魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第6話『そして知る』

 先程までの痛みがウソのように消えていた。
 硬いアスファルトではなく、適度に弾力のある高反発マットレスの感覚は、ここ数年馴染みのものだ。
 目の前に広がる天井も、見慣れたものだった。


(もしかして……死に戻り?)


 しかし敏樹はすぐに違和感を感じた。
 普段敏樹は、寝る時には下着しか身に着けていない。
 だが、今の自分は服を着ている。
 しかも室内では上下ジャージだが、いまはジャージは上だけで、下は外出用のジーンズを身につけている。
 最大の違和感は、靴を履いていることだった。
 とりあえず起き上がって靴を脱ぐ。
 そして時計を見たところ、昼前だった。
 今朝はいつもどおり起きたので、時間が巻き戻ったのではないらしい。
 先程まであまり時間を確認していなかったが、ちょうど死んだ辺りの時間ではないだろうか。


(穴空いてら……)


 起き上がって矢が刺さっていた胸のあたりを見ると、ジャージとインナーのちょうどその部分に穴が空いていた。
 背中に手を回してみると、やはり矢が刺さっていた辺りには穴が空いている。
 服ををめくってみたが、体に傷痕は無かった。


(死ねば時間はそのままで、ここからやり直しってことか……)


 さて、先程から見ないようにしていたが、どうせ無視するわけには行かないので、視界の右上に意識を寄せる。


48,062


 死ぬ前の、ちょうど半分になっているのがわかった。


(おお、としきよ、しんでしまうとはなさけない……ってとこか)


 死んだら所持金が半分になるゲームのような仕様だな、と呆れ気味に思ったが、しかしこれはゲームではない。
 となると、このポイントがゼロになると、一体どうなるのか?


(考えたくもないな……)


 はっきり言ってしまえば、検証する気にもなれないことだ。
 今がどういう状況であれ、このポイントは自分の命だと考えるべきだろう。
 となると、危険は冒せない。
 生活に必要なポイントはいつか稼がなくてはならないにせよ、まだ余裕はある。
 切り詰めれば三~四ヶ月は保つはずだ。




 敏樹は一杯水を飲んで落ち着き、家の外に出た。
 敷地から出ないように家の前の道路を見る。
 ゴミ集積場と家の間辺りの路上に、トンガが転がっていた。
 矢に撃たれて四つん這いになったときにトンガを手放したのを何となく思い出す。


(身につけているものは戻るけど、外で手放したらそのままか……)


 出来れば拾いに行きたいが、その勇気はない。
 しばらくは様子を見ることにしよう。


 家に戻った敏樹は溜めておいた風呂の湯を追い焚きで沸かし直し、そのまま汗を流した。
 死後寝室に戻った時点で汗や汚れは綺麗サッパリなくなっていたが、何となく気分の問題だ。
 そういえば盛大に血を吐いた時、服やズボンも血まみれになったはずだが、そういった汚れは完全に消えていた。
 しかし矢で射抜かれた穴は残っていた。
 その辺りの基準がいまいちわからない。
 しかし、考えても仕方がないので、とりあえず湯船の中ではぼーっとすることにした。


 風呂から上がって上下とも別のジャージに着替えた敏樹は、そのまま寝室に戻る。
 寝室といってもリビングも兼ねており、小型の冷蔵庫や電子レンジ、電子ケトル等、最低限生活に必要なものは二階にも揃っている。
 テレビをつけ、ソファに座ってぼんやりと情報バラエティ番組を流し見しているうちに、ウトウトと眠くなった。


 気がつけば日は完全に落ちており、まだ眠気が残っているものの腹の空いた敏樹は、冷凍庫から冷凍パスタを取り出して温めた。
 食後も垂れ流しになっているテレビを見ながらスナック菓子を頬張りつつ、スマートフォンでよく見るサイトを適当に巡回する。


(こうしていると普段と全然変わらないなぁ)


 母と同居しているとはいえ、生活スペースは一階と二階で別れているため、会うのは日に数回。
 時間にして一時間にも満たないだろうか。
 そうなると、周りに誰もいなかろうがあまり変わりはない。


(あ……、猫)


 猫にしたところで四六時中まとわりついてくるわけでもなし。
 じっとねていればいないのとそれほど変わらないが、目をやった先にいないとなると、やはり寂しく感じるものだ。


 そのような具合にダラダラと過ごしている内に日が変わりそうになったので、敏樹はジャージを脱いでベッドに入った。
 普段は真っ暗にして寝ているのだが、今日は室内灯もテレビもつけたままにしておく。


(せめて猫だけでもいてくれれば……)


 ただ寝ていてくれればよく、その姿を見るだけで寂しさもいくらかは癒やされるだろうに。


 ベッドに潜り込んだ敏樹は、日付が変わる少し前に意識を手放した。


47,062


(ポイント、減ってないか?)


