死に戻りと成長チートで異世界救済 ~バチ当たりヒキニートの異世界冒険譚~

平尾正和/ほーち

第64話『境界の罅《ひび》』

 この世界には東の端がある。


 大陸を南北に走る真っ白な壁。


 それは境界壁と呼ばれている。




 壁の向こう側は見えないが、なぜか太陽光は通すらしく、日の出は地平線を越えたところから確認できる。


 高さは不明。


 なんの取っ掛かりもないなめらかな壁を上ることは出来ず、破壊はおろかいかなる攻撃を持ってしも傷一つ付けられない。


 過去、多くの人々があらゆる魔法、魔術、魔道具を駆使して越えようとしたが、向こう側に到達できたものはいない。


 境界壁の北の端は、大陸北部に広がるネサ樹海に埋もれてしまうため確認できない。


 壁は大陸の南端を越えて海に入っても続いている。


 そして南の海もまたネサ樹海と似たようなシステムのようで、何年南に進んでも何も現れず、北に進路を戻せば、例え10年南に進んでいたとしても2日で大陸南端に到着できる。


 つまり、壁の南の端も確認することは不可能だ。




 壁の向こうに何があるのか。


 それは多くの人の想像をかきたてた。


 何もない不毛の荒野なのか、異なる文明をもつ国々が存在するのか。


 死後の世界があるという者もいれば、魔物だけが住む魔界があるのだという者もいる。


 何もない、ただ虚無だけが広がっているという説もあるな。


 まぁ確かなことは、壁の向うに何があるのかは分からない・・・・・ってことだけだ。




 その、有史以来存在し続けた謎の壁にひびが入った、という知らせが大陸中を駆け巡った。


 大陸の東の端に鎮座する霊山ウカム。


 古来より信仰の対象となっている八千メートル級の霊峰、その麓にあるエスケラの街から発信された情報だった。


 各国の政府や大陸中に散らばる各ギルドは続報を待ったが、第一報以来エスケラは沈黙してしまった。


 そして各機関はその真偽を確かめるべく、調査を行ったが、東へ向かった調査隊は例外なく音信を断つ。




 冒険者ギルドから俺たちに緊急指名依頼が届いたのは、第一報から丸一日たった後に編成された第三次調査隊派遣の時だった。


 第一次、第二次調査隊はヘグサオスクで活動中の冒険者を中心に編成されたが、残念ながら首都エラムタから中央大路を東にしばらく進み、エスケラに到着する直前辺りで音信が途絶えたとのことだ。


 その時俺たちはトセマにいた。


 なんというか、トセマってのは俺が最初に訪れた街なので、なんとなく居心地がいいんだよな。


 で、第三次調査隊はエカナ州を始め、センテオスク帝国東部で活動している冒険者を募ったんだが、俺たちがトセマにいることがわかり、急遽声がかかったってわけ。


 SSランクの冒険者がいるといないとでは大違いなので、俺たちがエムゼタに着くまで出発を半日ほど待ってもらった。


 高速馬車でエムゼタに着いたが、街の雰囲気は少し異常だ。


 いつもに比べて街は閑散としており、街を歩く人の多くは荷物を抱えて駅を目指しているようだった。


 街を出ようとしている人たちだろう。


 何が起こっているのかは分からないが、何か・・は起こっている、しかも東のほうで。


 となると、とりあえず離れてから考えようという者がいてもおかしくはない。


「あ、そういえばハリエットさん、今この街にいるらしいわよ」


「ん?」


「だから、ハリエットさんがいるのよ、ここに」


「ああ、そう。でも挨拶とかする余裕はなさそうだね」


「そうね……」


 そう言ったデルフィは少し残念そうだった。




 ほどなく駅に到着。


 そこには街を離れるための馬車を待つ多くの人が集まっているようだったが、パニックという程でもなかった。


 実はトセマの方でも似たような動きはあったのだが、エムゼタのほうが街を離れようとする人が多い。


 それは住人の特性なのもしれないし、半日たった今はトセマの方でも同じような状況になっているのかもしれない。




 とりあえず馬車から降りた俺は、ギルド職員らしい人を見つけて声をかける。


 ちなみに、駅には50人ほどの冒険者が既に集まっていた。


「おお! ショウスケさん、デルフィーヌさん、この度は依頼を受けていただいてありがとうございます!!」


「ああ、どうも。あの、ヘグサオスクから調査に向かった冒険者の名簿とかってあります?」


「あ、はい。えーっと、こちらですね」


 冒険者の名前とランクが記載された一覧をわたされ、目を通す。


 そして第二次調査隊の中にアルダベルトとフェドーラさんの名前を見つけた。


「第二次調査隊からは続報なしですか?」


「はい、残念ながら……。お知り合いでも?」


「ええ、まあ」


「そうですか……。すいませんが彼らの安否確認も含め、今回はよろしくお願いします!!」


「ええ」


 デルフィとともに、調査隊用の高速馬車に乗る。


 馬車は一旦北へ向かい、中央大路で東へ。


 ブルーノさんたちのいるテキエダを越えて更に東へ進んだところにある、首都エラムタで現地の冒険者を拾ってそのまま東へ進む。




 特に問題もなく馬車は出発したが、車内の空気は重い。


 普段であれば50人もの冒険者が集まればそれこそお祭り騒ぎになるのだが、今は通夜のように静かだ。


 パーティー内でぼそぼそと会話はあるが、無意識の内にみんな声量をセーブしているようで、ただの静寂よりも重苦しい雰囲気を醸し出している。


 こういう時にガンドルフォさんがいればいい感じに空気を良くしてくれるんだろうけど、彼は今、西の方に活動拠点を移しており、今回の件に参加するにしても少し先の事になるだろう。


