T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter4-1

No.4OperationCode:G-3864[新人類組成計画Neuemenschheitherstellungplan]


――A.D.1893.9.21 19:53 大日本帝国 奈良県――





「待っていたよ、源」


 暗闇の中、瓦礫の山から立ち上がった帷子ギルバートは尋ねた。
 どこへ向けたものでもない質問に、姿を現す事で応じる。


 かなはじめ源。


 Neuemenschheitherstellungplanで“神を掴む手”を得た青年は、その手に黒い凶運と白い厄災を携え、威風を纏って屹立していた。
 引き結ばれた口元には決意が滲み、自信漲る双眸は雄々しく宵闇を猊下する。


「よぉ、ギル」


 低音に沈んだ声は、ビリビリとギルバートの鼓膜を震わせた。
 本能的に感じ取る。
 先程とはまるで違う。
 ギルバートのよく知っている源だ。


「43日ぶり」


「源」


「ん?再登場が不思議か?コリャはアレだ。超法規的措置って奴だ。重複跳躍っつって……んだよ?聞ぃてんのか?」


「君が未来から来たのは何となく分かるよ。……けどね、今僕が訊きたい事は一つだけなんだ」


「そぉかよ……で?何訊きてぇんだ?」


 我慢出来ず、ギルバートは笑った。
 彼もまた、常人ではない。


“《神を追う足》”。


 源と同じくNeuemenschheitherstellungplanが生んだ身体は、ゾクゾク戦慄き落ち着かない。


「源……」


 満を持して、ギルバートは尋ねた。


「君は今日……肉を食べたかい?」


 源の口元が、三日月形に釣り上がる。
 刹那、世界から音が消滅した。
 風は凪ぎ、散々鳴いていた秋虫も沈黙している。


「……野暮ってぇなギル」


 誰もが音波を譲る理由は、只一つ。
 これから始まる戦いに関わってはならない事を悟っているからだ。


「肉を食ったかだと?……当たり前だろ、たらふく食ったよ」                 


 主の消えた屋敷の中で、神の手足が激突する。
 凄まじい衝撃が駆け抜けた。










 暗闇に、轟音が響き渡った。


「始まった!?」


「みたいね」


 PRDG-28に程近い参道の片隅に、女性が二人佇んでいる。
 一人は、長髪をバッサリと切ったセミロングの正岡絵美。
 もう一人は、仏頂面の川村マリヤだった。


 二人は、ギルバートが絵美と接触する直前にPRDG-28より離脱していた。
 今は、源からの戦闘終了の通信を待っている。
 源が血塗れで転がり込んで来た時、絵美は脇腹をウォーターカッターで撃ち抜かれて倒れた。
 もしあの時マリヤを肩に担いでいたらを考えると、ゾッとする。
 だから絵美は、何よりもまずマリヤを叩き起こしに行った。
 これが川村マリヤ消失の真相だった。


「で?」


「何?」


「そのNeuemenschhe…あれ?Neuemenschhei……ああもう!ホント言い辛い。新人類組成計画ってヤツは何なの?」


「聞いて後悔しても知らないけど、どうする?」


 挑戦的とも取れる返答に、マリヤは出来るだけ強気に頷いた。


「言ってご覧なさいよ。それ位の度胸はあるのよ」


「あらそう……なら、そうね、どこから話そうかしら……」


 話しの切り口を求めて、絵美はICUの三日目を思い出す。
 一日先に全快した源が彼女に話した過去と、その時の表情を。


「ヒトのDNAがウイルスのDNAを含んでいるって知っていた?」


「はぁ?それ関係あんの?……何よその眼!知ってるわよそれ位!ウイルスが増殖する時宿主細胞に打ち込むRNAが逆転写酵素で宿主のDNAに組み込まれるってヤツでしょ。専門じゃないから詳しくは知らないけど、小数点以下数パーセントでしょ?」


「甘い。もっとある」


「一々癪に障るわね、じゃあ何%よ?」


「約8%」


「はち!?そんな!?……でもそれがどう繋がるの?」


 PRDG-28のマーカーを睨む絵美は答えない。
 ヒトの遺伝子が内包すると言う、約8%のウイルスのDNA。
 それこそ、Neuemenschheitherstellungplanのキッカケ。
 “神を掴む手”と“神を追う足”の元ネタだった。


 2150年、中東に於ける第一次核大戦に次ぐ、第二の核大戦を人類は引き起こした。
 舞台はジェンムー・カシミール地区。
 前世紀からパキスタンやインド、中華人民共和国の三国が複雑に国境線を絡ませる、所謂トリポイントだ。
 高い山々に囲まれた険しい地形に、不安定な天候、利権の火花が頻繁に散る危険な地に、一般人はまず寄り付かない。


