死に戻りと成長チートで異世界救済 ~バチ当たりヒキニートの異世界冒険譚~

平尾正和/ほーち

第65話『逢魔が時』

 高速馬車でエムゼタを出て北へ。


 中央大路を右に曲がって東へ進み、ヘグサオスクの首都エラムタへ行く。


 ここまでは問題ない。


 この後だ。


「あの、すいません」


『はい、なんです?』


 エラムタ近くの通りで冒険者を追加で乗せるために、馬車が一旦停車したタイミングで馭者席に声をかける。


 ドア越しでも問題なく会話が可能な仕様らしい。


「スレイプニルに直接乗ることは出来ますか?」


『えーっと、まぁ大丈夫だけど……』


「ああ、俺、SSランクのショウスケですけど」


『ああ、こりゃどうも!!』


 ギルド関係者相手に要望を通すには、SSランクであることを明かすのが手っ取り早い。


 こういう特権的なものを振りかざすのは余り好きじゃないけど、今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃないからな。


 とりあえずここからは何が起こるかわからないので外で偵察をしておきたい。


 前回のアレはスキルじゃ把握できないようなので、目視するしかないようだし。


『どうしたんです? 急に……』


「あー、なんとなく嫌な予感がするんでね。ちょっと前方を警戒しておきたいんですよ」


 普通なら”嫌な予感”なんて理由、鼻で笑われておしまいなんだが、非常時のSSランク冒険者が言う”嫌な予感”となると話は別だ。


『そ、そうですか。ちょっと待ってください』


 すると、ガチャリとドアが開く。


 ドアの向こうにはローブを纏った小柄な中年男がいた。
 馭者席といっても、そこはそれなりに広い個室になっている。


 馭者が座る椅子は座り心地の良さそうな革張りのソファで、隅の方には仮眠用の寝台があり、そこには交代要員と思われる男が眠っていた。


 ちょっとした冷蔵庫や流し台、トイレらしい個室もある。


「へへ、どうも。いやぁSSランクの冒険者さんに警戒してもらえるってのはありがたいですなぁ」


「すいません、勝手を言って」


「よかったらここからでも前は見えますけど?」


 確かに馭者席……いや馭者室といったほうがいいか。


 この馭者室は前と横が見やすいよう、フレームだけの構造になっている。


 ただ、このフレームに魔術が施してあり、雨風や熱を遮断し、光をある程度調整できるようになっているはずだ。


「例えば何かあった時、ここから外に向かって攻撃できます?」


「あー、そりゃ不味いっすねぇ。一応結界になってるんで……」


「じゃあやっぱり馬の上のほうがいいかなぁ。あ、でも乗馬経験なくても大丈夫かな?」


「ああ、そりゃご心配なく。スレイプニルの背は地面みたいなもんですから。逆立ちしたって落ちやしませんよ」


「でも、随分飛ばしてるみたいだし、車体は結構揺れてるよ?」


「そりゃこんだけデカい車体つけてたんじゃぁ固有能力の影響も受けにくくなりますよ。ただ奴の背に直接乗った場合は、例えどんなに飛ばそうが、それこそ空を駆けたって地面に立ったり座ったりしてんのとおんなじ感覚でいられるんですわ」


「そりゃすごいね」


「じゃ、ちょっと待って下さいよ、結界を解きますんで」


 馭者が何かを操作するが、特に変化は見られない。


「はいよ。じゃあそのまま前から出て、ピョンと飛び乗ってくださいよ。奴にはもう言い聞かせてあるんで」


「うん、ありがとう」


「えっと……お連れさんもご一緒で?」


「へ?」


 馭者の視線を追うと、そこには少し機嫌の悪そうなデルフィがいた。


「えーっと……」


「行くわよ」


「出来れば車内で……」


「ダメ。私も行くの」


 むう、こうなると説得は無理か。


 まぁ何が来るにせよ彼女の戦力は貴重だし、ここは頼らせてもらうか。


「じゃ、行こうか」




**********




 俺たちがスレイプニルの背に乗ったのを確認すると、馭者は馬車を発進させた。


 ものすごい勢いで景色が流れているんだが、馭者の言ったとおりスレイプニルの背の上は非常に安定している。


 揺れはもちろんだが、風すら感じないってのはすごいな。




 俺たちはスレイプニルの背に立って前方を警戒する。


 正直首が邪魔で視界が遮られるんだが、頭の上に乗るわけにもいかないので、俺とデルフィで左右それぞの前方を警戒している。


 うん、一緒に来てもらってよかったな。




 そのまま2時間ほど進み、ちょうどエラムタとエスケラの中間部辺りから、徐々にスレイプニルの走行速度が遅くなっていき、最終的には止まった。


 馭者席の方を見てみると、馭者が両手あげて肩をすくめている。


 とりあえず馭者席の前に行くと、結界を解いてくれた。


「すんません。馬が勝手に止まったようで……」


「ああ、いいですいいです。とりあえず俺たちでもう少し前の方に行ってみますんで、結界戻して待機しといてください。やばそうなら俺らは放って逃げてもいいんで」


「そうですか。そう言ってもらえると助かります……。じゃあ、お気をつけて」




 俺はデルフィを伴って地上に降り、前に進む。


 中央大路というだけあって、道幅は広く、遮蔽物もあまりないのでかなり前方まで見える。


「デルフィ、勘とか雰囲気とかそんなんで察知できない可能性もあるから、目を凝らしておいてくれ」


 俺の場合は<気配察知><魔力感知><危機察知>なんかのスキルを持っているが、おそらく上級冒険者の多くは似たようなスキルを持っていると思われる。


 なので、視力に優れた種の獣人以外は、案外目視を疎かにしている事が多いんだ。


 前回、全く事前察知が出来なかったので、おそらく目視に頼るしか無い。


 なので、デルフィに注意喚起しておく。


「……なんか隠してる?」


「いや……、まぁ、勘?」


「勘に頼っちゃダメなんでしょ?」


「あはは……」


「……まぁ後で説明しなさいよ」


「……うん」




 現在、太陽はほぼ隠れているが、まだ夜とは言えない時間。


 古来より逢魔が時おうまがとき大禍時おおまがとき、トワイライトなどと呼ばれる、昼と夜が交差する不吉な時間帯。


 この世界でも不吉なんだろうか?


