魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第15話『コボルトと戦う』

 敏樹はここ最近、坂を降りた所のごく狭い範囲の田畑のみで狩りを行っていたのだが、途中にある十字路を超えた辺りから出現する魔物が変わるのはすでに確認している。
 いつもの道路を歩き、十字路の真ん中あたりに立つ。
 少し目を凝らすと、普段戦っているゴブリンとは異なる魔物が見える。
 以前からその存在は確認していたが、危険だと思って遠目にみるだけで遭遇は避けていたのだった。


(あれはどうみてもコボルトだよな)


 遠目に見える魔物の見た目は、二足歩行の犬のようだった。
 身長は一七〇~一八〇センチ程度か。
 下半身は犬とも人ともつかぬ形状で、上半身はほぼ人のようになっており手には盾や剣、棍棒を装備している。
 ぱっと見て五~六匹いるようだが、幸い弓を持っているものはいないようだ。
 全身を長い体毛に覆われており、顔は犬そのものだった。
 ゴブリンよりは上等な服を身にまとっている。
 中には革の胸甲や手甲などを装備しているものもいるようだ。


 敏樹は知らないが、本来コボルトというのは爬虫類のような鱗のある皮膚を持った魔物で、一応竜族の端くれにあたる。
 その顔はあくまで「犬のような」というだけであって、今見ている魔物のような犬そのものではない。
 しかしコボルト=犬のような顔、というイメージが定着し、いつしか半人半犬の魔物がコボルトと呼ばれるようになる。
 なので、いま遠目に見ている魔物の正式名称はおそらくコボルトではない。
 しかしその正式名称を知る機会も手段もないので、この魔物は今後もコボルトと呼ぶことにする。


 敏樹は盾を構え、警戒しつつコボルトの群れに近づいていく。
 出来れば単体を相手にしたいので、少し離れた場所にいる一体に狙いを定めて近づいていった。
 向こうがこちらに気づき、向かってきたところを水鉄砲で迎撃、状態を崩した隙を突いてトンガ戟でとどめを刺す。
 ゴブリンに対する必勝パターンだが、コボルトにも有効だと思われる。


(お、気づいたか?)


 少し離れた場所で巡回のようにウロウロしていた一体のコボルト、小型の円盾と小剣を装備していた個体が、敏樹の方を見て動きを止める。
 持っている剣は刃渡り八〇センチ程度の片刃のもので、剣というより鉈に近い。
 ファルシオンと呼ばれる片手剣だ。


(よっしゃ、来い!!)


 敏樹はその場で腰を落とし、身構えた。
 そしてコボルトが敏樹に向かって駆け寄ってくる。


「うお、速っ!!」


 その速さは敏樹の想像を大きく上回るものだった。
 その姿からゴブリンよりは多少強かろう思っていたが、動きの速さは比べようもない。
 ゴブリンはせいぜい大人の小走り程度の速さでしか動かないのだが、コボルトは桁が違う。
 大型犬の疾駆と変わらない速さで近づいてくる。
 最初からその速度で来るとわかっていれば対処もできたのだろうが、予想外の速度で近づかれたため、気がつけば水鉄砲の射程内に入られていた。


「クソッ!!」


 敏樹は慌てて水鉄砲を構え、引き金を引く。
 しかし焦って狙いが定まらず、コボルトもその素早い動きで巧妙にかわしていく。
 そして一秒とたたず接近を許してしまった。


「ガウァアア!!」


 猛犬のような唸り声をあげ、コボルトはファルシオンを振り下ろす。
 敏樹は咄嗟に円盾を構え、その攻撃を防いだ。
 しかしコボルトの攻撃は一回だけにとどまらない。


「うおっ、ちょ、まっ!!」


 なさけない声を上げつつコボルトの猛攻を防ぐ。
 コボルトは単調にファルシオンを振り下ろすだけでなく、盾のない所を狙って角度を変えつつ剣を振り回してくる。
 盾で防げない分はトンガ戟の柄や、右腕のエルボーパッドでなんとか防ぐ。
 時々肩や胴にも攻撃を受けたが、プロテクターのお陰で大したダメージは受けなかった。
 何度か攻撃を受ける内にバランスを崩して尻もちを付いてしまったが、それでも防御態勢はなんとか維持できているので、いまのところ致命的なダメージは受けずにすんでいる。


(……意外と軽いな)


 何度か攻撃を受けてわかったことだが、素早さはともかく攻撃の重さはゴブリンより下らしい。
 しかし防具がなければそれなりにダメージを受けていただろう。
 多少力が弱いとは言え、敵が振り回しているのは刃の付いた剣なのだ。
 普通の服なら傷の十や二十、下手をすれば致命傷の一つや二つは受けていたかも知れないが、プロテクターと防刃パーカーのお陰か軽い打撲程度で済んでいる。


 敏樹もただやられっぱなしというわけではない。
 トンガ戟を突き出したり、水鉄砲で応戦しているのだが、コボルトはその持ち前の素早さであっさりかわし、すぐにカウンターを放ってくるのだった。
 いくら防具をつけているといっても、プロテクターも防刃パーカーも板金鎧ほどの頑強さがあるわけでない。
 このまま攻撃を受け続ければ防具は破壊され、いずれ致命的なダメージを受けるだろう。
 しかし敏樹は万が一のため、いくつかの切り札を用意していた。
 そのうちの一枚を切る。


