T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 1-4




 凍える風に身を竦ませながら、城野夕貴は悴む手をスマホに滑らせる。
 約束の時間まで、二分を切った。
 どうも、相手方の仕事が長引いているらしい。
 クリスマスイブと言えど、平日。
 仕方のない事だと分かってはいるものの、それならまだスターバックスで管を巻いていた方が温かかった筈だ。


「のっけからツイテないわね」


 思わず口から零れ落ちる弱音を、ゆっくりと瞼にしまい込む。


『いや、ツイテないとか私に言う資格はないか』


 ほんの1ヶ月前まで、彼女の待ち人は違う人間だった。
 ただ、ソイツにはツキがなかった。
 徹底的且つ決定的に、ツキがなかった。


『本当、ツイテなかったわよね、私達』


 フッと一息に過去を押し出すと、スマホが震える。
 ようやく待ち人の近況が分かる、と目を開けた。
 その時。


「……何でアンタここにいんのよ」


 目の前に、瞼の裏の影が立っていた。
 黒いトレンチコートに両手を突っ込み、覗き込む様に夕貴を睨むその双眸は、井戸の底の様に暗い。
 大隈秀介。
 元衆議院議員、大隈雄司の一人息子にして、今年世界で最も運のなかった男。
 そして。
 1ヶ月前、夕貴がフッた男。


「ねえ、聞いてるの?」


 まんじりともせずこちらを睨み続ける秀介を牽制し、夕貴は正面から睨み返す。


「消えてよ、私の前から。もうアンタに用はないの」


 恐怖も不安もなかった。
 他に手はないのだ。
 どうあがいても、二人は結ばれない。
 だから、突き放さなければならない。
 もう、会うべきですらないのだから。


「もう終わりにしてよ、馬鹿馬鹿しい話は、全部全部全部……もう沢山よ」


 食い縛って尚戦慄く歯の隙間から、何とか絞り出す。
 秀介が死神に見える。
 醜い過去から遣って来て、暗い未来へ誘う死神に。


「もう嫌なのよ、あんな奴に踊らされ続けるのは」


「ああ」


 だから。


「……え?」


「俺もそう思うよ」


 腹に突き刺さったナイフは、きっとその鎌なのだろう。


「全部終わりにしようや、クソアマ」


 冬の冷気が体内に直接吹き付けた気がして、夕貴の意識は闇に落ちた。

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