魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第23話『神社に居るもの』

(さて、そろ次のボスに行ってもいいかな)




 コンパウンドボウを購入後、ついつい訓練に没頭していた敏樹だったが、命がけでの訓練というのは成長も早いらしく、それなりに戦えるようにはなっていた。
 訓練と筋トレによる身体能力と戦闘技術の向上に加え、何度も戦闘を繰り返したことにより行動パターンを把握しているため、近辺の雑魚魔物に負けるようなことはほとんどなくなっていた。




 ただ、敏樹の目的は強くなることではない。
 第一の目標は無論生き延びることであり、その為にはある程度の強さも必要だろうが、最終目標をあげるとするなら、この異常な状況からの脱出であろう。
 ここ2ヶ月の間は訓練と称して雑魚魔物と戦い続けていたが、状況に進展はなかった。
 そこでゲーム的に考えるのであればボスの攻略を進めていく、というのが妥当な線だろうか。




 ボスのいそうな場所だが、やはり第一に考えるべきは神社だろう。
 最寄りの神社にキマイラが出現したのだから、他の神社にもなにかしらボスらしい魔物が出てもおかしくはあるまい。
 ちなみにキマイラのいた神社だが、2ヶ月たった今もキマイラが復活する様子はない。








 他の神社にはどのような魔物が出現するのだろうか。
 最寄りの神社にはキマイラが出現した。
 各神社に配置される魔物が無作為に決められているのか。




 否。 




 敏樹は、神社の由来に関係した魔物が配置されているのではないかと考えている。


 敏樹は例の神社の氏子である。
 そして、あのキマイラの出た神社は、ぬえを祀っている。
 そのことを敏樹が知ったのは、中学生のころだった。
 中二病まっさかりだった敏樹は、鵺といういかにも中二臭い霊獣が自身の氏神であると知り、大いに喜んだものだ。




 さて、鵺である。
 頭は猿、手足は虎、体は狸、尾は蛇、鳴き声は虎鶫とらつぐみに似ていると言われている。
 そしてキマイラ。
 ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ、いわゆる合成生物キメラの語源ともなった魔物である。
 ……似てはいないだろうか?




(洋の東西が違うだけでおんなじカテゴリじゃね?) 




 というのが、敏樹の感想である。
 無論、単なる偶然ということも考えられるので、他の場所の確認する必要はあるのだろうが。








 キマイラ神社境内裏手の道を北に進んでいくと、少し急な坂道に行き当たる。
 その坂道を道なりに東へ進むと、小さな神社がある。
 敏樹はその神社を次の目標とすることにした。




 平安時代が終わり、支配者が平氏から源氏へを移り変わった時代のこと。
 平氏にくみしつつも、壇ノ浦の戦いを生き延びた悪七兵衛あくしちびょうえこと藤原景清ふじわらのかげきよが、源氏の世を見るに耐えかねて自ら目をえぐったという逸話がある。
 そのえぐりとらえた目玉を奉納し、神社が建てられた。
 次の目標となる神社には、その分霊が祀られている。
 景清は平氏の都落ちに従ったので平姓で呼ばれることもあり、かつてゲームの主人公にもなったことで一部世代には有名な人物である。


(西洋の落ち武者……デュラハン? いや、ありゃただの妖精だったか)




 デュラハン。
 アイルランドに伝わる首無し騎士である。
 自身の頭を抱えた首無し騎士という出で立ちから、いかにも戦争で首を落とされた存在のようなイメージを受けそうだが、あれは単に死を告げる妖精であったりする。
 同じ首無し騎士ならアメリカに伝わるスリーピー・ホロウの方が落ち武者のイメージに合うかもしれない。
 諸説あるが、一応アメリカ独立戦争に参加したドイツ人騎士がモデルになっていると言われている。




(ま、行ってみるしかないか)




 そもそも神社の由来と出現する魔物に関連がある、というのは敏樹の想像でしかない。
 何が出るかは行ってからのお楽しみ、と言ったところか。
 2ヶ月に及ぶ訓練のおかげか、敏樹に恐怖はあまりなかった。








 車を飛ばして神社を目指す。
 今回は軽バンの方に各種機材を一式積み込み、高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応出来るようにしてある。




 神社へ続く坂道は結構な急勾配だが、軽とは言え4WDである。
 軽バンは難なく坂を登りきり、神社の敷地近くに車を停めた。
 前回の失敗を踏まえ、敷地内に車は入れない。




 敏樹はコンパウンドボウを片手に車を降りた。
 危険があればすぐに乗り込めるよう、車のドアは開けておく。
 まずはひと当てし、車に戻って対策を練る、といったところか。
 敷地の狭い神社なので、境界線ギリギリに立てば、遮蔽物がない限り敷地内はすべて射程に入るはずだ。