「サリー! ミュージック!! ライオン!!!」
『ガルルァァアアア!!!』


 敏樹が叫ぶと突然猛獣の咆哮が響き渡った。
 そしてその咆哮に驚いたコボルトの動きが止まる。


「おっしゃ!!」


 動きが止まったコボルトの鼻っ柱に水鉄砲で漂白剤を放つ。


「キャン!! キャイン!!」


 おそらくは鋭敏であろう鼻と、余波で目にも漂白剤を受けたコボルトが情けない悲鳴を上げた。
 コボルトがのけぞってのたうち回っている隙に、敏樹はトンガ戟を杖代わりに立ち上がりつつゴムを張る。
 そしていまだ苦しんでいるコボルトの喉めがけてトンガ戟のナイフ刃を突き出した。
 のたうち回る敵の急所をトンガ戟で突くというのはゴブリンで散々繰り返しており、その成果もあってか敏樹は見事一撃でコボルトの喉笛を貫いた。
 敏樹は素早くトンガ戟を引き抜くと、両手で柄を持ち、耕作用刃で側頭部を叩く。


「お!? やっぱすげぇな」


 側頭部にトンガ戟の耕作用刃を半分ほど埋め込んだコボルトは、程なく消滅した。


「ふぅ、危なかった……」


 油断が無かったとはいえないが、それなりに警戒はしていたつもりだ。


『ガルルァァアアア!!!』
「いや、もういいわ」


 レザーパンツのポケットからスマートフォンを取り出した敏樹は、さっきから定期的に鳴っている猛獣の咆哮を止めた。
 これは「案外音も武器になるんじゃないか?」と考えた敏樹が、ネット上からライオンやら恐竜やらの咆哮やSEをダウンロードし、マスタリングソフトでギリギリまで音量を上げておいたものだ。
 それをスマートフォンのミュージックフォルダに保存し、音声検索機能である『サリー』を使っていつでも呼び出せるようスタンバイしておいたのだった。
 一昔前ならいざしらず、今のスマートフォンは内臓スピーカーでもかなりの音量が出る。
 それでも野外で充分な音量が出るかどうかは不安だったが、少なくとも一瞬の注意を逸らす程度の効果はあったようだ。
 これに関しては今回だけでなく、これまでの狩りでも準備だけはしていた。
 ゴブリン相手に使う必要はなかったが、今回は大いに役立ってくれたようだ。
 やはり事前の準備は重要だと強く実感できた。


 今回敏樹はそこまで警戒が甘かったわけではなかった。
 それでもかなり一方的にやられたのだから、やはり未知の敵を相手にするのは骨が折れる。
 新しい魔物と戦うときは一層の警戒を強めようと、敏樹は改めて気を引き締めた。


 コボルトを倒して得られるポイントは千ポイント、ゴブリンと同じであることが判明。
 確かに素早さはかなりのものだが、腕力で劣るコボルトは、総合的に見ればゴブリンとそう変わらない強さなのかもしれない。
 油断さえしなければ勝てる相手だが、複数に囲まれるとおそらく死ぬことになるだろう。


(とはいえ俺にはマンドラゴラちゃんがいるからな)


 マンドラゴラという日数はかかるものの確実に倒せる高ポイントキャラクターの存在は、敏樹の心にかなりの余裕を持たせてくれた。
 しかしその甘い幻想はしばらく後に崩れ去ることになる。


 肩の傷もすっかり癒え、抜糸も無事に終了し、順調に狩りを続けていた敏樹はふと気づいた。


(マンドラゴラ、復活してなくね?)


 行動範囲を広げ、新たに十株ほどのマンドラゴラを枯らしていた敏樹だったが、最初に枯らせた十四株と、ゴブリンが引き抜いた一株が復活していないことに気づいた。


 他の魔物はほぼおなじサイクルで復活しているのだが、マンドラゴラだけは復活する気配がないようだ。


(はぁ……そんなに甘くはないか)


 マンドラゴラは言ってみれば即死系の罠のようなものだ。
 倒す手段がない場合、普通に考えればそれは復活するよりはしないほうがいいのだろう。
 もしこの状況を管理している何者かがいるとすれば、マンドラゴラが復活しないというのはある意味優しさからくる仕様かも知れない。
 敏樹にとっては余計なお世話以外なにものでもないのだが。


 とはいえゴブリンやコボルトを倒せるようになったことで、生き延びることは問題なく出来るようになった。
 そうして余裕が出てくると、当然考えるべきことがある。


(結局俺はこの状況で何をなせばいいのだろうか?)


 この状況はどうやれば終わるのか。
 時間経過で終わるのだろうか、それともなにかボスキャラクターのようなものを倒さねばならないのか、なんらかのイベントをこなさなくてはならないのか……。
 今の状況に陥って以降、外部からのアドバイスのようなものは一切ない。
 つまり、先のことは自分で考えるしか無いのだ。


 まさかこの先ポイント切れか寿命が尽きて死ぬまで一生この状態が続くのだろうか?
 それだけは勘弁してほしいと思う敏樹だった。





「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く