 しかし、世界中から後ろ指を指される難民や貧困層は違う。
 彼等にとってこの土地は、上質なカシミヤの獲れる楽園に他ならない。
 だが、一方でそこは世界の敵パブリックエネミーの温床でもあった。
 中でも目立つ存在が、唯一的明星军团イーパッケージ
 旧勢人民解放軍の残党組織で、革命で生まれた民主主義国によって分割された旧母国を裏切ってこの地に流れ着いた精鋭組織だ。
 ジェンムー・カシミールのほぼ中央に位置するザンスカール地方の標高7000M級の山ヌンを拠点にする彼等は、2149年12月28日、怨敵の開発した新型のウイルス兵器を盗み出す事に成功したと表明する。
 それは、考え得る限り最悪の事態だった。
 当時のニュースは、シミュレーション結果をこう示している。


“彼等がヌン山でウイルス兵器を用いた場合、季節風やジェット気流に乗ったウイルスは広範囲に広がり、二次感染によって半年で人類の80%の命を刈り取る”


 世界中の有識者が何度もシミュレーションを重ねたが、弾き出されるのは人類滅亡が五年早いか遅いかだけ。
 爆縮型核爆弾の投下に異議を唱える者は、最早誰もいなかった。
 核大戦と言っても、発射装置をポチッとやって「はいお終い!」ではない。
 先行して一般人に変装した部隊を送り、充分な索敵と救助対象者の隔離をして出来る限り爆撃圏を狭めた上で、初めて核発射のスイッチに指を掛ける。
 そこで問題になるのが先行部隊だ。
 機械による無人戦争がデフォルトになっても、これだけは人の手でしか成し得ない。
 タイミングを誤れば被爆の危険性があり、仮に逃げ果せたとしても先の季節風に乗った死の灰を被る可能性のある彼等は、しかしその任務の有意性から、非凡な程の屈強さと有能さを求められる。
 挙げるべき才能は身体能力や高い潜伏能力や索敵能力、更には求心力や正確な人格選別眼等枚挙に暇がない。
 大戦参加各国は、こぞってそう言った人材の育成に傾注した。


 だが、その中でドイツ連合国だけが別のベクトルの開拓を始める。
 それが被爆しても問題のない、進化した人間の作成。


 《新人類》の創造だった。


 彼等は理想形の一つとして、ある生物を提示した。
 ハエ目ユスリカ科に属する昆虫、ネムリユスリカ。その幼生体だ。
 宇宙線が飛び交う過酷な宇宙空間で1年近く生存出来るこの虫ならば、被爆地に置くのに最適の耐久性を有している考えられた。


 ところが、本命を試す前段階で思わぬ発見があった。
 別個体のDNAを組み込むには、都合上、一度DNAをRNAに転写する必要がある。
 その行程のテストで、偶然にも当たりを引いたのだ。


 それこそ、光速移動物質を捉え得る動体視力と、瞬間的にヒッグス粒子とタキオン粒子を置換し、重量を無視して反応出来る能力、神資質Heiligeの発見だ。
 驚異のDNAの持ち主は、かつては撮影時の採光ミスとされ、22世紀中盤に発見されるまで幻生物でしかなかった存在、スカイフィッシュだった。


 この予期せぬ成果が、Neuemenschheitherstellungplanの方針を大きく変える。
 光速での動作が可能と言うだけで、様々な可能性が出て来たのだから、当然の事だった。
 まず、Neuemenschheitherstellungplanに対する軍のオーダーが変わる。
 優秀な兵士は最早不要となり、最も期待されるのは光速稼可動の人間兵器開発が期待された。


