T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  The Last Chapter

Last.No. End of Operation [Time Trouble Shooters]


――A.D.1893.9.21 21:14 大日本帝国 奈良県――


 コロコロと蟋蟀の声が響く屋敷に、時代錯誤の物が顔を覗かせていた。
 TLJ-4300SH。
 闇に沈んだ世界を、タイムマシンのLEDだけが照らし出す。
 その傍らに、蛍火の様な灯りが燈った。
 一瞬の明滅の後、それはくすんだ橙に沈み、代わりにのっぺりとした白煙を生む。


「ね~、一本くれな~い?」


 ボンヤリと紫煙を見届けていた源の耳に、そんな声が飛び込む。
 転じた視線の先に、手錠を嵌めた女がいた。
 川村マリヤ。
 ストレートフラッシュが捕えた、不届きな違法時間跳躍者クロック・スミスだ。
 両手を差し出して、マリヤは尚も催促する。


「ね~、一本~」


「頼み方がなってねぇ」


「え?」


「人に物をねだる態度か?それが」


「……」


「はい、もぉ一回」


「お煙草一本頂けないでしょ~か?」


「ちょい可愛く」


「……く、下さいニャン♪」


「気持ち悪ぃ。却下」


「殴るわよ」


「冗談だよ……取りたきゃ勝手に取れ」


「どこに持ってんのよ~?渡してくれたってい~じゃない」


「かったりぃんだよ。こっちゃ派手にバトった後だぞ」


「やっぱり疲れるもんなの~?光速で動くと」


「当たり前だろ。ぶっちゃけ着火すんのも億劫だ。ついでに頭も痛ぇし……良い事なんざぁ一つもねぇぞ」


「ふ~ん、やっぱ代償はあるんだ」


「元々はスカイフィッシュの能力だかんな、結構無理して人型に当て嵌めてんだろぉよ。お蔭でこっちは大迷惑だ……っ痛ぅ……」


「ん~ここにもないな~」


「話聞けよ」


「も~どこよ~煙草~」


「あ、馬鹿、そこじゃねぇ」


「え?」


 マリヤの手に引っ掛かって、源の胸ポケットからオイルライターがこぼれ落ちた。
 カキン!と乾いた音で地を跳ねたライターは、続く二バウンド目を軟物質に阻まれ、音もなくその運動を止めた。
 ライターが当たったのは、直垂の上。
 破滅との握手シェイクハンズ・ウィズ・ダムネーションによって昏倒した帷子ギルバートは、ワインオープナー状の拘束具を足腰に巻かれている。


「……」
「……」


 一瞬、ギルバートが意識を取り戻すのではないかと身構えた二人だったが、まんじりともせず臥床を続ける姿に、そっと胸を撫で下ろした。
 だから。


「ちょっと……何やっているのよアンタ達」


「「おぉうふ!!」」


 突然背後からした絵美の声に、二人は驚く。
 源にしな垂れかかるマリヤと、それを遮るでもなく煙草を咥える源の姿が、果たして絵美の目にはどう映っただろう。
 だから、源は二重の意味で焦る。


『ヤベェマジで殺される』「いや、絵美これはな……」


 しかし、そうはならなかった。


「マリヤ!アンタいい加減にしなさいよ!!!!どうしてアンタはそう色気違いな真似ばっかりして……あ!源!アンタまた煙草吸っているの!折角未来遺物洗浄したのにやり直しじゃない!!」


「……お母さんみたいね」


「……だぁな」


 さっと源の口から煙草を取り上げ、バタバタと室内に飛び散った灰の回収作業に移った絵美を、二人は好き勝手に評価した。
 源にWITを預けていた為、未来遺物の除去ツールすら使えなかった絵美は、急ピッチの作業にイラつく様子も見せない。
 戦闘に参加出来なかった分、頑張ろうとしているのは明白だった。


『全く、出来たバディだよお前は』


 自然と浮かぶ柔らかな笑みを隠さない源を、傍らのマリヤが突っついた。


「んだよ?」


「うわあ、そんな露骨に嫌がんなくてもいいじゃん。何見惚れてんのよ、キモッ」


「喧しい技術者だな、用があんならさっさと言え」


「じゃー聞くけど、大禍って本当にあったの?」


 表情も変えずに、源は即答する。


「あったよ、当然だろ」


 恐らく絵美が私見を話したのだろうが、真実は伏せる。
 T.T.S.の職務倫理には、現在破綻防止の外にもう一つ、特筆すべき規定がある。
 それは、無用な混乱を持ち込む過去の暴露だ。
 如何に形容されようとも、基本的にT.T.S.は警察機関だ。
 トラブルを治めるのが仕事であり、決してトラブルを生むのが仕事ではない。
 大禍の有無は国際情勢に直結する重要案件だ。
 真実を開示しても得はない。
 故に、真実は源と彼の報告書を読む上層部のみの知る所となり、以降の指示は全て上の決定に託される。
 いずれにせよ、源が勝手に吹聴すべき事ではない。