 SSランク冒険者らしく景気のいいことを言ってあげたいが、残念ながら俺にその手のカリスマ性はない。




 一旦エラムタ近くで馬車は停止したが、街には寄らず、追加の冒険者が中央大路沿いで待機していた。


 と言っても乗り込んできたのは5人だけ。


 第一次、第二次調査隊に、合計300名近くが参加しており、これ以上この依頼に参加できる冒険者は、もうヘグサオスクにはいないだろうとの事。


 彼らに先遣隊の様子を聞いてみたが、全く事情は知らないようだった。


 ちなみに第三次調査隊の数が少ないのは、Cランク未満の冒険者の参加を禁止したからだ。


 第一次、第二次では特にランク制限はなかったのだが、さすがにギルドも異常と思ったのか、制限を一気に上げての募集となった。 


 Cランク以上で50人となると大したもんだと思うよ。


 ランク制限なしなら500人は集まっただろうが、今回は一度少数精鋭をぶつけてみようということになったらしい。


 それで数が必要ならランク制限を緩めて再募集、となるようだ。




 エラムタを出て数時間。


 かなりのハイペースで進んでいたが、エラムタとエスケラのちょうど中間辺りで、馬車が止まった。


 高速馬車の場合、通常であれば動いているかどうかわからないような静かさなのだが、今回は相当な速度を出しており、そこそこ揺れや振動があった。


 だが、徐々に揺れが小さくなっていき、やがて完全に止まった。


『あーあー。すんません、馬が怯えて動かないんで、ちょっと待ってて下さい』


 車内放送のような形で馭者の声が響く。


 ちなみにこの馬車は高速馬車なので車体を引いているのはスレイプニルだが、馭者はそれもひっくるめて馬と呼ぶらしい。


 馬車馬は魔術によて行動を制限されており、基本的には馭者に絶対服従だ。


 詳しくは知らないがその馭者の言うことに逆らうと、何かしらのペナルティがあるらしい。


 よっぽどのことがない限り馭者に逆らうことはない、ということは、現在よっぽどのことが起こっているんだろう。


『あーあー。えーっと、馬が引き返そうとしてんのを必死で抑えてんですが、どうします? こりゃタダ事じゃ……、ん? 何だ……ありゃ?』


 そこで馭者の声が途絶えた。


 30秒と経っていないが、ここでぼーっとしてるのは下策だろう。


「ちょっと、様子を見てくる」


 俺が立ち上がると、近くにいた冒険者パーティーが遅れて立ち上がり、リーダーらしい男が俺を制した。


「悪ぃがアンタはここで待機しててくれ。様子見ぐらいなら俺たちで充分だ」


「あー、うん。じゃあお願いします」


 そのパーティーは馭者席に通じるドアへ向かい、リーダーがドアを叩いて呼びかける。


 が、ある程度予想していたとおり反応はない。


 馭者席へ続くドアは、馭者以外には開けることが出来ないよう、魔術が施されている。


 なかば形式的に呼びかけただけで、パーティーは車外へ通じるドアへ向かう。


「なぁ……なんか聞こえねぇか?」


「ん? ……そういや、なんかカリカリいう音がすんなぁ」


 待機中の冒険者がふとそんな言葉を漏らした。


 言われてみれば、なにか物音がする。


 <気配察知>にも<魔力感知>にも、そして<危機察知>にも何ら引っかかるものはないが、はてなんだろうか?




 カリカリ……カリカリカリ……カリ…カリカリカリカリ…………カリカリカリカリカリカリ……




 耳を澄ませば、確かに聞こえる。


 何かを齧る音?


「音……大きくなってねぇ?」


「いや……数が増えたんじゃ?」


 さっきまで誰も気づかなかったその音に、車内のほとんどの者が気づきざわめきだした。


 外に……何かいるのか?


 様子見を買って出たパーティーのリーダーが車外へ通じるドアに手をかけるのが目に入った。


 なんだか嫌な予感がする。


「ちょ……」


 声をかけようとしたが、間に合わずリーダーがドアを開けると、何かが濁流のようにドアから押し寄せてきた。


 ドアから侵入してきたソレは、あっという間に車内に溢れかえる。


「ガァッ……!!」


 そのうめき声を発したのが自分だったのか、他人だったのか。


 気がつけば視界は奪われ、体のあらゆるところが激痛に襲われる。


 だがそれ以上うめき声を上げるどころが息すら出来なかった。




「あ、そういえばハリエットさん、今この街にいるらしいわよ」


 ……え?


 デルフィ?


「ちょっと、聞いてる?」


 俺は慌ててあたりを見回す。


 高速馬車の……車内?


 だが、さっきまで乗ってたのは別の馬車だ。


「どうしたの? 急にキョロキョロして……って、何その汗? どうしたの!?」


 デルフィが心配そうに俺を見てくる。


 返事をしてやりたいが、確認が先だ。


「エムゼタ?」


 窓の外に見えたのは、少し閑散としたエムゼタの街。


 ……死んだのか? あの一瞬で……?



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