魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第19話『対キマイラ戦~決戦~』

 無事、ガソリンと灯油を持ち帰った敏樹は、翌日に向けての準備を出来るだけ済ませ、しっかりと休息を取った。
 そして翌日、いよいよキマイラ戦の準備を始める。
 まずは石膏ボートとベニヤ板で作った防火壁を移動させる。
 さすがにこれは自転車に積めないので、既に別途購入してあった台車に固定済みだ。
 過去のリフォームで余っていた端切れの木材を台車の荷台部分にしっかり取り付けてストッパーとし、防火壁を乗せる。
 そしてハンドル部分に防火壁を立てかけるように置く。
 ハンドルがちゃんと持てるように、端切れの木材とパイプ固定用の金具でアタッチメントを作り、あとは防火壁がずれないよう、ストッパーとアタッチメントにビスで固定した。
 簡易な防火砦といった具合に仕上がっている。
 少し手間ではあるが、台車を押してゆっくりと歩いて行く必要がある。


 まずは通常装備で歩いて出発し、コボルトを掃討。
 ついでゴブリンだけを上手く誘い出してゴブリンも殲滅しておく。
 一旦家に戻って焼き討ちスタイルに着替え、残ったオークを倒していく。
 三輪自転車で移動し、高圧洗浄機で灯油をかけた後、点火には火炎瓶ではなく火種を使う。
 というのも、オークは基本的に田んぼや畑の中におり、柔らかい土の上では火炎瓶が割れないのだ。
 アスファルトの道路まで誘い出す、という手もあるが、出来ればオークとは離れた位置で対峙したい。
 そこで、石を包んだ布にライターオイルを染み込ませ、火をつけて投げる、という方法を取った。
 この火種程度の炎なら、手早く投げれば耐火グローブで問題なく扱えるのだ。
 国道の魔物と違い、オーク同士は離れた位置に点在している上、数もそれほど多くないので、この方法で充分対処できた。
 高圧洗浄機で散布する燃料はキャンプ用燃料から灯油にかえておいた。




 神社の広場には三箇所の入り口がある。
 まず敏樹が最初に進入した南側の入り口。
 ここがメインの入り口になるが、今回の作戦でここは使えない。
 万が一キマイラ線の影響を受けて車が故障するようなことがあってはならないからだ。
 車は安全地帯だが、敏樹が乗っていない場合どういう扱いになるのかわからないので、今回は車から離れた位置で戦うようにする。


 メインの南入口のちょうど北側にもう一つ入り口がある。
 そこは北側に住む人がよく使う入り口だ。
 敏樹の家から行くとなると、神社本殿の裏手を大きく迂回する必要があるのでそこも却下。


 東側は境内~本殿があり、本殿裏の雑木林を抜ければ入れなくもないが、広場へ出るのにキマイラのいる境内を抜けねばならないので却下。


 というわけで、残すは西側の入り口となる。
 神社の西側には池があり、その池をぐるりと囲むように道路がある。
 広場西側の入り口は、その道路に広く面する形となっており、今回は池周りの道を南から入ることになる。
 池周りの道ということで例のごとくリザードマンが現れたが、数が多くないのでオークと同じ手段で倒すことが出来た。


 一旦家に戻り、台車と防火壁で作った簡易砦を押しながら、魔物のいなくなった神社への道を悠々と進む。
 台車には防火壁の他に検証用のアイテムとして購入しておいた鈴をいくつも積んでいるので、台車がガタガタと揺れるたびにシャラシャラと鈴の音が響いた。