「ふ~ん、そう」


 マリヤが納得したか否かは分からない。
 だが、百聞は一見にしかず。
 幾ら彼女が大禍の真実を述べようとも、源の発言以上の説得力を持つ事はない。


「……失礼致します」


 突然真っ暗闇の廊下から掛けられた声に、三人は跳び上がった。


「誰?」


 腰を落とし、低い声音で問い掛ける。
 手負いの源をこれ以上戦わせる訳にはいかない、ここは何としても絵美が対処しなければならない。
 源から返してもらったWITで密かに断罪の暴風ストーム・オブ・カンダムネイションを展開させ、扇状に声を囲む。
 それにしても、声の主が何者なのか見当もつかない。
 敵か味方か…身を堅くしていると、緊張が伝播したのか、突然男は狼狽えの声音を上げた。


「な、何やら誤解されておるようですが、小生は貴方方と諍いを起こす積もりはご座いません」


「え?」「ん?」「あ…」


 その口調と声音に、三者三様の反応が返った。ある者絵美は『まさか』と思い至り、ある者マリヤは『何なの~?この人?』と首を傾げ、またある者は『ヤベェ事思い出した』とゆっくりと逃げ出そうとし。


「おいこら待てやこのバーゲン」


 足首を掴まれた。
 絵美自身、うっかり忘れる所だった。


 43日前。
 川村マリヤを確保するにあたって、絵美は人払いを行った。
 その際、一人だけやたら苦労を掛けられた相手がいた筈だ。
 確か、西洋ズボンに浴衣をつっかけ、学帽を被った。


「小生はただ、あるものを譲って頂きたいだけで……!!!!」


 そう、この男だ。暗い暗い闇を照らす光の正体LEDを知り、瞠目するこの書生だ。
 絵美の記憶が確かなら、彼の足取りは物見遊山の集団に紛れたきり分かっていない。
 いや、厳密に言えば、そういう事になっている筈、と言った方がいいだろう。


「あの、譲って頂きたいと言うのは……何を?」


「句を下さい」


「「「へ?」」」


「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」


 その瞬間、場の空気は凍り付いた。
 誰も何も言わないのに、誰もが一人の男に視線を送っている。


「えぇっとぉ?そりゃつまりどぉいう事だ?」


 半ば開き直り、源は顔を曝して書生に尋ねた。
 途端、書生の顔が輝き出す。


「おお、貴方は!!……先程は大変お世話になりました。それで、その、重ね重ね世話になって申し訳ない限りですが。貴方の詠んだあの唄を、出来れば小生にお譲り頂けないでしょうか?」


「あぁ、うん。あれねぇ……元々俺のじゃないっつぅか……なんつぅか……」


「さ、左様ですか。余りに小生の琴線に触れた故、他人の作品と思えず」


「あの~他人じゃないんじゃありませ~ん?」


 突然、マリヤが会話に割って入った。
 例によって超至近距離で書生を眺めていた彼女は、そこで事の真相をアッサリと宣言する。


「正岡常規さんですよね~貴方」


「は?え?何故小生の名を?」


「正岡常規!?」


 その名を聞かされて、直ぐに反応出来る者は少ない。
 雅号たる子規であれば別だが、常規の名をすぐに思い出せるのは血縁者位だ。
 例えば、正岡絵美の様な。


『ふふふふふ……ぜーったいに許さない❤』


 ギラリと禍々しい瞳で源を見据えた絵美は、そっと記憶置換の用意を始める。
 WITに落とされたT.T.S.の時間保全ツールの一つ。
 記憶野への直接介入音波。
 まさかそれを自身の御先祖様に使う事になろうとは夢にも思わなかったが、背に腹は変えられず、覆水は盆に返らない。