 翌朝目覚めた敏樹は、ポイントに変動があったことに気づいた。
 残念ながらボイントの変動履歴が残らない仕様のようなので、敏樹は気づいた時にスマートフォンのメモ帳へポイント残高を記録するようにしている。
 そしてスマートフォンのメモ帳に記録されている数値は『48,062』となっている。


(一日ごとに定額で減る……?)


 千ポイントの消費。
 それが毎日行われるとすれば、月あたり三万ポイントほどになる。
 家の維持管理費と考えれば、不当な額ではない。
 水道光熱費、通信費、そして固定資産税を月割で考えれば、季節によって変動はあるもののそれぐらいにはなるだろう。


(しかし、こうなるとあまりのんびりもしていられないな)


 いまのところポイントを得る手段が魔物を倒す以外にないので、少なくともゴブリンぐらいは倒せるようになっておかないと、二た月ふたつきと経たずポイントは尽きてしまう。


(スライムで百ポイントだが、ゴブリンで一体何ポイントもらえるのやら……)


 正直に言って、今の俊樹にはゴブリンに勝てるビジョンが全く浮かばない。


(なにか対抗できる能力のようなものはないだろうか?)


 気になるのは視界の右端にあるポイント。
 もし今の状況が、なにかファンタジー的な要素を含んでいるなら、ステータスやスキルといったものがあるのではないか?
 死んでもポイントの半分を消費して生き返れるのだ。
 であればそのポイント、あるいは別の何かを使って、戦闘を有利に運べるよう、能力を補正したり、スキルを習得できたりするのではないか?


(たしかこういう場合は……)


「ステータス!!」


 口にしてみたが、なんの変化もなかった。
 頭のなかで唱えてみたが、やはり変化はなし。


「ステータス、オープン!」
「ステータス、確認!」
「メニュー!」
「能力確認!」
「スキル!」
「ポイント交換!」
「レベルアップ!」


 思いつく限りのことを試してみたが、特に変化はない。


(マジかよ……。アラフォー男の身体能力と金の代わりのポイントだけ?)


 死んでも生き返ることが出来る、というだけでもかなりの特典かもしれない。
 しかしそれ以外になんの特殊能力もなし、というのでなんとかなるのだろうか?
 ふと、コンビニKの敷地から国道を覗いたときのことを思い出す。
 あの数え切れないほどの魑魅魍魎どもと戦う?
 いや、無理だろう。


 では、誰か協力者は?
 あるいは町から脱出?


 なぜかは分からないが、俊樹には妙な確信めいたものがあった。


 この町には自分以外誰もいない。
 この町からは出られない。


 なぜといわれて理由は説明できないが、さっき一度死んで蘇った時、漠然と感じていたこの事実が、確信に変わっているのだった。
 ついさっきまでは別の町境を確認しようと思っていたのだが、今はそんな気も起こらない。
 そうやって無駄にガソリンを消費し、ひいてはポイントを消費する訳にはいかない、と考えてしまう。


(タイムアップとかはあるのだろうか?)


 ポイントがなくなる以前に、時間経過でこの状況が終わるということはあるだろうか?
 仮にあったとして、その制限時間までただ耐えればいいのか、それともなんらかの行動を起こさなくてはならないのか?
 それに関しては特に何も浮かんでこない。
 漠然とした感覚も、確信めいた思いも……。
 なので、時間制限は無いものと思うことにした。
 もしあったとして、そして時間経過が仮に不利に働くとしても、俊樹にはどうしようもないのだ。
 であれば、制限時間などは気にせず、ポイント残高にだけ気を配って行動するのが良かろうと思われる。


(よし、まずはトンガを取りに行こう)


 結局のところ、生き延びるためには戦うしか無いようだった。



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