 神社の敷地から二十メートルほど離れた所で止まる。
 この位置だとまだキマイラは出てこない。
 台車をその場に停止させ、積んであった角材の端切れを手に、一歩ずつ慎重に進んでいく。
 十センチほど進んでは耳を澄まし、十秒ほど待つ。
 変化がなければまた十センチ、と慎重に歩を進めていく。
 敷地まであと十メールぐらいになろうかという時、神社の方からキマイラが地を蹴る音が聞こえた。
 敏樹は急いで今立っている地点に角材の端切れを置き、慌てて引き返した。
 そして簡易砦の陰に隠れる。
 その陰からちらりと覗くと、ちょうどキマイラが境界線ギリギリのところに立ちこちらに向かってブレスを吐く瞬間が見えた。
 慌てて防火壁の裏に身を隠す。
 熱は伝わってくるが、防火壁と焼き討ちスタイルの耐熱装備のお陰で火傷をするほどではないようだ。
 ただ、長時間この熱にさらされるのはまずそうなので、台車を持ってじわじわと下がる。
 身を隠したまま敷地から三十メートルほど離れるとほとんど熱は感じなくなった。
 やがてキマイラのブレスが止む。
 防火壁から顔をだすと、まだキマイラはこちらを睨んでいたが、ブレスを吐こうとはしない。
 さらに十メートルさがるが、特に変化なし。
 そしてさらに十メートル、敷地から五十メートル離れた位置までさがる。
 これで変化がなければ、一旦大きくこの場を離れて姿を隠し、キマイラが奥に引っ込むまで待つ必要があると考えている。
 だが、ありがたいことに敷地から五十メートルほど離れた時点で、キマイラは奥に引っ込んでいった。


 一分ほど時間を起き、またゆっくりと台車を押して進む。
 敷地から二十メートル地点まで到達したが、キマイラが出てくる様子はない。
 次に、台車を置いて単身で目印となる角材の少し手前まで進んでみたが、キマイラの動きに変化はない。


 一旦台車に戻り、適当な数の鈴を持って角材の手前へ。
 敷地に向けて鈴を投げる。
 連続していくつか投げ、敷地内に入るものもあったが、キマイラの反応はなかった。
 そして角材の目印を一歩越えると、キマイラが走ってくる音が聞こえたので、簡易砦に戻る。
 あとはそのまま五十メートルの位置まで下がると、再びキマイラは神社の敷地奥に引っ込んでいった。


 つまり、キマイラは敏樹自身が敷地から約十メートルの位置まで近づくと、境内から走ってくる、という仕様らしい。
 そして五十メートル以上離れると境内まで引っ込むようだ。
 さらに、敏樹が敷地内に物を投げ込んでもそれには反応しない、ということもわかった。


(いまさらだけど、いよいよゲームっぽいな)


 簡易砦を二十メートルの位置まで戻した敏樹は、用がすんだ鈴の入った箱をを持ち、一旦家に帰った。
 そして焼き討ちスタイルから、事前に買っておいたごく普通の作業着に着替える。
 スポーツドリンクで喉を潤した後、ガレージへ行き、三輪自転車に跨った。
 三輪自転車には灯油の入った高圧洗浄機とハイオクガソリンの入った瓶を十五本積んである。
 ただし、瓶は火炎瓶ではなく、しっかりをフタを閉めたものだ。
 さらに、中身の詰まったバックパックを背負い、神社へ向かう。


 簡易砦にたどり着いた敏樹は、自転車を少し後ろの方に停めた。
 そして、簡易砦の台車の空きスーペースにガソリンが入った瓶を並べ、防火壁で隠れる位置の地面にバックパックを置いた。
 念のため三輪自転車は五十メートルほど離れた位置まで下げておいた。


 次に、高圧洗浄機を降ろし、目印となる角材の少し手前に置く。


「おおおおお!!」


 高圧洗浄機のノズルを持った敏樹は、雄叫びを上げながら神社の敷地に向かってダッシュした。
 ほぼ同時に、キマイラの地を蹴る音が聞こえる。
 距離がかなり近い分、敏樹のほうが先に境界線へとたどり着く。
 そして境内の方から向かってくるキマイラに向けて、灯油を散布した。