「あの、ちなみにこれまでどちらへ?」


「ああ、あちらの御仁に匿って頂きまして」


『おい馬鹿やめろ!こっちを指すな!!』


「そうですか。アイツにね。どうも、お世話になりました」


「は?いや、寧ろ小生がお世話になった方でして」


『違ぇよ俺に言ったんだよ今の“お世話になりました”は』


 さも雑談に耽る様に、それとなく絵美は子規を部屋から連れ出す。
 外したWITを子規の側頭部に近付け、彼の意識に狙いを定めた。
 子規の脳内から今日の真実を消し、歴史的事実としてあるべき過去を作る。
 それがどれだけ惨い事で、どれだけ酷い事かは絵美にも分かっている。
 勝手な人生を押し付け、正しき未来の贄とする行為に、人権もなにもあったものではない。


「ごめんなさい」


「え?あ……れ……?」


 WITを押し当てられると同時に、子規は昏倒の中に沈んだ。
 これでいい。
 これで未来は守られた。
 今この瞬間から、正岡子規にとって“柿食えば~”の句は夏目金之助への返礼に化ける。
 そしてもう一つ、分かった事がある。
 絵美は源に一杯喰わされていた、という事だ。
 その証拠に。


「あ、そうか、やっと分かった。私のWITにあったあのプロトコル、更新記録が跳躍先経過時間内だったのがどうも気になっていたのだけど」


「へぇ、そんな事が……」


 蒼い顔をした源が、震えながら頷く。
 今回、T.T.S.は帷子ギルバート確保の為、超法規的措置の名の元に重複跳躍を断行した。
 これは該当任務執行者たるストレートフラッシュの一人、かなはじめ源の“事前にギルバートの臨戦態勢を知っておきたい”という強い希望を受けたもので、その実現に絵美も随分と頭を下げて回った。
 結果任務は無事達成されたわけだが、一つだけ絵美には気に掛かっている事があった。


「そう言えば、マリヤ確保前に紫姫音も言っていたのよね、“自分と似た様なのがいる”って」


 そう、だから紫姫音はご機嫌斜めだった。
 そしてその言葉は、嘘ではなかった。
 自分と似た様な、否、もう一人の自分そのものが任務を引っ掻き回していたのだから。
 今にして思えば、だから紫姫音はマリヤの確保に名乗りを上げたのだろう。
 対等な存在がしている事を真似て、咎められる理由はない。


「常規の逃走に合わせて視聴覚データを過去の私に流し込み、架空の観光客をでっちあげる。でも常規がその幻想から飛び出したら意味がないから、一時的に彼を隔離。結果、町中に散布した気体麻酔を吸わなかった常規はノコノコ出歩きここに至る……と」


「あぁ、中々の慧眼ではないんでしょぉか」


「あらありがとう……で?」


「えっと……その……すんませんした」


「声 小 さ く な い か な あ ?」


「はい……スミマセン」


「うん❤許さない❤」


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 容赦なくバイオレンスタイムを始めたストレートフラッシュに、マリヤは溜息を吐く。


「あ、そうだマリヤ」


「え?な、何?」


「アンタ帰ったらT.T.S.の技術開発部門で二重の意味の無休(給)で働いて貰うから宜しく」


「へ?はあ?何で私が?」


「あ?獄中に閉じ込めるだけじゃアンタ暇潰しにセクハラし放題だろうから無休だろうが無給だろうが働かせてやろうって言っているの。何か文句あんの?」


「え~無休且つ無給って……」


 言いながら、しかしマリヤは心のどこかでそれを容認していた。
 何とはなしに、このコンビを見ていたい思ったのだ。


『退屈しのぎに源にちょっかい出すのも楽しそうだしね~』


 それを思えば、T.T.S.も悪くはない。
 若干薄汚れた思いを懐きつつ決意を新たにしたマリヤの前で、断罪は終わった。


「これで分かったかな?自分がどんだけ危ない事していたか?これに懲りて二度と馬鹿な真似しないで欲しいなあ?」


「は………い…………」


「だいじょ~ぶ?生きてる?」


「大丈夫、この後エリちゃんから受ける罰は精神系だから❤」


「Oh……あんたも色々大変ね~」


「……ですよねぇ」


「全然そんな事ないけどね」


「……手厳し~お母さんだ事」


 そうして、TLJ-4300SHは動き出す。
 “今”を作り続ける為に。
 扉が閉まる直前、源は新たなメンバーに満身創痍の手を差し出す。
 ボロボロの締まりのない笑顔は、それでもどこか力強く、頼もしさを感じさせた。


「まぁ、そんなこんなで、これから宜しくな」


 ようこそ、T.T.S.へ。








FileNo.1 Welcome to T.T.S.     焉

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