T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter2-6




 さっきまでいた筈なのに、いつの間にか消えた即席の相棒に、絵美は愚痴った。


「何なのよ……ふざけるのもいい加減にしてよ……」


 勿論、これは独り言に終わる可能性を考慮した文句だった。
 い(かなはじめ)源と言う男が猫の様に気紛れなのは、ごく短い間でも分かっている。
 それなのに。


「全くだ。ふざけるのもいい加減にしろ」


 予期していた声と全く違うものがそう応え、顧みる間もなく絵美の景色が回転した。


『あれ?』


 何が起こったのかを理解する前に衝撃が体に走り、気付いた時には、乾いた土と枯れた茎が横倒しになっていた。
 そうして、初めて絵美は自分が組伏されたのだと理解する。


「舐めやがって!テメェ等の有能性を示す為にここまでするか!!」


 俯せの背中に、咆哮が圧し掛かった。
 米神に突き付けられた冷たい感触と、耳元でビリビリと反響する怨嗟の声。
 その二つを突き付けられて、ようやく絵美は全てを理解した。
 彼女は追い付かれたのだ。
 つい数十分前に突き付けられた冷酷な殺意、あのドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャが如きテロリスト、ホセに。


「生きていたのね…………それで?告白でもしに来たの?」


 懸命に吐いた強がりは、枯れていた。
 視界は既に霞み、指先にも力が入らない。


『本当にゲームオーバーかもしれない』


 諦観という絶望が絵美を侵食した。


「黙れ!口先だけ達者な糞野郎共が!!!!」「……っ」


 ガツン!と鈍器が米神を打つ。
 銃底が刈り取ろうとする意識を意地で縫い止め、滴る血を感じながら、彼女は質問をぶつける。


「……ねえ、何でT.T.S.を狙ったの?」


 それは、絵美がどうしても訊いておきたかった事だった。
 人間は知性で動く生物だ。
 基本的に戦いを避けたがる。
 だから、人間が牙を剥く時、そこにはやんごとなき事情が存在する筈だった。
 しかもホセが狙ったこのT.T.S.と言う組織は、今最もホットな警察組織だ。
 これを狙って行動に出るというのは、大変な覚悟がいる。
 故に、彼女は訊きたい。
 ホセを突き動かしたものが何だったのかを。
 これほど大規模な事件を起こして、何を告げたかったのかを。


「アンタが何でこんな事したのか、最後に聞かせてよ」


「さっきも同じ事言ってたな。また時間稼ぎか?」


「違うわ」


「なら黙って死ね」


「それこそふざけ過ぎているでしょう」


「何だと?」


「何で私がT.T.S.に入ろうと思ったか分かる?」


 ホセが押し黙った。
 それを肯定と捉え、絵美は続ける。


「人の思いを守りたいからよ。歴史って言うのは、とどのつまり人の思いの結晶だと私が考えるから。人は何かを成し遂げる為に行動に出て結果を生む。歴史はそうして紡がれて来た。時には悲劇を招いた事もあったけど、それは後の世代の反面教師になった。勿論、その中には様々な主義主張があったでしょうよ。でも残るのは一つ。様々な思いが散って来たし、色々な人が犠牲になって来た。でも、そんな残酷な結果にだって得られるものはあった。これを思いの結晶だと考える事に何も可笑しい事はないでしょう?
 でもそれを、薔薇乃棘エスピナス・デ・ロサスは踏み躙り、自分達に都合の良い世界を作ろうとしている!私はそれがどうしても赦せない!絶対にそんな事はさせたくない!だから私はT.T.S.に志願するのよ!皆の世界を守りたいから!だから!私はアンタに殺される訳にいかないの!
答えて!何でアンタはこんな事したの!?私を殺す理由は何!?何の為に自分の命まで投げ打つの!?勘違いして欲しくないから言っとくけど、もしアンタと立場が逆でも、私は同じ質問をアンタにするわ!だから聞かせて!アンタの目的は何なの!?」


 嘘偽りのない素直な気持ち。
 正岡絵美を突き動かす原動力を、吐露した。
 相手にどこまで届いたかは分からない。
 だが、絵美は言わずにはおけなかった。
 せめてこの世界に、聞き届けて欲しかったから。