 足音を立てぬよう、ゆっくりと歩を進める。
 そして、ボスらしい存在を発見した。




 少し距離があるのではっきりとは見えないが、それはふわふわと宙に浮いているように見える。
 ぬるりとした粘膜のようなものに包まれたそれの正体が何であるか、いまいち敏樹には判断できない。




(一発ってみるか)




 敏樹はコンパウンドボウを構えた。
 彼我の距離は50メートル程度。
 充分に威力を保ったまま命中させられる距離だ。
 狙われていることに気づいていないのか、それとも矢など怖くないということなのか、ボスらしいそれは特に動く気配がない。
 張力を60ポンドに調整したコンパウンドボウを限界まで引き絞り、敏樹はトリガーを引いた。




 ドスっと音を立て、矢が深々と粘膜に突き刺さった。
 矢を受けたそれは、衝撃を受けた様子を見せたものの、特に悲鳴のようなものは上げなかった。
 反撃らしいものがないのを確認した敏樹は、二の矢をつがえる。
 その時、ボスらしいそれが180度反転した。




 それは巨大な目玉だった。




(……アレはヤバい!!)




 とっさにそう思った敏樹は、きびすを返して車へと駆け出した。
 ……が、振り返ろうとして転倒してしまう。




「くそっ……!!」




 焦ってつまずいたのだと思った。
 手をついて体を起こし、立ち上がろうとしたが、足にうまく力が入らない。
 いや、脚自体は動くのだが、足首から先の感覚がなくなっていたのだった。
 敏樹は焦って目玉の方を見たが、それは何をするでもなくただ自分の方を向いたままその場に浮いているだけだった。




 敏樹は匍匐前進ほふくぜんしんのような形で、這ってその場を逃れようとした。
 手をついて体を引き、膝を支点に脚で体を押し出す。
 そうやって数メートル進んだどころで今度は足がほとんど動かなくなった。
 感覚のなくなっている部分が徐々に体の上へと移動しているようだ。




「どうなってんだよ!!」




 苛立ちつつも声を上げ、敏樹は言うことを効かない自分の脚を殴った。
 麻痺した脚に刺激を与え、少しでも事態の改善につながればと思ったのだが、拳に返ってきたのは石を殴ったような衝撃だった。




(石化!?)




 すでに腰のあたりまで感覚がなくなっている。
 それは徐々にせり上がっており、ついには腹のあたりまで進んだ。
 試しに腹を触ってみたが、やはりカチコチに固まっているようだ。


 その後も石化は止まらず、みぞおちあたりに進行した時点で呼吸が出来なくなった。
 いくら肺が無事でも、横隔膜が動かなくなれば呼吸は出来ない。
 うめき声すら上げることが出来ず、敏樹は徐々に視界が狭まってくるのを感じた。
 そして完全に意識が途絶える。
 それは窒息によるものか、それとも脳まで石化したことによるものか。




「すううぅぅぅ……………はああぁぁぁ……」




 その判断はつかないまま、敏樹は寝室で目覚め、それと同時に敏樹は大きく息を吸い込み、そして肺が空っぽになるまで吐き出した。




「はぁ……はぁ……あーあー……はあぁぁ……」




 呼吸を整え、声が出るのを確認し、安堵のため息を吐く。




(息ができるって、幸せなことなんだなぁ……)




 徐々に体の感覚がなくなっていく恐怖を思い出す。
 しかし、ただ怖がっていても意味が無いので、両手で挟むように顔を叩いて気合を入れた。




(しかし、目玉だったかー)




 出現した魔物を思い出す。
 それは大きな目玉だった。
 目を奉納した神社に目玉の化物が出たのである。
 やはり神社の由来と出現するボスキャラクターの間には、何らかの関連性があると考えてもよっそうだ。




(んー、やっぱ行き当たりばったりじゃダメかなぁ)




 自身の行動を振り返る。
 ボスと戦う度に死んでいたのでは世話ないな、と思う反面、アレはどうしようもなかったのではないか、という気もする。
 相手が尋常じゃない以上、1度くらいは死んでも仕方がないと考えるべきだろうか。
 少なくとも今回のボスが初見殺しであることに間違いはあるまい。
 敏樹は気分を切り替えて攻略法を考えることにした。






 さて、あのボスの正体だが




「ゲイザー、かな」




 それは『見る者』を意味する名を持つ魔物である。
 視線を受けたものに何らかの状態異常を引き起こす、いわゆる『魔眼』を持った厄介な存在だ。
 中には複数の目玉を持ち、それぞれが異なる効果を持つという者もいる。
 それに比べればあれはただひとつの眼球だったので、まだマシと言えるだろうか。
 そして魔眼以外の攻撃手段を、おそらくは持っていない。
 もしあれば、石化しつつある敏樹をただ見ているだけということはなかったはずだ。
 ならば、充分に勝算はある。




(よし、今回はペルセウス先生にならうとしよう)







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