「ガルァアアアア!!!」


 灯油を浴びたキマイラは不快な表情を見せ、警戒のためか一瞬止まったが、しかし自分に降りかかる液体が不快ではあれ即座にダメージを受ける類のものではないことを理解したのか、再び地を蹴り、俊樹に向かってくる。
 しかしさすがは高圧洗浄機。
 距離が縮まるにつれ、対象にかかる圧力はかなりのものになる。
 彼我の距離が二メートルを切る頃には、その圧力だけで多少なりともダメージを与えられているようだった。
 敏樹としては単純に灯油まみれにできればいいい、ぐらいに考えていたので、嬉しい誤算といえる。
 特にライオンの頭を重点的に狙って灯油を放出した。
 お陰でライオンの頭の視力は完全に奪えたようで、さらに鼻や口からも相当量の灯油を吸い込んだせいか、ぐったりしているように見えた。
 とはいえあくまで不意打ちで上手い具合に牽制できただけだ。
 キマイラがその気になればこの程度の圧力に屈するはずもなく、まだヤギと蛇の頭は、灯油まみれになっているとはいえ健在だ。
 山羊の目がしっかりと敏樹を捉え、キマイラは放出される灯油を避けるように高く飛び上がった。
 敏樹も慌ててノズルを上に向けたが、目や鼻に当てるのとは違って、腹に当てる分には牽制にすらならないらしい。
 しかし、キマイラを灯油まみれにするという目的は既に達しており、腹にまで灯油をかけることができたので、結果は上々と言うべきだろう。
 着地と同時に振るわれたキマイラの前足が敏樹を捉えた。
 頭に強い衝撃を感じ、意識が暗転した直後、敏樹は自室で目覚めた。


22,391


「おーっし!!」


 敏樹は勢い良くベッドから起き上がる。


「もういっちょおーっし!!」


 急いで耐熱性の高い焼き討ちスタイルに着替え、ガレージへ走る。
 既に用意してあった折りたたみ自転車に跨り、神社を目指して疾走した。


 着替えに多少手間取ったものの、復活から五分とかからず簡易砦へ到着。
 台車に並べてあった瓶入りのガソリンをかかえ、目印となる角材の手前へ。
 地面に瓶を並べた後、一本ずつ境界線の少し奥辺りを狙って投げていく。
 出来るだけ高さ意識して投げる。
 放物線を描きながら地面に落ちた瓶は見事に割れ、中からガソリンが流れ出した。
 330ミリリットル瓶×15本、およそ5リットルのハイオクガソリンが、敷地境界線あたりを濡らす。


 しばらく敏樹は境界線あたりを凝視していた。
 やがて気化したガソリンが向こう側の景色をゆらゆらと歪め始める。
 それを確認した敏樹は、目印の角材より奥に一歩踏み出した。


 キマイラの足音が聞こえる。
 敏樹はその前に後ろを向いて走り始めていた。
 そしてキマイラが境界線に来るより先に間に砦の裏に入る。
 一旦体を隠した後、防火壁の陰からちらりと顔を出すと、今まさにキマイラがブレスを吐こうとしている所だった。
 敏樹が慌てて防火壁の後ろに身を隠すと、その直後に爆発音が鳴り響いた。
 直後に起こった爆風に簡易砦は押され、バランスを崩して倒れた。
 簡易砦のハンドル部分を持って衝撃に備えていた敏樹は、予想以上の風圧に耐えきれず、砦とともに倒れた。
 防火壁に隠れるような形のまま、簡易砦が倒れるのと同程度のスピードで敏樹自身も倒れたおかげで、爆風の直撃は喰らわずに済んだ。


 気化したガソリンは爆発する。
 燃えるのではなく。
 対して灯油は燃える。
 キマイラが全身に浴びていた灯油は、ガソリンの爆炎を受けて炎上した。


 ちなみに敏樹がなぜレギュラーガソリンではなくハイオクガソリンを選んだかというと、そっちの方が爆発力が強そうだから、と思ったからだ。
 実際どれほどの差があるのか敏樹はよく知らないが、一リットルあたり十ポイント程度、二十リットルで二百ポイント程度の差しか無いのであれば、多少なりとも性能がいい方を選ぶべきだろうと思ったのだった。