 しかし、思わぬ要因が障害として立ち塞がった。


 特筆すべき障害は、ただ一つ。
 たった二つしかない成功例が、ある特定の人種を必要としていたからだ。


「何なの?」


 意図してなのか、説明を止めた絵美に、マリヤは問う。
 憂鬱な顔の絵美は、そこで溜息を吐いた。










「源!やっぱいいな君は!!最高だ!」


 狂喜に撥ねるギルバートの言葉は、前半部分が右で、後半部分が左で聞こえた。


『相っ変わらず速ぇなオイ』


 舌を打ち、源は善処に努める。
 だが如何せん、ギルバートは速過ぎた。
 懸命に姿を追った所で、視界の隅に捉えるのがやっとだ。


 確かに、源はNeuemenschheitherstellungplanで光速移動物を視認出来る目を得た。
 得たのだが、実はそれ、左目だけなのだ。
 つまり、彼がギルバートを捉えられるのは、片目の視界百数度分。
 故に、どうしたって遅れる。
 相手は亜光速移動物体だ。
 首を巡らせようと無駄、身体を捻る等論外。
 加えて片目事情には、重大な欠陥があった。
 源がギルバートに黒星を並べたのも、実はこの欠陥が大きい。
 死活問題になり得るそれは、距離感の誤認だ。
 距離や長さと言う概念には、最低でも2つ以上の観点がいる。
 所狭しと移動するギルバートを片目でしか捉えられない源にとって、その距離感は[近い様で遠く、遠い様で近い]ものでしかない。
 まるで禅問答の様な感覚が、戦い続ける限り延々と続く。
 これを地獄と言わずして何とする。


「ごちゃごちゃうっせえな。舌噛むぞ」


 軽口を叩きながらも、釘付けされた部屋の角から全体を睨む。
 実際今の所、源はギルバートの蹴りを悉く躱していた。
 決して、受ける事はしない。
 そもそも脚と腕の力には、数倍の隔たりがある。
 “神を掴む手”であろうと、“神を追う足”を受ける事は出来ない。
 故に躱す。
 手で壁を押し、床を押し、天井を押しながら。
 だが、このままではジリ貧になるのを待つだけだ。
 形勢逆転を狙い所だが、中々決定的なチャンスが訪れない。
 彼の腕は、既に結構な疲労を溜め込んでいた。
 これも、“神を掴む手”の弱点の一つ。
 脚と腕では、疲労の蓄積率が段然違うのだ。


『早く使えよ、アレを』


 思わず歯噛みした直後、予期せぬ方向からの衝撃が源を襲った。


「クッソ……!!!!」


 引っ掛けられた衝撃のまま、信じ難い勢いで土壁に激突する。
 肢体をバラバラにされる様な痛みが全身を襲い、意識が刈り取られそうになる。
 揺れる意識の中で全身が脈打つのを感じ、軋む関節を何とか動かして瓦礫を押し退けた。
 揺らぐ視界が整って行く中、その中央にギルバートが降り立つ。
 10mと空いていない距離で揺れる肩から、彼の身体が漸く温まって来た事が分かり、思わず源は苦笑した。


『っとに化物だなコイツは』「どぉした?もぉ疲れたか?」


 精一杯の強がりは、畳み掛けを阻止する為だが、当の化物は攻め込む様子も見せずにクツクツと笑った。


「楽しい。マジで…………いぃよお前」


 ギルバートは、右手を面に伸ばす。
 淵を掴んだ手に、粘性を帯びた液体が伝った。
 よりよろと立ち上がる源の目に、怪物のその素顔を曝す。


「見ろ源!!やっぱお前じゃなきゃダメだ!!お前じゃなきゃこぉはなんねえ!!」


 喚くギルバートの顔を、窓から差す月明かりが照らした。


「……相変わらず腫れんだな」


 源の言葉は、正鵠を射ていた。
 月明かりに照らされて、青白く輝く黒髪黒目のギルバートの顔。
 その表面が、パンパンに腫れて脈動している。
 歪に膨れた皮膚は白日の下では真っ赤に染まって見えただろう。
 パーツの位置もおかしい。
 右目の位置は正常だが、左目が下に寄り過ぎている。
 鼻の位置にも違和感があった。
 本来正中にあるべきものが右下に平行移動している。
 極めつけは口。
 正中下部にあるべき口唇は、大きく左に傾き、フェイスラインをなぞる様に耳元に伸びる。
 福笑いの失敗例の様な、異形とも言える相貌。
 見る者全てが目を背ける顔を、しかし源は眉一つ動かさずに見詰め続けた。


「シシメンヨウっつったっけか?また脈打ってんじゃねぇか。相っ変わらず痛々しぃなぁ……」


 気遣いも配慮もない、不躾極まりない言葉を吐き続けて、それでも源は目を逸らさない。
 それがギルバートにとって、どれだけ嬉しいか。


「あぁそぉだよ源……俺はお前の前でしかこうなれねぇんだ!!!!お前にしかこの顔は見せれねぇんだ!!!!お前だけがこの顔を直視してくれんだ!!!!だから俺は!!!!俺には!!!!お前が必要なんだ!!!!分かるか!?!?分かるよな!?!?お前なら!!!!あぁ!?!?」

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