの伝手を辿って調べた所、彼女の住民票は日本に存在していない事が分かりました。つまり玄山朝眉という人間は存在しなかった、と言う事になります》


『おぉ、マジかよ……』


 これには源も驚いた。
 まさか絵美がI.T.C.以外の別機関にまで問い合わせを行っていたとは思わなかった。
 源のヒント一つでここまで的確に事件の全体像を追えている事実は、刑事として絵美が如何に優秀で強い嗅覚を持っているかの証左に他ならない。


《では一体玄山朝眉とは何者なのか?答えは移民書類提出日の前日発行された夕刊にありました》


 一つの新聞記事が現れた。
 スキャニング故画像こそ粗いが、文字の識別には差し障りはなかった。
 そこには、こう書いてあった。


――昨夜JR渋谷駅付近で発生した傷害事件の被害者、城野夕貴さん(23)が本日未明亡くなった。渋谷区警察署は大隈秀介容疑者の容疑を傷害から殺人に切り替え引き続き操作を続けている。――


確実に、点と点が線を成そうとしている。

「T.T.S.」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く