「いててて……」


 爆風を受けて転倒した敏樹は、ややあって身を起こすことが出来た。
 そいて、二十数メートル先で炎に包まれてのたうち回るキマイラの姿を見た。


「こっからが本番じゃい!!」


 ガソリンの爆発でもって大打撃を与え、全身に浴びせた灯油の燃焼でもって持続ダメージを与える。
 しかし敏樹は、これだけで勝てるほど甘い相手ではないと思っていた。
 そこでさらなる追撃手段を用意している。


 事前に置いておいたバックパックを手にし、砦を立て直して陰に隠れながら、神社の方へと近づく。
 キマイラが燃える熱はある程度伝わってくるが、その場で燃えているのであって、ブレスのようにこちらを狙ったものではないため、多少近づいても問題ないようだった。
 今の状況でキマイラがブレスを吐くようなことはないと思うが、念のためいつでも砦の陰に隠れられる状態で、キマイラから十五メートル程度の距離まで近づいた。


 そして敏樹は、バックパックからペットボトルを取り出した。
 中には粘性の液体が半分以上詰まっている。
 それが全部で十本。
 そのペットボトルを、敏樹はキマイラに向かって投げた。


 ペットボトルが放物線を描きつつキマイラの方へ飛んでいく。
 体表についていた灯油がなくなりかけていたのか、最初に比べて炎が弱まりつつあるキマイラに当たるかどうかというところで、「ボンッ!!」という音とともにそのペットボトルは爆発した。
 そして中身の液体がキマイラにベットリと着くや否や、その部分の炎の勢いが増した。
 その後も敏樹はペットボトルを投げ続ける。
 すべてが同じように軽く爆発し、液体がかかると炎の勢いが増す。
 そしてそれ以降、炎の勢いが衰えることはなかった。


 ペットボトルの中身。
 それは敏樹がハイオクガソリンを原料に作った簡易のナパーム液だった。


 ガソリンを原料に、ベトナム戦争時代の旧式ナパーム弾で使用されていた液体にごく近いものを作ることが出来る。
 危険なためここでは製法を省略させて頂くが。


 そのナパーム液は一度火がついたら最後、あとは周りの酸素がなくなるか、液が燃え尽きるまで消えることはない。
 ナパーム液は周りの酸素を急速に消費するものの、野外において炎が消えるほど酸素がなくなるということはなく、その粘性のある液体はそう簡単に燃え尽きる代物しろものではない。
 しかしナパーム液の燃焼で消費される酸素というのは意外と広範囲に渡り、多少離れていても酸欠や一酸化炭素中毒を引き起こすことがある、とネットで見た敏樹は、バックパック内に用意しておいた酸素缶を使って、時々酸素を補給していた。


 キマイラはのたうち回り、地面に体を擦り付けて何とか火を消そうとしているようだが、完全に無駄な努力、否、むしろ状況を悪化させるだけだった。
 地面に擦り付けられ、一部体から離れ落ちた後も燃える続けるナパーム液は、転げ回るキマイラの体の別の部分に再度付着し、燃える面積を広げていく。


(うへぇ……やりすぎたかな、こりゃ)


 徐々にのたうち回る力もなくなり、力なく倒れ伏し、三つの頭から恨めしげな視線をこちらへ向けるキマイラを見て、一瞬同情しかけた敏樹だったが、よくよく考えれば自分も一度は焼き殺された身だ。


(ま、お互い様ってことで)


 黒焦げになり、動かなくなったキマイラは、やがて消滅した。
 キマイラが消滅した後も、地面に点々と落ちたナパーム液の炎は、消えることなく燃え続けていた。


1,022,391





「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く