「そうかよ……」


 視界の外から、声がする。
 その声は、米神に突き付けられた銃口同様、震えていた。
 だが、それは動揺の震えと違い、明らかな怒気を宿していた。


「お前何様だ……」


「え?」


「何様のつもりだって言ってんだ!」


「何を……」


「歴史が人の思いの結晶!?人の行動が歴史を作って来た!?ふざけんな!!それが思い上がりだって言ってんだ!!お前等現代科学信奉者は何様のつもりだ!?歴史!?犠牲!?そんなもんなくても時間は流れんだよ!!お前等自然の主人にでもなったつもりか!?」


「ちょっと待って、私はそういうつもりで言った訳じゃ……」


 話がかみ合っていない。
 そう思った時、絵美はホセの状態に考えが至った。


『そうだ、コイツはもう、とっくにまともじゃない』


 激高した相手に言葉が通じない事なんて、経験で知っている。


「時間法則解明の時点で満足しときゃよかったんだ!“大禍”然り“TLJ”然り!解き明かした途端に我が物顔で使役して、厄災しか生まれてねえ!挙句は世界の滅亡まで招きやがって!!俺達はな、テメェ等現代科学信奉者と、その暴走を止めようともしなかった世の中、その両方が許せねえんだ!!テメェ等全員、神に対する畏敬を忘れてやがる!!」


 顔は見えずとも、口角泡を飛ばすホセの顔が容易に想像出来る。
 それ程、ホセの口調は強く、激しく、鋭かった。
 だが絵美には、その口調よりも内容で引っ掛かりを感じる。
 中でも、飛び切りの単語があった。


「神……ですって?」


 それは、近年めっきり耳にする機会の減った言葉。
 難民や貧困層ならまだしも、SFすら現実に手繰り寄せた文明下の者は、最早如何なる苦難を前にしてもその言葉を口にしない。


『そんなものの為にこんな事をしたって言うの?』


 唖然とした。
 そんな幻影の為に、自身は殺され掛けたのか、と。


「本当に……いい加減にしなさいよ……」


 頭の中が、あっと言う間に罵詈雑言で満ちる。
 それが口から洩れている事に、遅れて気付く程。
 湧きたつ怒りは闘争本能へ昇華し、彼女の身体を動かした。
 俯せの状態からエビ反りで足を伸ばす。
 狙いは、ホセの頸。
 かつて新体操で五輪代表確実とまで言われた絵美の身体は、その柔軟性を如何なく発揮した。
 瞬発的な背筋の収縮が、彼女の長い脚を真っ直ぐにホセの頸筋へと導く。
 ホセは反応も出来なかった。
 ガッチリと嵌まった絵美の大腿がホセの頸を挟み込み、抵抗も許さず背中の重量感を排除する。
 捻り上げられていた腕を解き、即座に銃口を逸らした。






バン!!!!






 闇の手が空に伸びて行く中、乾いた発砲音だけが響き渡る。
 形勢は覆った。
 仰向けのホセに馬乗りになり、頸に腕を差し込んだ絵美は、喝破の叫びを浴びせる。


「神なんて曖昧な存在に縋って、努力で評価を勝ち得た人に逆恨みか!?!?そんな下らない動機で人を殺そうとしたのかお前は!!!!ああ!?!?」


 噛み付かんばかりの勢いを強め、絵美の語気は荒れる。


「確かに恐れはもつべきよ!!!!それは必要なものよ!!!!でもそれは神に対してなんかじゃない!!!!そんな無責任なものじゃない!!!!必要なのは、その恐れに負けて暴走する、お前みたいな心の弱い奴が起こす馬鹿げた破壊行動に対してよ!!!!お前こそ何様のつもりだ!!!!神の代行者とでも言うのか!?!?こんな事が神の意志だとでも!?!?自分テメーはさっさと自爆して、責任も罪悪感も全部神に押し付けて、それが意義だと本当に思っているの!?!?甘ったれるな!!!!!お前はただ人を殺そうとしただけよ!!!!」


