リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

第7話『勇者の帰還』

 冒険者ギルド設立から半月ほどが経った。
 まずはレジヴェルド王国内のダンジョン探索支援にのみ業務を絞って開始しており、それは狙い以上の成果を上げていた。
 兵士に対して軍務としてダンジョン探索を命じたのが功を奏したのだろう。
 魔石や素材が予想以上に多く集まり、レベリングに関しては想定を遥かに上回る速さで進んでいた。
 そのレベリングの効率化に一役買っているのが、ダンジョン各エリアの情報収集である。
 それらの情報はダンジョンを探索する兵士たちから冒険者ギルドにもたらされ、さらにヤシロのもとへと集約されていた。


「『煉瓦の洞窟』第5階層にはオークの群れが高確率で出現するようです」
「ふむ。魔術や特殊スキルを使う個体もあまり出ないようだな。では一般職平均レベル5以上の伍は優先的にそこでレベリングを行うように」


「『白亜の塔』第3階層にアンデッドのみが大量に出現する大霊廟がありました!」
「よし! 武闘法士、法術士、神官で臨時にパーティーを組み、レベリングをさせろ。後方支援ができる神官はできるだけ多いいほうがいいからな。あと、武闘法士の副業サブクラスは法術士を取るよう再度周知徹底するように!!」


 とこのように、ダンジョンというのはエリアごとに出現する魔物の種類が決まっており、数の増減もほとんどない。
 あまりに短期間で狩り過ぎれば一時的に数を減らすこともあるが、それでも数日待てばどこからともなく魔物たちが溢れてくるのだ。
 なので、伍の力量に合わせたエリアに派遣することで、効率的なレベリングを実現できたのだった。


「しかし、レベリングが思った以上にはかどりましたね」


 クレアはまだ筆頭魔導師の席には戻らず、ヤシロの補佐を続けていた。


「そうですね。しかし効率が良すぎるのが気になる……」
「そうですか?」
「ええ。少し調べる必要があるかもしれません。ダンジョンで行うレベリングの効率がいいのか……」


 ――あるいは何らかの理由で、戦でのレベリングの効率が悪くなっているのか。


 ヤシロが思案しているところへ、新たな報告がもたらされる。


「『岩の洞窟』第7階層渓谷エリアにて劣竜種の出現を確認!! 第8階層を偵察したところ、竜種の存在も確認できました」
「おう、ついにきたか!!」


 劣竜であれ亜竜であれ、竜種に連なるものは例外なく存在力が高い。
 そういった竜種が多く現れるエリアがあるとの古い情報を元に、ヤシロは『岩の洞窟』の探索を急がせていたのだが、どうやらちょうどいい時期に見つかったようだ。


「そろそろ、勇者一行のお帰りだな」


**********


「ふむ、随分といい顔つきになったじゃないか」


 魔の樹海から帰ってきた勇者一行の様子に、ヤシロは感心したような表情で何度も頷いていたが、その場にいたクレアとフランセットはそのあまりに酷い姿に顔をしかめ、目を逸らした。


「ぅ……うぅ……クスリ……くれぇ……」
「あは……あはは……」
「き、キ木木……き樹キ木き……」
「…………《エリアヒール》」


 結局勇者一行は一度も死ぬことなく1ヶ月を戦い抜いた。
 良き労働者の友もすべて飲みつくし、ポーション類も空っぽである。
 肉体も精神もぼろぼろになり、およそまともな人間とは思えない表情を各々浮かべていたが、装備品だけはきっちりメンテナンスされているようで、どれも新品のようだった。
 いまなお壊れた機械のように、定期的に法術を使い続けている神聖巫女ディアナのおかげだろうか。


「しかし、このままでは次のステージに進めん。悪いが一度死んでくれないか?」
「ぅあぁあああぁぁ!! クスリイイィィイイィィ!!」


 錯乱したアルバートがヤシロに掴みかかる。
 〈賢者の法衣〉のお陰でダメージを受けることはないが、どうやらまともに話ができる状態ではないらしい。


「クレア、悪いが殺してやってくれ」
「いえ、ですが……」
「ヤシロさん、どいて」


 ヤシロの提案にクレアが戸惑っていると、大神官のフランセットがずかずかと歩み寄ってきた。


「《エクスキュア》!!」


 それはあらゆる状態異常を回復する法術である。
 神官レベル50を超えてようやく習得できるもので、大陸広しといえども《エクスキュア》を使える神官はフランセットを含め5人といないだろう。


「あ……あぁ……」


 アルバートの表情が穏やかになる。
 他のメンバーの目にも、光が戻り始めた。


「あ……あれ……? 俺は――んむっ!?」


 正気に戻り、いまいち状況が飲み込めないアルバートを、フランセットは抱き寄せた。
 豊満な胸に勇者の顔が半分埋もれる。


「アルバート、がんばりましたね……」


 それは普段ヤシロと話すときとは異なる、大神官らしい慈愛に満ちた言葉だった。


「他のみんなも……」


 フランセットは右手でアルバートの頭を抱き寄せながら、他の3人に対して左腕を開いてみせた。
 その姿に、カチュア、ブレンダ、ディアナの3人はふらふらと引き寄せられ、そのまま大神官に抱きついた。


「みなさん……、よく、がんばりました」


 ひと月のあいだ、アルバートらは一睡もせず、一度も死なず、薬漬けになりながただひたすら戦い続けた。
 そのおかげてトレント材は予定通り集まり、少なくともレジヴェルド王国所属の兵に対しては鋼の装備を支給することができた。
 そしてもうひとつの目的であるレベリングだが、一行のレベルは33に達していた。
 レベルは高ければそのぶん上がりづらくなる。
 レベル30を目標にして33まで上げるというのは、容易なことではないのだ。
 それだけ彼らは身も心もズタズタにしながら、真摯に戦い続けたのだろう。