 とにかくその不気味な時を、俺はデルフィとともに、人っ子一人いない大通りを歩いて行く。


 ゆっくりと警戒しつつ、100mほど進んだ時だった。


「なに……、あれ?」


 まっすぐと続く道の先にある地平線を、何かがワラワラと近づいてくるのが見えた。


 道路の幅いっぱいに……いや、道幅を越えて、地平線いっぱいに広がって進んでくるソレは一体何なのか。


 少なくともアレには気配も無ければ魔力もない。


 だが禍々しいものであることは分かる。


 数えきれないほどの何かの集団。


 それが少しずつ近づいてきている。


 いや、離れているから錯覚してしまうが、たぶんかなりの速度で近づいているはずだ。


「デルフィ! なんかわからんけど迎え撃つ!!」


「ええ!!」


 流石に魔術が届く距離ではないので、俺は『ねじ突き』で、デルフィは『ねじ矢』で迎撃する。


 牽制の意味もあるので、威力や範囲よりも射程距離を長く取ることに意識を向け、一気に魔力を放つ。


 それぞれの攻撃が直撃し、集団から何かがパラパラと吹き飛ばされるのが見えた。


 しかしその勢いが止まることはない。


 さらに数発、攻撃を加える。


 一撃で数十単位のソレを仕留めているのはわかるのだが、近づいてくる速度
は変わらず、数が減ったようにも見えない。


「ゴブリン……?」


 徐々に距離を詰められ、その集団が何で構成されているのかがなんとなく見え始める。


 それは確かにゴブリンのように見えなくもない。


 おそらくは成人男性の半分ぐらいの身長の、人型の存在。


 しかし、じっくりと見ているヒマもない。


 魔術の効果範囲に入ったので、武器を剣から杖に替え迎撃方法を『波』系魔術に切り替える。


 『ねじ突き』に比べて威力は弱いが、効果範囲は広く、迫ってくるソレは、大した耐久性もなさそうなので、数を減らすにはこちらの方が効率がいい。


 <多重詠唱><詠唱短縮>のスキルレベルはそれぞれMaxに達しており、俺は現在同時に11回分の魔術を、短い詠唱で展開できる。


 上級攻撃魔術であれば、MPの続く限り延々と連続で発動できるのだ。


 デルフィの方は魔弓を使った広範囲攻撃魔法・・の方が効果範囲が広いので、さっきから延々と弦をはじき続けている。


 攻撃を受けたソレは、あっさりと灰のようにポロポロと崩れて消滅するのだが、見渡す限り一面を埋め尽くしているので、多少減ったところで全体に影響はなく、進行も止まらない。


 ようやく個別の形が見えるようになったソレは、大きさとしては確かにゴブリンに近いが、ゴブリンのように筋肉質ではなく、凶悪な顔もしていない。


 全身青白い、というより灰色に近い肌で、病人のように痩せこけた顔、手足は枯れ枝のように細く、あばらは浮き、しかし腹だけはぽっこりと膨らんでいる。


 いや、腹が膨らんでいるのではなく、他が細すぎるのだろう。


「餓鬼……か?」


 ソレを見た俺の頭にその名前が浮かんだ。


 この世界にそぐわない餓鬼とおぼしき群れが地平線からこちらを覆い尽くし、じわじわと近づいてくる。


 俺もデルフィも可能な限り効率的に攻撃を加え、すでに万を超える数を倒しているはずだが、一向に進行の勢いが衰える気配はない。


「なによこれ! なんなのよこれぇ!!」


 その異様な姿、そして異様な数に圧倒され、デルフィの顔に恐怖が浮かぶ。


 二人で活動を続け、危険なことは何度もあった。


 しかし、ここまで彼女が怯えるのは初めてだった。


 これだけ怯えていても、攻撃の勢いだけは衰えないんだから大したもんだ。


 しかし、二人じゃここら辺が限界か……。


「デルフィ、逃げるよ!!」


 最後に二人でデカい魔法をひと当てし、身を翻す。


 しかしその先には絶望的な光景が広がっていた。


 俺たちの攻撃は焼け石に水程度ではあったものの、それでも俺ら周辺の進行を多少なりとも遅らせていたらしい。


 だが、俺たちの攻撃が届かない左右両翼は進行速度を維持しており、中央部より先に進んだ両翼の餓鬼どもは空いたスペースを埋めるように包囲の輪を縮めていたようだ。


 後方100mほどに控えていた馬車のスレイプニルは餓鬼に引っ付かれてガリガリと食われ、半分ほどが骨になっており、残りは骨すらなかった。


 馬車も大半が食われてボロボロになっている。


 多少なりとも進行を遅らせていたとはいえ、所詮は焼け石に水。


 なんとか抵抗を続けたが、包囲の輪は無慈悲に縮まっていった。



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