 何度も何度も、腕に力を加え直す。
 許せなかった。
 ホセがどれだけ苦しい道を歩んで来たかを絵美は知らないが、それでも許せなかった。


「不条理で身内を亡くした奴なら、全員それと同じ事を繰り返すと思う!?!?」


 また一つ、力を加える。


「“私は”そんな事はしないわ!!!!絶対にしない!!!!」


 それは負けと同義だ。


「家族を奪った人間と同じになる自分が許せないからよ!!!!」


 だから。


「私はそんな理不尽な破壊を生む奴等を許さない!!!!」


『お前なんかに負けられない』


「市民を巻き込む様な事はさせない!!!!」


『絶対に譲れない』


「この肉叢を贄と捧げようと、絶対に!!!!」


『何度だって立ち上がってやる』


 暫くの間、絵美の荒れた呼吸だけがあった。
 ホセは戦意をなくしたのか、身動き一つしない。
 時折吹き抜ける冷たい風と対照的な、熱い息が吐かれる中、絵美は言う。


「いい加減出て来たら?」


 返事の代わりに、男が一人、ホセの頭上、絵美の正面に現れた。
 かなはじめ源。
 光学迷彩カメレオンで身を隠し、一部始終を見ていたであろう男は、左に白いグローブを、右に黒いグローブを、それぞれ嵌めて立っている。


「いい趣味ね。自分はサッサと身を隠して鑑賞に回るなんて」


「二言連続で“いい”から始まってんのに、ちっとも褒められた気がしねぇな」


「当たり前でしょ」


 ホセの上から崩れる様に体をどかすと、声に棘を加えて続けた。


「褒めてないんだから」


「そぉかい」


 素気なくそう言いながら、源は左手をホセの額に置く。


バチッ!!!!


 耳障りな電気音と共に、ホセの体が大きく波打った。
 同時に、夕闇から橙色の輝きを伴って音速越えの弾丸が飛来する。
 今度は、絵美も動揺しない。
 見逃さない、と思う余裕さえあった。
 彼女の目の前で、源は視線だけを巡らせて、漆黒の右腕を。


ガガン!!!!


 聴覚が金属音を拾った。
 だが、一方の視覚は、何の情報も捉えていなかった。
 源の拳がゆっくりと解かれ、そこから、三つの小塊が零れ落ちる。
 見逃す、等というレベルではない。


『見られない……』


 ただ結果を見るに、この男、


「もしかして……掴んだの?」


 確信の持てない言葉は、自然と間の抜けた調子となった。
 得意気に正解ヤーと笑って、源は右手を振る。
 そこからは、ほんのり薄く煙が立ち込めていた。


「じゃまぁ、ここらでネタバレしとこぉか。紫姫音、腕解いちくり」


 黒色から一気に肌色に変わった腕を見て、源は満足気に頷く。


「俺はT.T.S.のNo.2、かなはじめ源。勿論、未来から来た。ジョアンナ・キュリー、いやさ正岡絵美、お前をこのテロから救う為にな。ちなみにお前はこの後順調にテストをパスして無事T.T.S.のNo.3になっから、ドーンと構えてテスト受けとけ」


「へ?」


 いきなりとんでもない事をカミングアウトされ、間の抜けた声を上げた絵美は開いた口を塞げられず、眼を瞬かせ、耳を疑った。
 同時に、源の手首から感嘆する少女の声が響く。
 両者の反応は、共に致し方ない事だった。
 未だ絵美は特殊メイクで変装している上、この自称T.T.S.No.2の言う事が真実だとするなら、それはつまり。


「わざわざ私を名前で呼ばなかったのって……」


「勿っ論、演技です☆」


「あ、そぉ……」


 壮大な眩暈に見舞われて死にそうだった。
 『何だそのご機嫌なポーズは』と一言ツッコミたい所だが、そんな元気もなくて、疑問を口にするのが関の山だった。


「ねえ、何でアンタは遠路遥々こんなきな面倒臭い場面に来た訳?」


「そりゃお前がさっき自分で言ったろ。あのままじゃお前が死でたからだよ」


「え?」


「まぁ俺もよく分かんねぇんだけど、俺未来のお前に言われたんだよ。“私的に有史以来最大の不本意なのだけど、私あの時アンタに助けられたのよ”ってな」


「私が?」


 確かに源が真似した絵美の口調は、断じて認めたくないが、彼女が使いそうな言い回しではあった。
 だが、何と言うか、先の自論を展開してしまった手前、絵美は簡単に源の言葉、もとい、自分の都合で時間をいじくった事を認めたくなかった。
 しかし、首肯する未来人の言葉は容赦がない。


