T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 1-3




 喧騒に浮かれる浮薄な屑共を避けて歩く。
 どいつもこいつも、薄ら寒い笑顔を貼り付け、ウザったい事この上ない。
 連中は前を見て歩いてなどいない。
 もし本当に前を向いているのなら、そんな笑顔は浮かばない筈なのだから。
 どう考えても、この国は岐路に立っている。
 資本主義社会の生んだ格差と拗れ過ぎた国際関係、社会的怠惰によって生まれた少子高齢化が臨界点を迎えつつある現状を鑑みれば、笑っていられる筈がない。
 男はふと、立ち止まった。


『いや、俺もこいつ等と大して変わらないか。結局の所、現実逃避しか出来ない糞っ垂れだ』


 そんな、気休めにもならない事を思った直後、内臓を掻き混ぜた様な不快感が襲い、思わずその場に蹲った。
 群衆はチラチラと彼を窺っては器用に流れを変えて行く。
 それでも、誰も男に声も掛けず、気に留めようとすらしない。


『はは、全く。どうして俺はこうも影響され易いんだろうな』


 口に浮かぶのは、自嘲の笑み。
 思い返せば、子供の頃からそうだった。
 マイノリティになる事を恐れ、マジョリティに迎合し、何となく意志の統一に交われた気がして強気になる。
 仮初の仲間意識を信用し、勝手に期待して、裏切られた気になっている。


『浅墓だ、滑稽だ、醜悪だ、最悪だ』


 安物のダウンコートのポケットで、男はソレの感触を確かめる。


『今更何を躊躇っているんだ、俺は』


 男の体温を吸って仄かに温かくなったそれは、今正に彼自身の一部に他ならない。
 鈍になり掛けた心の刃に、今一度焼きを入れる。


『変えるんだ、今日この日を以って、俺は全てを変えてみせる』


 始まりは、男の父親だった。
 衆議院議員を四期連続で勤め、所属党の幹事長すら務めた経験すらある父を、男は心の底から尊敬していた。
 誉れある議員一族のプレッシャーに耐え、栄光ある党幹事長の職務を全うし、栄えある四期連続当選を果たした偉大な父。
 誰よりも高く聳えた彼を目指し、男は努力を重ねて来た。


 裏切られたのは、つい三ヶ月前の事だ。
 政治資金の不正な受け取りと違法な土地運用、元秘書への性的暴行、議員連盟に対する不正献金、etc……etc……。
 両手に余る数の告発を受け、男の父は失墜した。
 地検の特捜部が我が物顔で自宅を荒らして行くのを、男は呆然と眺める事しか出来なかった。
 それからは、メディアによる監視と有権者からの呪詛を込めた通信を掻い潜るだけの日々、
 息を潜め、目を閉じ、耳を塞ぎ、頭を掻き毟るだけの時間が続いた。
 マジョリティの代表からあっと言う間にアウトサイダーに堕ちた自分達を、誰も彼もが責めている様な気がした。
 そして、男の手からはあらゆるものがサラサラと零れ落ちて行く。
 内定は取り消され、友人は消え去り、恋人にも捨てられた。
 挙句、住み慣れた家を離れる事になった時、父親の影響が如何に大きかったかを、男は改めて認識した。
 呆然とする程の急転直下に意識が追い付いた時、男は父の裏切りに途轍もない憤りを感じた。
 殺してやりたい、と何度思ったか分からない。
 死んでしまえばいい、と何度願ったか知れない。
 自分の過失でもないのに、こんなにも辛い思いを強いられるなんて、間違っている。
 男が全てを憎むようになるまで、それ程時間はかからなかった。
 零れ落ちて行ったものを取り返す気力は、もうない。
 そんな気力を湧かすより、全てを失う覚悟を固める方がよっぽど楽だった。
 始めるとしよう。
 零れ落ちてしまった全てを壊す為に。
 まずは、かつての恋人。
 城野夕貴からだ。

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