「う……うぅ……」
「ふぐぅ……フラン、さま……」
「もう……終わったの、ですね……うぅ……」
「うああああっ! 大神官さまぁ……!!」


 その労苦が、フランセットの言葉と抱擁で報われたように感じた勇者一行は、大神官の胸の中で泣き続けたのだった。


「本当によくがんばりました……。しばらくは、ゆっくり休みなさい」
「いや、ゆっくり休んでいる暇は――」
「――ヤシロさんっ!!」


 ヤシロの言葉をクレアが遮る。
 フランセットも、勇者一行をあやしながらヤシロをキッと睨みつけた。
 感極まって号泣し続ける勇者一行には、幸いヤシロの言葉は聞こえなかったようだ。


「ヤシロさん……。予定よりレベリングははかどったのですから、少しくらい休ませてあげてもいいじゃありませんか」
「ふむ……」


 どこか呆れたように告げるクレアの言葉に、ヤシロは首肯せざるを得なかった。


**********


「ヤシロっ!! いくらなんでもアレはやりすぎたよっ!!」


 勇者一行を王宮のゲストルームへ運んで休ませたあと、フランセットが賢者の執務室に怒鳴り込んできた。
 褐色の肌は怒りで赤みが増したように見える。


「あの子たちはまだ十代の子供なんだよ? それをあんなボロボロになるまで……」
「だが君の法術で回復したじゃないか」
「法術は万能じゃない!! もちろん蘇生だって……」
「フラン……」


 自分にもあまり見せない友人の取り乱した姿に、クレアが気遣うような視線を向ける。


「たしかに体の傷はディアナの法術でほとんど癒えていた。心の傷だってあたしの法術で癒えたと思う」
「なら問題ないじゃないか」
「でも嫌な思い出は消えないの!!」


 バンッ!! とフランセットがヤシロと自身との間にあるデスクを叩いた。


「たしかに心の傷になるほどのものは法術でも回復できるよ? でも嫌なことがあったっていう記憶がなくなるわけじゃない!!」


 薬漬けになってひたすら魔物と戦い続ける。
 その光景がフラッシュバックしてパニックを起こす、という心的外傷トラウマレベルのものは消え去っても、ふと思い出してなんとなく嫌な気分になるのは避けられないということだろう。


「ではどうしろというのだ?」
「休ませたげて……。おねがい……」


 そう言って大神官は頭を下げた。


「もちろん休暇は与えるつもりだったがな」
「ほんと? でも、休む暇はないって……」
ゆっくりと・・・・・休む暇はないということだ」
「そっか……。なーんだ…………はは」


 フランセットの肩から力が抜け、安堵の笑みが漏れる。


「で、休暇はどれくらい?」
「うむ。今夜一晩ゆっくり眠ってもらったら、明日は慰労会を予定している」
「慰労会?」
「そうだ。彼らは職務をまっとうし、きっちりと成果を上げたからな。それをねぎらうのは当然だ」
「そうなんだー? ヤシロもちゃんと彼らのことを考えてくれてるんだね」
「当たり前だろう? 労働に対しては正当な報酬を。これは仕事の基本だ」
「そっかそっか」


 フランセットは満足げにうなずき、クレアもそれをみてホッとひと安心する。


「慰労会が終わればそのまま出発だな」
「…………出発? どこへ?」
「無論、次のレベリングへだ」
「いや、短いよっ!?」
「なにがだ?」
「お休みがだよ!! 丸一日もないじゃないか!!」
「しかし、勇者はちゃんとした設備で一晩寝れば、状態異常がない限り心身ともにベストコンディションになるのだろう?」


 宿屋に泊まれば全回復。
 これもまた蘇生同様に神託の勇者持つ加護のひとつである。
 王宮のゲストルームと言えば、最高級の宿に勝る施設だ。
 目覚めればすぐにでも戦いに出られる状態となる。
 その前に慰労会を開いてやろうというのだから、ヤシロ的には充分報いているという思いだったが、フランセットは納得が行かないらしい。
 ふとクレアを見ると、彼女も半目でヤシロを見つめていた。


「5日…………ううん、せめて3日でいい。ゆっくり休ませたげてよ……」


 フランセットは縋るようにヤシロへ訴えた。
 先程のように怒りに任せて怒鳴り散らされれば対処のしようもあったが、情に訴えられると無碍にしづらいところではある。
 ヤシロ自身、多少無茶を言っている自覚はあるのだ。
 相手が勇者でなければ、彼自身もう少し手心を加えたかもしれない。
 だが、勇者にはヤシロの言う無茶をやり遂げる能力があった。
 そして勇者の成長が早ければ、そのぶん魔王討伐は早く成就する。
 討伐が1日遅れれば、そのぶん多くの人命が損なわれるのだ。


 ――悠長に休んでいる暇などないのだが……。


 魔王討伐は迅速に行われねばならない。
 時間をかければ取り返しの付かないことになる。
 そんな焦りが、ヤシロにはあった。
 根拠はないが、あえて言うなら賢者の勘というものだろうか。


「わかった。では彼らが望むなら、数日の休暇を与えよう」
「ほんとに!? ありがとう、ヤシロさん!!」
「ああ、彼らが望むなら……ね」


 ――そしてその勘は、おそらく勇者たちにも……。



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