「ちなみにこの時代の俺も、今頃未来のお前とご対面して、そんでもってどやされてっぞ。地中海の上でな」


「え?何で地中海?」


「この試験、最初は参加する気なくてよ、今頃は地中海でクルージング中だ」


「……は?」


「で、未来のお前がこの時代の俺に未来に向けた説教してるって訳」


「……ここまでの試験は?」


「この俺が代理で出てた」


『え~~何それ』


 これで、とうとう絵美は未来の自身の行動を否定出来なくなってしまった。
 発せられた言葉は究極の替え玉受験と言う、ネタバレもネタバレ、ドネタバレだ。
 あり得ないし、あったとしても試験官への密告の危惧や罪悪感から絶対に他言しないのが一般的だろう。
 それをここまで屈託なく告げられると、抱く感情は疑心よりも虚脱になってしまう。


『まあでも、だからって納得出来る訳ないでしょ』


「ねえ」


「ん?」


「そんなんでいいの?」


「何が?」


「いやだって……」


「あぁまぁ、さっきの聞きゃそぉ思うわなぁ」


『あ、そうだ、こいつ全部聞いて…………う、うわあああ』「ああああれは、その、何て言うか……つい口を滑らせただけ」


「でも安心したぞ」


「え?」


「お前って前からこうだったんだな。何て言うか、安心した」


「はあ……」


「真面目で、真っ直ぐで、曲がった事が大っ嫌いで……」


「まあ……はい」


「そぉいうとこ好きだ」


「はぁ?」


 一瞬真っ白になった頭が、漸く言葉を理解した。


『何を言っているの!?この人!?』「へ?は?え?あ、と……そ、れは……ど、どうも」


「まぁ一番変わっといて欲しかった喧しい所が変わってないのが残念だけど」


「うっさいな!そんな簡単に……っ変われる訳ないでしょ!!!!」


 意地と瞬発力で言い返してはみたものの、若干咽てしまった上、顔を上げる事が出来ない。
 今更だが、今日の絵美はとことんついてなかった。
 特に、このかなはじめ源という男と出会って以降は。
 自力で事態を収拾出来ない無力さを甘受し、戦略的思考と分析能力の差を痛感させられ、挙句、滅多に言わない痛い本音を聞かれてしまった。


『全部コイツのせいだ……』


 恥ずかしいやら悔しいやらで気分は完全に鬱だが、一つだけ疑問が湧いた。


「ねえ、さっき“最初からこの試験に参加してない”って言っていたけど、あれ本当?」


「ん?まぁ、そぉだな?」


「じゃあ何でT.T.S.に入ったの?」


「あぁ、まぁ何だ……今頃お前にその辺の説教喰らってるよ、多分」


「どういう事?アンタ自身は過去改変阻止に情熱はないの?」


「あぁ……それなぁ……」


 それは、絵美にとって大きな意味を持つ質問だった。
 肩を並べる同僚の心構えは、是非知っておきたいのだ。
 だが、返って来た答えは想定のストライクゾーンを大きく覆す。


「歴史とか過去とかさ、正直知ったこっちゃねぇんだよ」


「な……」


「お前さっき“歴史は人の思いの結晶”って言ったろ?俺から言わせりゃ、歴史は“究極の他人事”だ」


「究極の……他人事」


「お前、尊敬する人に歴史上の人物とか挙げちゃうタイプだろ?まぁそれも分かんなくはねぇんだけどよ。それ本当かどうか分かんねぇじゃん」


「本当かどうか分かんない?」


「例えば……そぉだな、お前昔新体操やってたっつったな?」


 反射的に「言ってねぇよ!」と言おうとして、直後に『ああ、未来の私が言ったのか』と考え直した。


『全く、ややこしい』


「俺に話した時は何だか輝かしい過去を語る感じだったけどよ、当時のお前はそぉでもなかったんじゃねぇか?」


「え?」


 ドキッとした。
 図星も図星。
 かつての絵美は、心から体操を楽しめていなかったからだ。
 警視庁に入庁したのが14歳の時。これは史上最年少記録だ。
 若いと言うより幼い少女は、世を大いに賑わし、一躍時の人として世間に持て囃された。
 更に翌年、15歳の少女は更なる偉業を成し遂げる。
 全日本社会人新体操選手権。
 強豪選手に名を連ねた彼女は、そこで優勝を果たしたのだ。
 メディアはこぞってこの話題を取り上げ、2172年のウランバートル五輪への選出を有力視した。
 数多の可能性を持った少女は、日本中の期待を一身に背負う。
 しかしその重責は、結果的に絵美を苦しめる事しかしなかった。
 何故なら彼女にとっての体操とは、あくまで趣味の域でしかなかったからだ。
 天賦の才を持ちながら、それを活躍の主材としない彼女を、人々は身勝手に叩いた。
 大会出場を拒否される様になり、通っていたスポーツジムも世間体を気にして登録を抹消し、結局15歳の少女は、ささやかな趣味を捨てる他に選択肢を見出せなかった。
 誰も理解出来ない苦しみを懐いた彼女は、業腹だが耐えた。
 それしか出来なかった。
 思春期の少女に、それはどんな仕打ちよりも酷に思えた。


「今んなってみりゃいぃ思い出って奴だ。人は過去を美化する様に出来ちまってる。偉人が現役ん時も偉大だったかなんざぁ誰も知らねぇ。知ってる奴ぁ皆死んじまってっかんな。だから他人事だ。過去なんて分かんねぇし、分かった所でいじりよぉがねぇ。その時間その場所に自分がいれたとして、残る話は一つだかんな」


 教科書に載っている歴史が改正される事がある。
 肖像画の正誤や、偽史確認と言った類の物だ。
 詰まる所、歴史は曖昧模糊としており、時と共に風化してしまう。
 これは宿命だ。
 タイムマシンは確かに出来た。
 だが、それを用いて過去の真実を見て来たとしても、事実が変わる訳ではないし、やはり観測者の先入観が介在する。
 これもまた、宿命と言わざるを得ない。
 だが、い(かなはじめ)源という男は、そんな一切を無視した上で笑うのだ。
 歴史なんて知った事ではない、と。
 この時抱いたのは、持論と矛盾するが、怒りではなく感心だった。
 歴史に無関心だとする意見が、これほど向いている職業はない。
 T.T.S.は職業上過去に向かう。
 その際、ほんの出来心で歴史に関わる者が出てしまう可能性も、0ではない。
 だが、源の様な人物であればどうか。
 歴史に無関心な彼が過去に行ったなら、その危険性は激減する事だろう。


『そういう意味では最適な人材なのか』


 後に知るが、T.T.S.になる人間には2つのタイプいる。
 即ち、几帳面で責任感の強い絵美の様な性格と、いい加減で責任感の弱い源の様な性格だ。
 正反対な両者が組む事で、任務達成率は大幅に上昇する。
 これも後で知る事になるが、今回の事件鎮静化にはストレートフラッシュの相性調査と言う側面もあった。


「ちなみにな、コイツ等自然至高主義者共と過激派の宗教集団が作った現代科学否定集団でよ、今日をキッカケに半年後からT.T.S.と共闘関係になんだよ。さっき俺と通信したのは紙園エリ、I.T.C.屈指の名オペレーターになる童顔毒舌ド巨乳ドSの4D女。で、このホセ・セサール・チャベスはP.T.T.S.プレゼントタイムトラブルシューターの旧米分国部隊で副隊長やってる。まぁだから、俺達が今日やった事もあながち無駄じゃねぇ訳だ」


 源は絵美の頭をグリグリと撫でた。
 払い除けるより先に手を離され、悔しいやら恥ずかしいやらで顔も上げられない。


「んじゃまぁ、俺そろそろ帰っから。後ぁよろしくな、ドMちゃん」


「は?」


 慌てて顔を上げると、もう源の姿は屋上のどこにもなかった。
 結局最後まで主導権を握ったまま、彼は一歩先を行き続けた。


『まだまだだな……私……精進しなきゃ』


 未来の存在というハンデを差し引いても、あらゆる面で絵美は源に及ばなかった。
 同僚として肩を並べる以上、こんな体たらくでは駄目だ。
 当面の間、絵美は源を目標にする事にした。
 誰よりも軽やかに、それでいて注意深く物事を見る彼の姿勢を、尊敬する事にした。
 ただ、一つだけ気に喰わないのは。


「ドMちゃんはやめろっつってんだろ馬鹿」


 ギュッと服の裾を掴んだのは、冷え込みが厳しくなったからだ。
 一日の中に四季があると称されたロンドンの夕暮れは、初秋を思わせる程冷え込んでいる。
 だから、こうして身体を丸めているのだ。

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